物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。今回は宮崎県で製法と原材料にこだわりぬいたからすみを製造している、はまや株式会社 代表取締役の小濱ゆうきさんとの対談記事をお届けします。
宮崎の特産品を生み出すため、からすみ作りに挑戦
中屋 小濱さんは、現在からすみの事業を行っておられますが、活動内容についてお伺いしたいです。
小濱 はまやの事業としては、カフェ・飲食店の運営、菓子製造・販売、水産加工品の製造・販売を行っています。からすみは、ボラなどの卵巣を塩漬けし、塩抜きをした後、天日干しで乾燥させたものです。はまやでは、宮崎県日向灘沖で獲れるボラの卵(真子)のみを原料として使用しています。からすみ専用工場にて、塩漬けから塩抜き、乾燥や包装まで一貫した衛生・品質管理を行っているのが特徴です。
私はからすみとボラに魅了されてこの仕事をしていて。からすみはいろんな歴史がある珍味で、商品自体も美味しい。それを自分で作れるところに私なりの魅力を感じています。また、宮崎市内に『あめいろCAFE』という店舗を構え、ボラやからすみを使った料理を提供しています。からすみを食べたことがある人もない人にも美味しいと言ってもらえる、からすみとの出会いを生み出せる商品(もの)づくりを目指しているところです。
中屋 話を伺っていると、小濱さんのからすみ愛が伝わってきますね(笑)。からすみの事業を始めようと思ったきっかけは何かあったんですか?
小濱 私は田舎で生まれ育ったこともあり、昔から街を面白くすることや、地域活性化にとても興味がありました。もともと『あめいろCAFE』は母親が開業して仕事を手伝っていたのですが、引退に伴いお店を引き継ぐことになって。当時から楽しんでものづくりをしたいという想いがあり、農産物、畜産物、水産物などの商品開発に挑戦していました。けれども宮崎は農産物や畜産物が有名なので、何を作っても二番煎じでしかないことに気が付いたんです。
個人の小さな企業が一つの商品でインパクトを出せるものは何だろうと考えていたところ、宮崎は水産加工品で有名な商品があまりないと思って……。水産物を使って何か作ってみようと思ったものの、日持ちしないものが多いんですよね。魚の保存法を調べていく中でふと、宮崎の飲食店がからすみをよく使っていることを思い出したんです。日本三大珍味の一つでもあるからすみを「宮崎の原料を使って作れるようになれれば特産品になる」と思ったのが、事業を始めたきっかけです。
ものづくりが身近にある環境で育ったことが地域活性化に繋がっていった
中屋 地域の伝統的な特産品は、家業で受け継ぐ方が多いので、小濱さんの場合は珍しいなと思いました。幼少期の生い立ちの中で地域活性化に興味を持った出来事は何かありましたか?
小濱 私の地元は山の中にあって、実家もお米を栽培したりお茶摘みをしたり、お味噌を自家製で作ったりしていたんです。地元で生活していると当たり前の日常でしたが、都会に出てみると、今までの日常はすごかったんだと思うようになっていきました。今思えば、ものづくりが身近にある環境で育ったことが地域活性化に興味を持った理由の一つだと思います。
ものを生み出せる環境に在りたいという想いがあって。子どもたちが魚を切り身でしか見たことがない、野菜がどう育てられているかわからないなど、実体験で感じることが多々あったんですね。産地に足を運ぶきっかけを作ったり、漁業の現場を実際に見ていただいたりと、さまざまな体験を通して興味を持ってもらうこと、また、子どもたちに体感してもらうことができれば、地域活性化に繋がるのではないかと思っています。
中屋 宮崎市内に出てきて子育てや生活をしていく中で、自家製のものを作って生活することがなくなってしまっていることに気がついたんですね。先ほど「農産品や畜産品、水産物の商品開発をしていた」と言っていましたが、『あめいろCAFE』で開発をされていたんですか?
