東京から新潟県に移住して17年。新しい旅の形を提案し続ける岩佐十良さんが、これからの旅のテーマとして捉える「生活観光」とはどういうものか? 岩佐さんがリスペクトする著者たちの生き方や、地域の見方から読み解いてみたい。
岩佐十良さんが選んだ、地域を編集する本5冊
ピンチョスをつまみ、一杯飲んで、また次の店でピンチョスを食べと、バルを何軒も飲み歩くバルホッピング。そんなスペインの食文化を知ってもらおうと、北海道函館市にあるスペイン料理店『レストラン・バスク』オーナーシェフの深谷宏治さんが2004年に一夜限りで行ったイベントが「バル街」でした。以来、全国の数百のまちで行われる人気イベントとなっていますが、その発信源である深谷さんが書いた本が『料理人にできること』です。
深谷さんは、スペインのサンセバスチャンで料理修業を行いました。今でこそ「美食のまち」として世界に知られていますが、当時はそんな形容詞はまだありません。サンセバスチャンの料理人たちは、地方語であるバスク語の使用が禁じられていたフランコ独裁政権下でも、言語が禁止ならと伝統的なバスク料理を守った気概のある人たちでした。そんな彼らから深谷さんは、「料理人が社会に何ができるか」を学びました。例えば、シェアする文化。料理人たちは食材をシェアし、レシピをシェアし、さらにはミシュランガイドの星の取り方もシェアしてみんなで星を取り、サンセバスチャンを食のまちとして盛り上げたのです。
函館に戻って開業した深谷さんは、飲み歩くお客を近隣の店同士でシェアするようなバルホッピングを実施し、地域の名物イベントに。各地から訪れる視察に「バル街」のノウハウを惜しみなく伝え、「バル街」の名称の使用も自由にしてバル文化を全国に広めました。函館の「バル街」は32回も続けられ、ツーリズムとしても人気です。
私が暮らす新潟県の南魚沼に隣接する越後妻有地域(十日町市と津南町)で3年に1度開催されている「大地の芸術祭」も、今年で8回目を迎えます。総合ディレクターの北川フラムさんは、棚田や空き家、食べ物、そして人という地域資源が、展示されるアート作品によって発掘されることが重要だとおっしゃっています。初開催後から数回はアート好きの人たちに注目されていましたが、今ではアートとは縁遠い近所のおばあちゃんでさえ開催を自慢しています。継続してきたからこそ地域が変化したのでしょう。
北川さんは「生活芸術」の価値を大切にされておられますが、私はこれからのツーリズムは「生活観光」に集約すると考えています。日常生活やまちのあり方を見つめ直し、人間の本質を探る旅。生活に根差したものを通して地域や人にふれる旅を楽しんでほしいです。
▶ クリエイティブ・ディレクター/『自遊人』代表取締役|岩佐十良さんの選書 1〜2
▶ クリエイティブ・ディレクター/『自遊人』代表取締役|岩佐十良さんの選書 3〜5