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連載 | 体験にはいったい何があるというんですか?

心の声が聞こえなくなった都会人が、自分の声を取り戻すまでの道のり【田丸悟郎・中屋祐輔対談】

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物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。今回は経営コンサルタントからNGO団体「Earth Company」に転職し、現在はニュージーランドの大学院で気候変動を学ぶ、田丸悟郎さんにお話を伺いました。

目次

身近な人の死をきっかけに、キャリアチェンジを決意

「Earth Company」のスタディツアーに参加した際の写真
「Earth Company」のスタディツアーに参加した際の写真

中屋 はじめに、田丸さんの今までの活動についてお伺いしたいと思います。田丸さんは東京で経営コンサルタントとして働いた後、インドネシアと日本に拠点を持つNGO団体「Earth Company」に転職したそうですね。

全く異なる業界だと思いますが、転職をしたきっかけは何だったんですか?

田丸 経営コンサルタントの仕事をしていたときは、会社やクライアントの利益のためだけに働いている感覚に疑問を抱きながらも、気付けば5年が経っていました。そんな違和感を感じていた頃、叔母が難病を患い、49歳の若さで他界してしまったんです。

葬儀の際、叔母の友人から話を聞くと、叔母は体が幾分不自由で、できることが限られている中でも、遺される家族のことを大切に想い、準備をしていたと知って。ちゃんと死に向き合った叔母と自分を比べたときに、今の自分に納得がいかず、仕事を変える決意をしました。

当時の僕は寄付やボランティアをしたことがなかったので、利益以外のことをモチベーションにする非営利団体が不思議な存在でした。調べる中で、「Earth Company」が主催している、バリ島のスタディーツアーに行きつき、参加したんです。

そこで出会った「Earth Company」の周囲の人たちやバリ島という土地にとても魅力を感じ、「こういう素晴らしい人たちと、この環境で仕事をしたら絶対に充実するだろうな」と直感的に思いました。スタディツアーから帰ってきた翌日に辞表を出して、翌月にはバリ島に飛んでいましたね。
 

生活する中で気付いた、バリ島の魅力

田丸さんが実際に生活をしていたバリ島の風景
田丸さんが実際に生活をしていたバリ島の風景

中屋 田丸さんが「Earth Company」で働き始めた半年後に、東京のイベントで縁があってお話する機会があり、バリ島での活動についてお話を聞いたのが最初の出会いでしたね。その後、仲間に声をかけて社会課題を解決するプロダクトの企画ツアーをバリ島で行い、初めてバリ島の生活を見ることができました。

バリ島は宗教や信仰もさまざまで、昔の日本にありそうでないような景色が広がっているのが印象に残っています。

田丸 田んぼとヤシの木のセットは日本にはないですもんね。

中屋 懐かしいけど異国のような、すごく不思議な場所でした。僕は観光客として日本との違いを感じましたが、田丸さんは観光やスタディツアーでは見えてこないバリ島の魅力をどんなところに感じますか?

田丸 バリ島は多神教なので街の至るところに神々や動物の像が置いてあるし、目に見えるものと見えないものの両方を信じて生きているんですね。東京に住んでいたときは、たとえばデータなど目に見えるものでしか判断して生きていなかったので、目に見えないものを信じるということに気付かせてくれたバリ島の人たちに惹かれました。

あとは、自然や動物が身近にいて、いろんな五感が刺激される。ここにいた方が直感が研ぎ澄まされて、たとえば会社経営の意思決定もスムーズにできると思います。
 

働く場所や世界の状況が変われば、自分の価値観も変わる

「Earth Company」で活動していた際の様子
「Earth Company」で活動していた際の様子

中屋 五感と聞いて思い出したのは現地の匂いと音ですね。お供え物の香りや遠くから聞こえてくるお祭りのような音が印象に残っています。バリ島で生活をする中で、新しい気付きや発見はありましたか?

