物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。今回は、熊本の30代が中心の若手農家グループ「AGRI WARRIORS KUMAMOTO(アグリ・ウォーリアーズ・クマモト)」の立ち上げメンバーでもある、有限会社内田農場 代表取締役/内田智也さんと、KAMAFARM 代表/釜博信さんにお話を伺いました。
作物と真摯に向き合う中で気付いた農業の魅力
中屋 内田さんと釜さんとの出会いは2017年でしたね。熊本の若手農家さんが集まるセミナーでお会いしたのを覚えています。個性的なキャラクターが集結しているのが熊本の農家さんの面白さでもあるし、魅力ですよね。内田さんは初めから農業をしようと思って仕事に就いたんですか?
内田 うちはもともと農家ですが、最初は農業をする気がありませんでした。東京の大学を卒業後、熊本からダンプで迎えに来た父親に強制的に連れて帰らされて、内田農場に就農することになりました(笑)。農業は同じことの繰り返しのようで、1日1日違うんです。毎日違う人と出会わせてもらえるのは、農業の仕事ならではだと実感することがあります。
中屋 熊本からダンプで迎えに来るのはインパクトがありますね(笑)。釜さんはどのように農業を始めたんですか?
釜 僕も農業は絶対に継がないと思っていたんですが、進学も就職も行き場所が無くなってしまって。農協に8年間勤めたあとに就農したんですが、親の言いなりで農業をしている期間が5年くらいありました。転機は、一から農業を勉強しようと思い、熊本の農業経営塾で勉強したことです。今まで出会うことがなかった人たちと関わる機会が増えて、劇的に価値観が変わっていったんです。知的好奇心旺盛な性格でもあるので、勉強をする中で農業の面白さや魅力を知り、どこまでいっても極められないほど奥深いところにハマってしまったと思います。
中屋 釜さんは玉ねぎや柑橘類といった多品種を育てていると思いますが、多品種を始めたきっかけは何かありましたか?
釜 うちは祖父の代から柑橘農家でした。父親が甘夏からデコポンに切り替えて引き継いでいたんですが、デコポンだけだと生活が難しくて。農業経営塾に通い今後の事業計画を考える中で、露地野菜(※屋外で作物を育てる方法)との複合経営に辿り着きました。年々ブラッシュアップを重ねた結果、今の栽培体系が自分たちの地域に合っていると思い、多品種を育てることになったんです。現在は玉ねぎと柑橘の大きな2本柱と、かぼちゃ・トウモロコシ・ソラマメを育てています。
中屋 内田さんはお米農家として、海外・国内の大手外食チェーンにも出荷をされているそうですね。事業拡大をするとリスクも大きくなっていくと思いますが、それにも関わらず挑戦していくのはどういう想いがあるんですか?
内田 これから農業をどうしていきたいのか、どういうお米を作っていきたいのかを動きながら考えている感じです。格別優れた経営者ではないですけれども、がむしゃらに走っている途中なんだと思います。自分や家族が安心して生活できる分だけ農協に出荷して、安定した売価で売っていく方が楽ではあるんですが、新しいことに挑戦しているワクワク感や楽しい環境にいるのが好きなんでしょうね。
突然の自然災害に立ち向かう農家たちの苦悩と葛藤
中屋 面白がってできるからこそ、続けていける仕事だと思います。近年は特に自然災害が多発していますが、内田さんが体験した災害にはどんなものがありましたか?
内田 考えうる全ての災害はありましたね。水害や大きな台風、誰しもが想像しなかった熊本地震、阿蘇火山の噴火による降灰。日本中世界中が怯え、大変な思いをしているコロナウイルス、薬の効かない害虫の発生など、さまざまな被害を受けました。今まで愛情を込めて育ててきた作物が災害によって奪われてしまったり、稲が枯れていったり……作物が虫に食べられていくのをただ指をくわえて見ているのは、農家として非常にしんどいです。
中屋 目の前で作物が奪わたり、一瞬にしてなくなってしまったりするのは心苦しいですよね。熊本で発生した『令和2年7月豪雨』で釜さんも甚大な被害を受けたと思いますが、豪雨が起こった際はどんな気持ちを抱えていましたか?
釜 前日はトウモロコシ収穫の数日前だったので、予約注文も受けていて、いつも通りの日常だったんです。豪雨があった当日は、夢かと思うくらいの光景が目の前に広がっていて……。真っ先にトウモロコシの圃場(ほじょう※農産物を育てる場所のこと)を見に行こうとしたんですけど、遠目でも水没しているのが分かったので、作物のことは諦めて命を最優先にしました。
もともとコロナウイルスの影響もあって、我が家はすごく危機的状況だったんですよね。その埋め合わせで作っていた作物がすべて奪われてしまったので、これを機に廃業しようかなと考えていました。でも、次の日には熊本の農家さんや内田さんが駆け付けてくれて……。廃業しようと思っていたんですけど、できなくなってしまいました(笑)。
内田 辞めるに辞められないですよね。
釜 内田さんもそうですけど、熊本の地震を経験した人たちがすぐに駆けつけてくれて、精神面でのアドバイスをしてくれたんです。震災を乗り越えて活躍している人たちがたくさんいるので、すごく支えになったし説得力があるんですよね。
中屋 内田さんはどんな声かけをされたんですか?
