『ライツ社』が照らす、出版業界のこれから。

特集 | 未来をつくる本 | 『ライツ社』が照らす、出版業界のこれから。

 現在社員は5人、年間の出版点数はおよそ6冊。兵庫県明石市に本拠を置く創業5年目の出版社『ライツ社』は、自分たちが熱狂したものをより多くの人に届けるために、ていねいに編集をし、営業を重ね、全力で広報をしている。時代に寄り添い、出版業界全体を盛り上げたいという彼らの思いの先にあるものとは。


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明石海峡大橋をバックに話す、高野さん(右)と大塚さん(左)。

 ジャンルでいうと、旅、ビジネス、レシピ、文芸、写真集とバラエティに富んだ本を手掛けながらも、年間の出版点数は平均6冊とかなり少なめ。にもかかわらず、『ライツ社』は2016年に兵庫県明石市で設立して以来、『毎日読みたい 365日の広告コピー』、『全196ヵ国 おうちで作れる世界のレシピ』、『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』、『リュウジ式悪魔のレシピ』など重版を続けるベストセラー本を送り出してきた。


 企画する本の基準はただひとつ。「社名に込めた『『write』『right』『light』─書く力で、まっすぐに、照らす─という思いに沿っているかどうか。そしてたとえおもしろくても、誰かを傷つける可能性があるものは企画しません。僕らは『本の未来』なんて考えたことはないけれど、その思いだけを胸にただがむしゃらに走ってきました」と言うのは、代表取締役社長で編集長の大塚啓志郎さん。さらに代表取締役社長で営業責任者の高野翔さんは、「僕自身が10代の頃、本に救われた原体験をもっているので、自分が熱狂できるもので、読んだ誰かが救われるような企画を本にしたいです」と言う。とはいえ、「いい本さえ出せば、売れなくていいとはまったく思ってなくて、本はある程度売れないと必要な人のもとへ届かない」とも言い切る。


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出版業界の今が雷雨のような状況であっても、「書く力で、まっすぐに、照らす」という気持ちを掲げて、挑戦し続ける姿勢で『ライツ社』は始まった。

 元来、出版社の役割は届けたい声を最大化すること。そのために、企画や編集、営業、広報など、多方面からアプローチし、より多くの人へ届くためのさまざまな仕掛けを仕込んでいる。その中でも『ライツ社』からは、話の端々に絶対に売るんだという強い覚悟が感じられる。


個人的な「好き」をジャンルの「ド真ん中」へ。


 本をつくるにあたって、企画書は作成せず、会議もしない。企画出しは、社員5人のグループLINEでのみ。「企画書って情報を盛れる。あれやこれやと加筆するとどんなアイデアでもよく見えるから、LINEでシンプルに企画を挙げるのが今は最適だと思っているんです。自分がおもしろいと思った言葉や記事をぽーんと送る。少ない情報量でも、みんながおもしろいと反応したらスピード感を持って行動。シンプルであればあるほど、営業に行ったとき書店員さんにも一言で伝わるし、読者にも本のおもしろさが一目で伝わる企画になっているはずだから」と大塚さん。


 たとえ企画がニッチなものだったとしても、より多くの人が手に取れる大ジャンルへ入れる工夫も欠かさない。「僕自身、広告コピーにめちゃくちゃ励まされたことがあったので本にしたかった。でも、そのままただ好きなコピーを並べた本をつくっても、同ジャンルの本に埋もれ、本屋さんの棚の奥のほうにしか置かれない。だったら365日分コピーを載せて、毎日読めるようにしようと。すると、今日の日付、自分や家族の誕生日、記念日のコピーを読むことをきっかけに、手に取る人が増えますよね」。『毎日読みたい365日の広告コピー』は大塚さんのこうした考えでつくられた。


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『ライツ社』から出版された本の一部。今年8月『毎日読みたい365日の広告コピー』は14刷が決定した。

 営業的な視点でも企画は進化する。「世界のレシピの本はたくさんあるから、そのままだとそれほど売れずに初版の4000部で終わってしまう。でも日本が国として認めている196か国すべてが載っていたら、『この本しかない』という理由が生まれる。すると、書店員さんは、数あるレシピ本の中からこの本を表に出して棚に置いてくれるんです」と高野さんは話す。また、『この世界で死ぬまでにしたいこと2000』は、旅の目的地が2000もある「ガイド本の王道」にしたからこそ、この本を中心に置き、その周りにそのほかのガイドブックが並べられることも多いという。「大切なのは、そのジャンルの真ん中に置けるものかどうか。企画当初からそのことは意識しています」。


書き手の声を最大化するための体制づくり。


 年間の出版点数を絞り込んでいるからこそ、できることもたくさんある。「1か月で10冊本を出している出版社は、書店員さんの時間を10分いただいても、1冊1分しか話せない。その点、ぼくは1冊について10分間話せるから、書店員さんとどんな売り方をするか、この店には何冊置けるかの適正数を提案できるんです。その提案がそのまま売り上げに直結しています」と高野さん。


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書店員たちとの信頼関係が築けていることで、しばしば行われる『ライツ社』の本の特大フェア。

「一冊一冊を大切にするってどういうことかというと、ちゃんと書店で売れる本をつくること」という大塚さんは、入稿が終わると発売までの1か月間は広報に集中する。自らがラジオやテレビにも出るし、Webメディアで取り上げてもらえるよう働きかける。たとえば世界のレシピの本なら、似たテーマを扱っている記事を検索して、執筆したライターを探し当て、「こんな本が出ます、取り上げてください」という連絡を地道にひとつひとつやっていくのだ。「出版業界は不況といわれることもあるけど、やるべきことをしっかりと行い、こうすればちゃんと売れるんだよということを、出版点数を少なくすることで実現しています」と大塚さん。


 実はこの『全196ヵ国 おうちで作れる世界のレシピ』は、コロナ禍以降、3回も重版して、現在4万部に達している。きっかけはある書店員の「コロナでどこにも出かけられないから、ガイドブックの横に世界のレシピを置いたらめちゃ売れた」というツイートを大塚さんがキャッチしたことから。その需要を確かめるための仕掛けとして、『世界のレシピ』の中身をWeb上で全文公開してみた。すると瞬く間に約3万リツイートを超え、テレビや新聞、さまざまなメディアに取り上げられた。


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営業事務・吉澤さん作成の手書きポップ。

業界全体を盛り上げて本に関わる人を増やす。


 また自社での出版だけでなく、2017年から文章や写真、音声などを投稿することができる、メディアプラットフォーム「note」で出版と本にまつわる「今」を発信することにも力を入れ、現在フォロワーは6万人を超えた。「『ライツ社』ができて4年経つのに、『次の人』があまり増えていない。業界紙だけでなくクリエイターたちが読んでいる『note』で業界のことを発信することで、出版業界っておもしろい場所なんだって伝えたい。そして、本に関わりたいという人が一人でも増えてくれれば」と高野さん。


 大塚さんも続ける。「本当にたくさんの方が『ライツ社』に連絡をくれます。小説を一緒につくりたいと声をかけてくれた書店や、一緒に出版事業を立ち上げたいと申し出てくれたIT企業、ほかにも、本屋さんを始めたい、イベントをしたいなど……。僕たちは本の未来なんて大それたことは言えないけど、周りの方が『ライツ社』の中に何か未来を見てくれているんだったらうれしいですね」。 本は、今までもこれからも未来に残り続ける唯一無二のメディア。体温が感じられて、温かさがある。浸透力はゆっくりだが、まっすぐ、正しさとともに、未来を照らす。

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