田丸 「Earth Company」の活動もそうですが、長く続いている組織や活動は、亡くなった人を含めた多くの人たちに支えられているんじゃないかなという気付きがありました。というのも、大切な家族が遺した遺産を、「太平洋の子どものために使ってください」と預けてくださった方もいたので。これは東京で経営コンサルタントをやっていると味わえない感覚でした。

中屋 経営コンサルタントとNGO団体ですと、仕事に対する価値観も大きく変わってきますよね。価値観が変わる、という面では、コロナウイルスも一つの転機になると思っていて。

たとえば、今までは人に会うことや外を出歩くことが当たり前だったけど、それが自由にできなくなった瞬間に、疑いもしなかった当たり前の生活が大切なことだったんだと気付けますよね。ある種、時代が変わる瞬間に僕たちは今いるんだと感じることが増えてきました。

田丸 「幸せってなんだろう、そのために必要なものはなんだろう」と考える良い機会になっているかもしれないですね。

中屋 日本だけではなく、世界各国がみんな共通の課題と対峙する状況というのもこれまでにない経験ですからね。

田丸 場所に対する捉え方も変わってきそうだなと思います。今までは、たくさんの情報が得られることやアクセスの良さから都会が魅力的に思われていた。けれど、地方には圧倒的な住環境の魅力があって、作られたものではない自然の存在がある。だからこそ、改めて地方の価値を捉え直す良い機会になると思います。
 

1冊の本に導かれてアラスカへ

アラスカの雄大な自然の風景
アラスカの雄大な自然の風景

中屋 田丸さんは「Earth Company」を退職した後、アラスカに3週間ほど行ったそうですが、何がきっかけだったんですか?

田丸 きっかけは、写真家である星野道夫さんの本と写真集を、知り合いに頂いたことです。彼の本の一節・一章を抱きしめるように読んで、アラスカへ行きたい思いが募ってしまったという感じですね。そして去年の夏、南東アラスカとデナリ国立公園に行きました。

中屋 デナリ国立公園は星野道夫さんの本の中でよく出てきますよね。僕は映画の「イントゥ・ザ・ワイルド」を見てアラスカにハマりました。実際にアラスカに行ってみてどんなことを感じましたか?

田丸 「命はめぐる」ということが、頭ではなく感覚でわかるようになりました。道中ではよく、20年前に肺がんで亡くなった父のことを思い出しました。

これまで、父の死に対しては蓋をしている自分がいたのですが、自分も父親になるというタイミングでアラスカに行ったことも影響していたかと思います。父やこれから生まれてくる子どものことを静かに想えた時間は、僕にとって必要なものでした。
 

アラスカの雄大な自然の風景
アラスカの雄大な自然の風景

中屋 アラスカに導かれるようなタイミングで行けたということですよね。僕は星野道夫さんの「旅をする木」という本に出てくる、古本屋のおばあさんとのやり取りが一番好きで。

アラスカの生活や空気感が一つ一つ丁寧に描写されているんです。そして、毎日にありがたみを持って、小さな幸せをかみしめながら生きている。誰かから評価されるとかは、まったく考えずに、生活する中での気付きを書き留めている印象を受けました。

田丸さんは本の中でどんな感銘を受けたのかお聞きしたいです。

田丸 難しい質問ですね……。たとえば、「僕たちが毎日を生きている同じ瞬間、もう一つの時間が、確実にゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは天と地の差ほど大きい」や「昔見た風景画がずっと心の中に残ることがある。いつか、さまざまな人生の岐路に立ったとき、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり勇気を与えられたりすることがきっとあるような気がする」という文章でしょうか。

この文章に出会ったときに「自分にはそういうものがないな」と思いました。そんな風景に出会いたいと思って本を読み進めながら、彼が描くさまざまなアラスカの姿を想像していたんです。そのイメージを追いかけるように、気付けばアラスカに飛んでいました。

今でも目を閉じると、アラスカの風景を思い浮かべることができます。特に印象的だったのは、デナリ国立公園で明け方、バスを待っていたとき、薄ピンクの空が広がり、狼の遠吠えが聞こえた空間、あの音、ピリリとした寒さ。そこで感じたすべてが自分の原動力になっていくのかなと思いました。

中屋 思い出がしっかりと刻まれているのは羨ましいですね。田丸さんは、本を読む体験にどんな魅力を感じますか?