内田 実は、「もう農業を辞めた方がいいよ」とも言いました。冗談抜きでその選択肢もあると。釜さんのところの地域を見て、我々が農業をしていく上で安心して生活できる姿が想像ができなかったんですよね。農業とは違う選択肢もあるんじゃないかなというのは正直に伝えました。でもそれは釜さんの人生なので、僕が言える立場ではないですけども……。
釜 内田さんは4回ほど来てくれたんですよ。内田さんの家から2〜3時間ぐらいかかるんですけど、来て数分で帰るんです。それがすごいというか。
内田 実際にあのときは釜さんのところに何も考えずに手伝いに行きました。僕ら若い農業者が地域で真っ先に行うことは消防団活動です。全気力、体力や時間を消防団活動に注ぐので、今思い返しても何をしたか、どういう想いだったのか覚えていないんですよね。ただ、地域には若い農業者、農家が必要なんだなとあらためて災害のときに感じました。
釜 豪雨被害に遭ったとき、熊本の農家さんたちがうちの畑に来てくれて、かぼちゃを救出してくれたんです。自然災害を何度も経験してその度に乗り越えてきているメンバーだったからこそ、今回の豪雨が起こった際にもすぐに何十人もの人たちが集まって手助けしてくれて……。本当に仲間の存在に救われましたし、熊本農家の絆の強さを身をもって感じた瞬間でした。
幾度となく襲いかかる自然災害を仲間とともに乗り越えていく
中屋 いくら近くにいても親交がなかったら、災害が起きても他人事だと思うんですよね。普段からの関わりが深いことが有事の際にみんなが一丸となる秘訣なんじゃないかなと話を聞いて感じました。
内田 損得何もないですけど、誰ひとり自分には関係ないといった意識は持たず、当事者意識を持っていて。行ける人が行けるときに行くという姿勢がこのメンバーの強みかなと思いますし、何があっても大丈夫と思える仲間がいるのは心強いですよね。話を聞いてもらえるだけでも、来てもらえるだけでも、力が湧くというか……面と向かっては絶対に言わないですけど(笑)。こうやって頑張ろうと思えたのは自分一人の力じゃないですよね。
中屋 熊本の農家さんは親戚同士の集まりのようなどこか温かい雰囲気がありますよね。豪雨が発生してから数ヶ月が経ちましたが、現在も被災した地域では復旧活動が続いていると伺っています。現在までの状況についてお話しいただけますか?
釜 1週間ずつメンタル面のステージが変わっていくんですね。どうにか平常のままでいられるようには努めていましたけど、気持ちの浮き沈みは激しかったです。今回豪雨が発生して駆け付けてくれたメンバーや農家仲間たちがいなかったら、もうとっくに心が折れていたと思います。
内田 人々の記憶の中から風化していく中で、これからが大変なんですよね。大多数の方がまだ不便な生活をしていますし、元通りの生活に戻るのは何十年も先かもしれない。釜さんも家族の問題、お金の問題を含めて、綺麗事抜きにたくさんの課題が出てくると思っています。釜さんも言っていましたが、日々メンタルが変わるというのは僕らも味わいましたね。
中屋 気持ちの浮き沈みを感じることは想像以上のことで、本人しか分からない辛さがあるかと思うと心が痛くなります。そんな状況ではありますが、農業をしていることで救われることはありますか?
釜 農業はすごく好きなんですよ。趣味の延長というか、仕事と趣味が混合している感じです。農業が好きすぎてお金を稼ぐことよりも農業をずっと続けていきたいという感覚が強いからこそ、救われている部分はあるかもしれません。
内田 仕事が「私事」。自営業とか農家は、私事なんですよね。釜さんの言う通り私事のように没頭できるのと、日々作物が成長して行く様を見られて一喜一憂するし、四季も感じられるのでいろんな作業を含めて気が紛れる部分は農業にはあるのかなと思います。 太陽を浴び、汗をかいて仕事ができるのは農業の特徴ですね。
100年先も続く農業を目指す「AGRI WARRIORS KUMAMOTO」が始動
中屋 内田さんと釜さんは新しい挑戦として、熊本の戦う農家「AGRI WARRIORS KUMAMOTO」を結成し、クラウドファンティングの活動を始めたそうですが、どのような団体を目指しているんですか?