小濱 そうです。『あめいろCAFE』はもともと喫茶店だったのですが、ランチの需要が高まってきたこともあり、「手作りで分かりやすい食事を出したい」「宮崎県産のものを使いたい」という想いから食材にこだわり始めました。ランチの提供以外にも作った商品を発信していきたいと思い、カフェの中で『あめいろ商品開発部』コーナーを作り、その一角で商品を販売していたんです。
当時はからすみがボラの卵だってことすら知らなくて(笑)。宮崎県内のどこでボラが獲れるのかを県や漁協に問い合わせたんですが、「ボラは市場に出ていない魚だよ」と言われることがほとんどでした。「卵(真子)を獲った後の身はどうしているんだろう」と疑問に思い産地巡りを始めると、宮崎の日向灘でもボラが獲れることが分かりました。けれど身は海外向けの蟹の餌になったり、輸出されたりすることがほとんどで、国内では流通がないことを知ったんです。
もともとは個人事業としてカフェ事業を中心に行うつもりだったんですが、産地巡りをする中でボラに需要がないことを知って。その課題を解決することができないか考えた結果、ボラに特化した水産加工を始めようと思い、はまやを法人化しました。私たちの取り組みに注目していただいて、県の方からも「ひむか沖鯔(ボラ)」といって、未利用魚(※市場などに出荷されず捨てられる魚のこと)を利用していく取り組みがスタートできたのも、創業当初のいろんなきっかけとご縁があったおかげだと思っています。
未利用魚に対するイメージを変えるため、カフェで新たな取り組みを始める
中屋 取り扱いが難しい未利用魚の加工にチャレンジする小濱さんの原動力は何ですか?
小濱 ボラに可能性を感じているところだと思います。私はボラを食べたときにすごく美味しいと思ったんですが、「お客さんがどう感じるのかな、美味しいと思ってもらえるのかな」と最初はすごく不安でした。テストとして『あめいろCAFE』のランチで“ボラのフライ”を出しました。するとお客さんからの反応が思った以上に良くて、私の独りよがりではなかったんだと自信とたくさんのヒントをもらいました。だからこそ、美味しいボラ・からすみをみんなに食べてもらえるようにという想いだけで工場を作った感じですね(笑)。
正直事業を始めてから、取り扱いが難しい魚なんだなと知りました。でも未利用魚はボラ以外にもたくさんいて……。ボラが受け入れてもらえるようになればもっと水産資源を活用することができるし世間の見方も変わっていくのではないかと、お店に来るお客さんを通じて実感できているので、それがモチベーションになっています。お店では“沖ボラのバターソテー”などの料理を出していますが、人気メニューで多くの方がリピートしてくれているんです。SNSが盛んになって若い世代の方も「初めてボラを食べた」と投稿してくれていて。今は、どうやったらもっとたくさんの人にボラを受け入れてもらえるのか試行錯誤しているところです。
中屋 「ボラは食べない魚」だと世間が思い込んでいる中で、その意識を変えるために行動していくしかないということですよね。
小濱 誰しもができることをやるのではなくて、私だからこそできることをやっていきたいと思っています。からすみの事業に関わって5年ほど経ちますが、事業を始めた当時はインターネットで調べてもからすみやボラの情報はほとんど出てこなかったんです。けれども年々ボラについて書かれたページが増えているのは嬉しく思います。
からすみをカジュアルに食べてもらいたいと、クラウドファンディングにも挑戦
中屋 最近は、「からすみを広く知ってもらってカジュアルに食べてもらいたい」ということでクラウドファウンディングに挑戦されていましたが、どんなきっかけから始めようと思ったんですか?
