世界中の人たちが、自分の言語を気軽に教え合えたら、互いの距離もきっと縮まる。
中国で生まれ、4歳から日本で暮らす喜洋洋さん。「言語」学習での自身の体験を生かし、世界中の人が自分の言語やその国の文化、常識を教え合えるプラットフォームを構築した。スマホのアプリで簡単に参加できるコミュニティは、どのように生まれたのだろう?
上海への留学中、日記を添削し合う体験から起業へ。
喜洋洋さんは中国で生まれ、4歳のときに両親と日本に移住。以来、30年以上日本で暮らし、夢も日本語で見るという。日本での大学受験後、いわゆる「燃え尽きて」しまい、大学入学後は楽しさを見出せない毎日。夕方に起きてアルバイトに出かけ、帰宅後は朝までゲームという生活になり、それを変えたいと中国・上海に1年間、留学した。そこで母語を互いに教え合う体験から、その学習方法に可能性を感じ、さらに上海の街と人からあふれるエネルギーに刺激を受けた。これをきっかけに起業し、現在は「世界中のネイティブスピーカーの知と経験の共有」をビジョンに掲げ、語学学習サービス「Lang-8」、グローバルQ&Aアプリ「HiNative」の企画・開発・運営を行う。110の言語に対応し、世界中で利用され、ユーザーは450万人以上。母語を教え合うコミュニティはいかに誕生し、どんなコミュニケーションを生み出しているのだろうか。
中国留学を決めた理由から教えてください。
日本に来てからもずっと、両親との会話は中国語でしています。今となってはたいした話ではないのですが、小さい頃は両親の外国人っぽい日本語が気になってしまって。そうなると、逆に私の中国語のニュアンス、イントネーションも絶対におかしいだろうと推測できて、中国語と中国のことをしっかりと学びたくなりました。
上海への留学中は親戚の協力で中国人の学生寮に入り、留学早々かなり上達したように思いました。しかし、会話は中身が重要なので、間違いがあっても会話中にわざわざ間違いを指摘されたりしません。もっと正確に中国語を身につけたいと思い、日記を中国語で書いて中国人の友人に添削してもらうことにしました。そしてお返しに、友人が日本語で書いた日記を添削すると、とても喜ばれました。母語を教え合うのは優れた学習方法だと感じて、これをもっと広めることができたら、と思いを強めました。
留学をして、日本での「常識」がすべてであった自分の視点が広がったことも大きな収穫でした。例えば中国のコンビニで、店員が釣り銭を投げるような対応にマナーが悪いと感じましたが、1年も経つと慣れました(笑)。中国人は他人を気にせずに生きていて、そのぶん、ストレスがないと分かったのです。日本を基準に物事の善し悪しを判断してきたのが、何事も絶対的ではなく相対的だと思えるようになりました。
その体験が起業につながるのですか?
留学前から世界を股にかけて仕事をしたい思いは漠然とあったものの、理系だったので卒業後は大学院へ進み、メーカーに就職というくらいしか考えていませんでした。でも、留学の結果、帰国後はとてもやる気に満ちていて、大学のビジネス・コンテストに参加し、20代後半のIT企業の社長と出会ってIT系に興味を抱き、「起業」の選択肢があると知りました。
ちょうどその頃ウェブ2・0が浸透し、情報の受け手だったユーザーが自ら参加してコンテンツをつくる新しい流れが起き始めていたので、SNSのmixi(ミクシィ)にハマッていた私は、世界中でそれぞれの母語を教え合ったらおもしろいのではと思い、卒業後の2007年に『Lang-8』を起業しました。
互いの母語を、ユーザー同士が学び合える環境。
会社名にもなっている語学学習サービス「Lang-8」。ユーザー同士が文章を添削し合えるサービスですが、どのように開発・運営をしましたか?