釜 熊本はここ数年、自然災害に見舞われ苦しい状況が続いていますが、先祖代々この土地に根差し受け継がれてきた農業をこれからも未来へ引き継ぐために、戦う農家集団「AGRI WARRIORS KUMAMOTO」を結成しました。
内田 クラウドファンディングの目的としては、WEBサイトを立ち上げて僕らの活動を知ってもらい、一緒に活動する仲間を増やすこと。自然災害や不測の事態で通常の販路が途絶えたときのために、オンラインで販売ができるようにしていきたいと思っています。
また、農業を子どもたちが憧れる仕事にするのも僕ら世代の使命だと思いますので、目立つこと面白いこともやっていく必要があるのかなと。そのために、まず僕たち農家が子どもたちにとってかっこいい存在になることを目指しています。「農家はかっこいい」そう思って就農する仲間たちが増えてほしいし、子どもや家族にもかっこいいと思ってもらえたら嬉しいですよね。自分の仕事は情熱とロマンしかないと思っていますし 、農業に限らずその気持ちを持ち続けたいです。
釜 農家が日本の食を支えていますし、これからも支え続けると思っています。農家は意義のある仕事で必要な職業にも関わらず、後継者不足、担い手不足は深刻となっているんです。個々の農家だけではできない活動もチームとして行いつつ、日本の農業を盛り上げていきたいと思っています。
個性豊かなメンバーと共に「かっこいい農家」を目指す
中屋 世の中の仕事はテクノロジーの進化によって選択肢が広がっていると思うんですけど、熊本で農業をすることや農業の仕事に誇りが持てるのは地域の宝だと思います。今後はどのように熊本の農業の未来をつくっていきたいと思っていますか?
内田 お客様に喜ばれるものをお届けしたいというのが変わらず僕の中であるので、クリエイターさんを含めてさまざまな業種の方と手を組んで、楽しいことや面白いことをしていきたいです。お互いに利益や良い環境をもたらすような仕組みを作って、面白い仕事や私事ができれば良いなと思っています。
中屋 以前内田さんがお話しされていましたが、アパレル商品とのコラボもぜひ実現させていただきたいです。個性豊かなメンバーが揃っているので、個人でコラボするのも、チームでコラボしても面白いのが「AGRI WARRIORS KUMAMOTO」の魅力なのかなと思っています。
内田 多種多様なメンバーがいるのが僕らの強みなのかなと思いますけど、いい意味で農家っぽくない人が集まっています(笑)。
中屋 釜さんは今後「AGRI WARRIORS KUMAMOTO」の中で期待することと、ご自身が実現していきたいと思うことはありますか?
釜 「AGRI WARRIORS KUMAMOTO」のファンを増やしていって、グループの人気が出てきたらいいなと思っています。そのために自分ができることが何かあると思うので、パーツを創り出すことができれば幸せだなと。
また、自分自身がミーハーなので、作業服とかも作っていけたらいいなと思います。見た目もすごく大事だと思っているし、幸いイケメンが揃っているのがうちのチームの特徴でもあるので (笑)。
中屋 このチームだったら、どんなブランドが来てもどんな業種であっても多種多様なコラボができそうですね。クラウドファンディングに共感してファンになったり、新しい時代の繋がり方がもっと増えたりして、クリエイターや異業種企業など多様な価値観を熊本若手農家を通して活性化する集団になってくれたらますます面白くなるんじゃないかなと思っております。
内田 まとまんないとは思いますけどね(笑)。災害支援活動のフォーマット作成もそうですが、アパレルやグッズ作成にも携わりたいと考えています。農業関係者が作ったグッズはいっぱいあるんですけど、農業者が作ったブーツやズボンとかは意外と商品化されていないので僕たちの手で作っていきたいと思うんですね。
企画から製品制作、販売まで農業者が関わって商品化を実現できたらいいなと。強い農家、かっこいい農家、稼げる農家……農家が憧れの職業になる日を目指して、これからも戦う農家として活動していきたいと思います。
体験には何があった?
はじめは農業に興味がなかったものの、真摯に向き合っていく中で農業の面白さや魅力にハマっていった内田さんと釜さん。
仕事が軌道に乗り始めようとしたときに発生した、地震、水害、台風、火山灰、害虫、コロナウイルス……。近年多発する自然災害に心が折れそうになりながらも幾度となく立ち向かっていく内田さんと釜さんの支えになったのは一緒に戦う仲間の存在があったからでした。
災害を経験するたびに、一緒に乗り越えて強くなっていく熊本農家さんたちの絆はとても固く、逆境を跳ね除ける力や明るさは周りを巻き込み伝播していくのだと感じることができました。
受け継がれてきた農業をこれからも未来へ引き継ぐため、農家が憧れの職業になる未来をつくるためにさまざまな仕掛けを行っていく熊本の戦う農家「AGRI WARRIORS KUMAMOTO」のこれからの活動に注目です。
「AGRI WARRIORS KUMAMOTO」のクラウドファンディングはこちら
【100年先も続く農業を目指す】熊本の戦う農家「AGRI WARRIORS KUMAMOTO」始動!
文・木村紗奈江
【体験を開発する会社】
dot button company株式会社