小濱 最初は宮崎の特産品として付加価値をつけたいという想いがあり、『あめいろからすみ』を商標登録して販売をしてみたんですが、そもそもからすみを知らない人たちがすごく多いことに気付きました。そんな人たちにどうやってからすみを伝えていくかを考えた結果、宮崎のボラやからすみを身近に体感してもらえるような企画を考えようと『ハラカラプロジェクト』を立ち上げ、クラウドファンディング(※現在は終了しています)に挑戦しました。“ハラカラ”には、「同胞、一族、仲間。同じ母や国をもつ者たち」という意味があります。からすみも同じ母を持つ子どもたちの集合体。はまやの想いを共有する仲間たち(ハラカラさん)と、この活動を広げていきたいという想いを込めています。
今回のクラウドファンディングで感じたことは、「からすみ」のワードに引っかからない人がたくさんいるということ。なので新しいブランディングをしてからすみを食べてもらい、「あ、あれってからすみだったんだな」と後から思ってもらえるような展開をしていきたいと思っています。
からすみの本場は長崎ですが、宮崎のからすみ屋さんというところに可能性があると思っていて。歴史がないからこそ取り組めるポジションにいることは強みなので、今後どんなアクションが取れるか考えていきたいと思っています。
中屋 からすみはバリエーションが豊富だと感じています。細かく粉砕しても風味が失われず、むしろ口の中で旨味が広がるのでパスタにかけて食べることもできる。日本三大珍味だからこそ、「日本酒が好きな人が食べるもの」「からすみは高級品だ」という固定観念を持っている人が多いと思うので、カジュアルに知ってもらえるようにハラカラプロジェクトで展開するということですよね。
小濱 そうですね。難しいところですが、値段を安くして付加価値を下げてしまえばいいわけではないと思うんです。けれど、世間の人にも受容される価格帯にして、自分へのご褒美や贈答品として位置付けたり、調味料として使ったり……ごはんとの組み合わせの提案もしていきたいと思っています。分かりやすい食べ方の提案を行うことによって、少しでもからすみを食べてもらえる入口を作っていければと。
産地と一緒に地域活性化のための施策を考える
中屋 今後からすみやそれ以外の活動を通して、小濱さんがどのような展望を持っているか伺いたいです。
小濱 最終的にはからすみに繋がるんですけど、今は産地との取り組みを行っています。産地では後継者問題が深刻になっていると思うんですね。コロナウイルスの影響で外国人研修生の受け入れがストップしていて、漁師さん不足で漁に出られなくなる問題があって。宮崎は海に面している産地なので大きな漁協もたくさんあるんですけれど、「どうすれば子どもたちや孫たちが帰って来てくれるか、どんな産地なら住みたいと思ってもらえるか」を考えなければいけないと思っています。
漁師の仕事があったとしても、自分の家族が働ける場所が無ければ地元に帰ろうと考えづらいですよね。だから、産地の人と一緒に工場を作ろうという取り組みを進めています。子育てをしながら働ける環境や漁に出なくても働ける職場があることで、家族で安心して暮らすことができるからです。
「産地から発信するものづくり」をテーマに1次産業側と販売側が一緒に、マーケティングの視点でどんな商品を作ればいいかを考えて取り組む一つのモデルケースとして、加工品の工場を作ろうという話になりました。不安なことも多いですが、「小濱さんの想いがある限り大丈夫です」と言っていただけているので、最終的に産地から発信できる事業を行えるように6次産業化の仕組み作りをしていきたいです。また、そのために外から人がやって来やすくなるようなブランディングなども行っていきたいと思います。
中屋 小濱さんの想いを伺っていると、「地元に帰って来ていいんだよ。気軽に遊びに来ていいんだよ」という空気感や場作りなどから始めていけるといいなと感じました。
小濱 今産地では若手の漁業者を育てていくプランを設計中です。漁師の仕事を体験してもらうことで、自分の興味と実際の向き不向きを体感できると、仕事として選択肢の一つに加えられるのではと考えています。ただからすみを販売するだけではなく、私たちの活動を知ってもらえるような体験やプロジェクトを作っていきたいです。
そして、からすみを介して、産地や生産者さんを巻き込んださまざまな取り組みをしていけるといいなと思っています。
体験には何があった?
からすみの事業に取り組む小濱さんが地域活性化に興味を持ったきっかけは、ものづくりが身近にある環境で育ったためでした。宮崎産の水産物を使って商品を作りたいと思い、日本三大珍味の一つであるからすみの製造業に取り組んでいきます。
ボラの取り扱いの難しさに苦戦しながらも諦めずに新しいことに取り組む小濱さんの原動力は、たくさんの人にボラの魅力を知ってほしい、未利用魚の可能性を感じてほしいという想い。からすみやボラの認知を広げるためのアクションを考える小濱さんからは、からすみ愛がひしひしと伝わってきました。
熱量を持って、一つひとつ課題と向き合いながら真っすぐ進んでいく小濱さんだからこそ、その想いが周りにも伝播していくのではないでしょうか。小濱さんの挑戦がこれからも楽しみです。
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日向灘の沖鯔の新鮮な真子から作られた『あめいろからすみ』
文・木村紗奈江
【体験を開発する会社】
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