秋田県・五城目町には、ユニークな遊び場がある。みんなのアイディアを持ち寄ってできたその場所には、本気で遊んだことで得られる本物の学びと、まちとの関わり合いを増やす豊かさがあった。
気づいたら、子どもたちが町にいない。
思いっきり遊んだのはいつのことだろう……。大人も子どもも忙しない日常を送るなかで、“あそび”が少し遠い存在になっている。秋田県・五城目町には、遊びの楽しさを思い出したり、遊びの可能性を広げたりする『ただのあそび場』がある。商店街のなかにある小さな施設だが、遊び心が満載! ボルダリングができる「あそび人以外登れない壁」や、木を打ち付けても色を塗ってもOKな「やりたい放題ウォール」など、ネーミングにも遊び心がある。
この施設を造ることを思い付いたのは、新しい学びのクリエイティブ集団『ハバタク』代表の丑田俊輔さん。2014年に東京から同町に家族で移住し、廃校活用オフィス『BABAME BASE』を拠点に活動している。「子どもが小学校に通い始めてから、まちや野山に子どもたちの姿があまり見えないことに気づきました」と丑田さんは話す。遠方の子どもはスクールバスで登下校しているため、寄り道する機会が少なくなっている。車社会になってからは子どもだけで外にいる状況は危ないと思われるようになり、友人の家で遊ぶにしても親の送り迎えが必要になってしまった。ネット社会が加速して、一人でも遊べる状況を生み出しているのも一因にある。日常生活の動線のなかに夢中で遊べる環境があったら、と丑田さんは強く思い始めたのだった。
寄せ集めでできた、「みんなの遊び場」。
同町には、500年以上前から続く朝市がある。ここでの変化も丑田さんに影響を与えた。出店者の高齢化に伴って年々規模が縮小していたが、商店街の女性たち、『BABAME BASE』の入居者、地域おこし協力隊などが協力して15年から「ごじょうめ朝市plus+」をスタート。朝市開催日の日曜日、既存の出店者の間に焙煎したコーヒーのスタンドや、小物やアクセサリーを販売する店を出すようになって、数千人が集まる市に生まれ変わった。この流れも相まって自分で何かをやりたい人が集まり出し、ギャラリー、絵本屋、カフェなどの“小商い”が始まって、丑田さんは歩いて楽しめるまちに魅力を感じ始めていたのだった。
自身の会社でも“学びを手放した学び”を研究して、没頭して遊ぶなかで生まれる学びがあると実感していたため、まちの日常に余白のある自由空間をそっと置いてみたい、という気持ちを強めた。遊びが地下水のように流れているまちは、自然と学びの土壌が育まれ、変化していくという予感もあった。
自身の子どもが小学生になった17年の秋ごろ、丑田さんは『ただのあそび場』のコンセプトを練り、朝市通りで使われていない遊休不動産を文字どおり遊ばせてくれるオーナーを探し始めた。そして、20年以上空いていたスペースが借りられることになり、さらには、同町の出身でカフェを起業したい女性も参加して同じ建物内で空間を複合的に使うことが決まった。
地域のお父さん、お母さん、子どもたち約60人が集まって物件の掃除からスタート。天井が老朽化していたので壊してむき出しにしたり、2階まではボルダリングで登れるようにホールドと呼ばれる突起物を壁に付けたりと作業が進んでいった。「コンセプトは書きましたが、設計図は描いていないんです。集まった人で話し合いながら、アイディアを寄せ集めて造りました。つまり、ブリコラージュですね。企業が提供する場ではなく、“コモンズ”としてまちに開いていく場にしたかったからこそ、持ち寄って造ることを大事にしました」。
コモンズを持つことが、暮らしを豊かにする。
2階は、誰もがフラットな関係になれる「ラーニングちゃぶ台」や、工作などに必要な道具や本が置かれた多目的スペースになっている。ボルダリングで登るのはさすがに大変なのでハシゴを付けたり、地域で鉄工所を営む人が雲梯をつくってくれたりもした。自由な発想ではあるが安全性は大丈夫かという不安も。実際のところはどうか。「ボルダリングの壁の下はメーカー規定のマットを敷こうとか、誰かが横目で見ていられるといいよねとか、話し合いながら進めてきました。入場料をとって営業する遊び場ではないということもありますが、ここは民間が勝手に屋内公園を造ったようなもの。公園で転んでもみんなで助け合おうという感じです」。3年経ってもまだまだ怪しげな場所ではあるとのことだが、「みんなが賛成する場所にするのは難しいですよね」と、丑田さんはゆるく構えている。
『ただのあそび場』ができると、学校が終わった子どもたちがここに駆け込んでくるようになった(現在は新型コロナウイルスの影響で予約制)。『BABAME BASE』に外国人が訪ねてくると、外国の遊びを教えてもらうお礼に子どもが町内を案内する場面も見られるように。子どもがまちで遊ぶようになって、車との事故を心配する声も上がったが、飛び出し坊やの看板を自作して注意喚起をしたり、上級生が飛び出し禁止のルールをつくって下級生の面倒を見たりと、みんなで知恵を絞って課題を解決していくようになっていった。
“コモンズ”としての『ただのあそび場』は、所得に関係がなく誰でも遊べる、無料を意味する“ただ”と、子どもも大人も遊べる素の空間という意味での“ただ”を掛け合わせて付けられた。この名前どおり、「あったらいいな」を持ち寄りながら純粋に遊べる場になっている。短期的な稼ぎや集客に気をもまず、空間もルールも変化しながら、自然体で運営できている。
今年1月、地域に開放される場所として図書室や学童保育、公園なども併設した新しい小学校ができた。学校の場所が変わり、以前は『ただのあそび場』の前を通学していた子どもたちの生活動線も変化してきたそう。「この学校の地域開放エリアは、地域の多世代が遊び、学び合う場へと育っていきそうでとても楽しみです。環境が変化するなかで『ただのあそび場』がどう使われていくかは、のんびり考えていきたい」と丑田さん。
世間体や評価から離れて本気で遊ぶと、自然と新しい何かが生まれる。そして、みんなでつくる領域にマッチしているのもこの遊びだ。この“コモンズ”を持っていることが、今の時代をよりよく生きる一つの解ではないかと丑田さんは思っている。