インターネットでサービスをするなら言語や国・地域を限定する意味がないと思い、クロスオーバーでやることにしました。一番ワクワクしたのが、運営側が分からない言語でも技術的にユーザーがやり取り可能な点。ウェブならではの可能性がおもしろいと思い、起業を決めました。
ただ、いきなり全言語のユーザーは巻き込めないので、まずは軸を一つつくることにしました。日本人ユーザーは後から集められると考え、先に海外の日本語学習者を集めようと、SNS上の日本語学習や漫画のコミュニティサイトを探し、片っ端からサービスについて書き込みました。あとはブログで日本文化を英語で紹介しているブロガーに、よければこのサービスを紹介してくださいと、メールを送ったり。立ち上げ当初はお金もなかったので人力で地道に広げていき、起業から2年経ってそろそろ日本人ユーザーを増やす時期だと判断してビジネスコンテストに応募。そこで入賞してメディアやブロガーに紹介され、ユーザーが一気に増えました。
ただサービスは順調な一方で、開発に関わった同級生エンジニアとケンカ別れすることに。すでにユーザーが数十万人いて、サーバーがいつパンクするかわからないような状況でしたが、プログラミングができない私はエンジニアとのコミュニケーションに疲れてしまっていました。でも、「勉強は得意だ」と自分に言い聞かせてプログラミングの勉強を始め、1年でサーバーを維持、2年で開発できるまでに。どうせ一人になったのだから今しかできないことをと思って、半年間、フィリピンに語学留学したり、2年目には会社組織について学ぶために知人の会社でインターンを経験しました。
サービスを始めて、印象に残っていることは?
中国から帰国後に上海で反日デモが起きたのですが、日本語を勉強しているユーザーはやはり親日派で、そういった人の投稿で「デモに参加
するのはごく一部の人たちで、ほとんどの人は関わりなく過ごしている」と知ることができました。
また、「出会い」目的のユーザーは厳しく削除していたのですが、真面目に母語を半年間教え合い、その後、国際結婚に至ったケースを何組か知っています。ユーザー同士で結婚してお子さんもいる方と、フィリピン留学中に偶然出会い、感動しました。
レシートに書かれている言葉の意味を知りたい。それを聞けるアプリ。
時代がPCからスマホへと移行するなか、スマホのアプリで使える新たな語学学習サービス「HiNative」はどう開発され、ユーザーにどんな影響を与えているのでしょうか?
私自身も留学後に高いモチベーションを維持し続けるのは大変で、だんだんと外国語で文章を書かなくなっていきました。どちらかというと、ピンポイントで聞きたいことが多くなってきたので、スマホで気軽に使えて外国語に関する疑問がサッと解決される、そんなプラットフォームが必要だと思い、開発しました。
Twitterが広まって、小さな事柄でも可視化されるようになったように、「HiNative」でも今までモヤモヤしていたけれど、調べるのが面倒だったことが、表面化してくるのが興味深いですね。例えば、日本で買い物をした外国人が商品を返品したい時、その方法が書かれたレシートを撮影してアップして、意味を尋ねるケースもありました。誰に聞けばいいのかわからない、という場合でも、「HiNative」のユーザーが回答することで問題を解決できるのです。現代なら自動翻訳でレシートに書かれていることを翻訳することもできるのですが、端的に返品できるかどうかを教えてくれる回答のほうがわかりやすいし、日本の文化として、どういう返品の仕方をすればいいのかなど、その国の生活に則した回答が得られるのです。
機械による自動翻訳では出せない、人のぬくもりがそこに入るのですね。
はい。文化・習慣などのバックグラウンドを知っているほうがコミュニケーションは当然スムーズにとれます。「『お疲れ様』は、なんと言いますか?」という質問に対して、自動翻訳で直訳もできますが、シチュエーションによってはそんな表現をしないこともあります。人と人とが教え合うので、文化的背景も含めたことが学び合えるのです。
またネット上では、外国の批判を書き込んだりすることもありますが、「Lang-8」の時から「そういうことはよそでやってください」とできるだけ排除していきました。その結果、我々のサービスでは「親切」なコミュニティがグローバルでできています。そして、ほかのサービスと異なるのは、母語やその国の常識などそれぞれにとっての当たり前を伝えるだけのことが、外国の人にとっては価値があるということ。誰にもできることで相手に喜んでもらえるのがうれしいと、全体の質問数よりも回答数のほうが上回るほどです。語学に関する問題解決が中心ではありますが、副次的に海外の人との相互理解が深まるという人もいます。
オーバーな言い方をすると、世界平和につながるのではないかと思っています。
今後はどのような未来を描いているのでしょうか?
中長期的には、ユーザー数や質問・回答数を増やすなどサービスの規模を大きくしながら、回答の信頼性を上げるなど質を高めていけたらと考えています。「HiNative」で質問・回答が増えることでコンテンツが充実し、そのものがみんなの資産になっていきます。これまで主流だった英語に関するコンテンツだけでなく、さまざまな言語や文化を全世界に広げていけるN対N(多対多)の世界をここで現実のものにしたいです。外国語や海外のことに関する疑問を解決するのに、世界中で頼ってもらえるプラットフォームにしていきたいです。