田丸 人の話を聞くことで影響を受ける人もいれば、自分の中で内省したり本を読んだりすることで考えを深め、インスピレーションを受ける人もいると思っています。

本の魅力は、違う時代に生きた人や違う場所に暮らす人と対話できること。

先ほど話に出てきた「旅をする木」は、本当に味わい深く、一日一章以上読みたくないくらいなんです。読み終わったときに心から感謝したくなる本だったので、そういう本に出会えることは大切な体験なんじゃないかなと思います。
 

現在は、ニュージーランドで新たなことに挑戦中

ニュージーランドでの生活の様子
ニュージーランドでの生活の様子

中屋 本と対話するという考え方は素敵ですね。アラスカでさまざまな体験をして帰った後、現在に至るまでの流れをお伺いしたいです。

田丸 アラスカから帰ってきた後、沖縄に行って子どもの出産に立ち会いました。そして現在は、ニュージーランドの大学院で気候変動とその政策について学んでいます。バリ島にいたときから環境問題に関心が高まっていたので、一度しっかりと勉強したいと思いました。

中屋 たくさん選択肢があったと思いますが、なぜニュージーランドを選んだんですか?

田丸 理由はいろいろありますが、ライフスタイル重視で選びました。自然豊かな国だと聞いていましたし、あとは世界の端っこじゃないですか。中心で競い合うより、端っこでじっくりやろうかなという想いもありました。

ニュージーランドは先住民族・マオリの方々がいて、先住民族の持つ考え、自然との接し方から学ぶこともたくさんあると思ったのもあります。
 

後悔や違和感を大切にしながら、自分の心の声と向き合う

「Earth Company」で活動していた際の様子
「Earth Company」で活動していた際の様子

中屋 東京で経営コンサルタントをした後、地球問題やコミュニティといった、これからの世界が向き合おうとしている領域に足を踏み入れたじゃないですか。

今までの価値観やキャリアプランも180度変わっていると思いますが、東京時代と今を比べて自分の中でどんな変化を感じていますか?

田丸 圧倒的に今の方が幸せですよ。この数年、家族を失うことやいろんなことがありましたが、自然に囲まれて、自分の心の声に従いながら生きている今の方が明らかに幸せです。

中屋 田丸さんの場合は自らアクションを起こして変えていったと思うんですが、今までの生活をガラッと変えることは勇気が必要ですよね。実際に一歩を踏み出そうとしている人や何かを変えたいと思っている人に向けて、何か伝えられるアドバイスはありますか?

田丸 経営コンサルタントとして5年間東京で働いていた当時は、「何のために身を粉にして働いているんだろう。自分の時間はちゃんと社会の役に立っているのだろうか」と何度も考えていました。

その後、物事がうまく進んだときに思ったのは、当時感じていた後悔や違和感を大事にしておいてよかったということ。

僕はその違和感や後悔がずっと残っていたので、スッと一歩を踏み出せたんだと思います。後悔や違和感が自分の中にあれば、だんだんと行きたい方向が見えてくるし、しっかり次に活かせられるかもしれないですね。

中屋 なるほど。自分が幸せだと感じる道を選ぶことができることは素晴らしいですよね。

田丸 そうですね、大切な人も含めて、周囲から期待されることもあると思いますが、大事なのは自分の心がどこに向いているかですよね。自分の心の声と向き合うことが大事だと思います。

留学先を考えていたときに、沖縄の浜比嘉島をよく走っていたんです。すると、小さな自室で悩んでいたことがパッと解決して、これから進むべき道へと導かれていく感覚を何度も味わいました。もうすでに答えは決まっていたというか、自分の心の中にあった「こうしたい」という想いに引き寄せられていくような感じです。

そうした気付きを自然体でもたらしてくれる、自分にとっての大切な環境や場所があるといいですね。
 

体験には何があった?

「Earth Company」で出会った仲間たちと一緒に撮影した写真
「Earth Company」で出会った仲間たちと一緒に撮影した写真

叔母の死をきっかけに転職を決意した田丸さん。「Earth Company」に入り異国で働く中、都会の喧騒に囲まれた東京での暮らしと、自然や信仰を大切にしているバリ島の違いを身をもって体験し、今後の人生が大きく変化していきました。

1冊の本との出会いがアラスカへ行く原動力となり、新しい体験との出会いがその次の新たな自分を作っていく。自分の中で感じた後悔や違和感を大切にして、自分の心の声と向き合ってきた田丸さんだからこそ、一歩を踏み出すことができたのではないでしょうか。

田丸さんの「圧倒的に今の方が幸せです」という言葉が胸に刺さり、自分の幸せを追求すべく、変化のための行動を起こす人が増えることを願っています。

文・木村紗奈江
※このインタビューはオンライン上で行われたものです。

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