「コロナ後の道標になるような椅子をつくりたい」。隈 研吾さんがサテライトオフィスを開設予定。
閉じた箱から出ること、都市から出て自然に近づくことが、コロナ後の世界のテーマになる――。
建築家の隈研吾さんが北海道・東川町と連携し、今年から始めた「『隈 研吾×東川町』KAGU デザインコンペ」に寄せたメッセージです。47都道府県の木を使った新しい『国立競技場』を設計し、東京のほか、パリや北京、上海にも事務所を構え、世界で活躍する隈さんですが、来年4月、東川町にサテライトオフィスを開設する予定です。
隈さんは同町の木工事業所と連携した椅子の製作プロジェクトにも参画しています。それに対しては「コロナ後の道標になるような椅子をつくりたい」と話しています。隈さんが今、注目する東川町。いったいどんな町なのでしょうか。
東川町は今年、4月14日を「椅子の日」として制定し、その宣言のための記念セレモニーを同日、町内の『東川町複合交流施設せんとぴゅあⅡ』で行いました。コロナ後の時代を見据え、新しい暮らし方、働き方のヒントをもらえそうな東川町を訪ねてみました。
北海道のまん中にある、天然水で暮らし、農作物を育てる町。
北海道のまん中・旭川空港(これ、旭川空港の正式な愛称です)からクルマで約10分、まさに北海道のほぼまん中にあるのが東川町です。
旭川市に隣接する広大な盆地に町の中心があり、米づくりが盛ん。町の東部は山岳地帯で、北海道の最高峰・旭岳(2291メートル)があり、その一帯は大雪山国立公園に指定されています。大雪山の雪解け水による地下水が豊富なため、町には上水道がありません。町の人たちはその地下の天然水を生活用水に使い、農作物を育てるのにも使っています。
また、移住者が多く、人口が増加していることでも知られる町です。1990年代に7000人を切った人口が、今では8400人を超え、町には個性豊かなカフェや飲食店、クラフトショップなどが数多くあります。
椅子に感謝をする日に
今回制定された「椅子の日」は、4(よい)月14(いす)日の語呂合わせからきています。
もともと東川町は旭川家具の主要な産地で、多くの家具職人が集う町。旭川家具の約3割がこの町で作られています。また、町で生まれた子どもには、町内の職人が手作りした木製の「君の椅子」が贈られます。中学校入学時にも名前入りの椅子が渡され、卒業時にはその椅子がもらえます。
町長の松岡市郎さんは「椅子の日」記念セレモニーのなかで、「家具や椅子は生活になくてはならないもの。誰もがお世話になっている椅子について考え、感謝する日にしていきたい」と話しました。
コロナは時代の折り返し点。これからは集中から“分散”へ。
また、セレモニーに出席した隈さんは「コロナで、これから世の中は変わっていきます。今は時代の“転換点”ではなく、“折り返し点”だと考えています。人類の長い歴史の中で、効率だけを追求する“集中”が進み、その極みが都市化でした。ただ、そのキャパシティはとっくに超えていました。これからは“分散”の時代になっていきます。その分散の時代に、自然が豊かで、かつ、町の中心部には歩ける範囲にいろいろな施設がある東川は本当におもしろい場所だと感じています」と指摘しました。
さらに、隈さんが審査委員長を務める「『隈 研吾×東川町』KAGU デザインコンペ」では、36の国と地域から834件の応募があったことに触れ、「国・地域別で見ると日本に次いで応募が多かったのがロシアでした。多様性を感じ、興味深いことです。世界的に見て、大量生産から手づくりの時代へと舵が切られた今、地方が世界から注目される拠点になりえることを示しています」と話しました。
このコンペは国内外を問わず、30歳以下の学生を対象に行われ、初年度である今年のテーマは「木の椅子のデザイン」です。募集は締め切られており、6月26日に公開審査会が行われ、最優秀賞などが決まります。
「人間と環境をつなぐ装置としての家具が、今まで以上に注目されることになります。東川から、世界に家具の新しいあり方を発信したい」と、隈さんはコンペの作品に期待を寄せています。
5月5日まで、世界の名作椅子が見られる「織田コレクション展」などを開催中。
今回の「椅子の日」制定を記念して、「隈研吾×町内家具事業所の椅子・椅子の日関連展示」が『せんとぴゅあⅡ』で、椅子研究家として知られる東海大学名誉教授・織田憲嗣さんのコレクションから、選び抜かれた名作椅子20点が展示される「織田コレクション展『世界の名作椅子ベスト20』」が『せんとぴゅあⅠ』で、それぞれ5月5日(水)まで開催中です。
また、『せんとぴゅあⅡ』内に、町のアンテナショップ『東川ミーツ せんとぴゅあⅡ店』がオープンしました。町内で製作された家具やクラフト、町関連の書籍などの展示・販売のほか、町内の木工事業所を紹介するコーナー「MAKERS TUNNEL(メーカーズ・トンネル)」があり、個性豊かな事業所の情報が得られます。
取材を終えて。
一連の取材を終え、『せんとぴゅあⅡ』の図書スペースに置かれている町内産の椅子に座り、東川町で感じたおもしろさを整理してみることにしました。
視線を上げると、窓際の席には東アジアと思われる外国の方が座っていました。東川町には日本で初、そして唯一の公立日本語学校が『東川町立東川日本語学校』あり、毎年約500人の外国人が日本語を学んでいるそうです。同校が入っている『せんとぴゅあⅠ』の1階には、誰でも自由に利用できるラウンジスペース「多文化共生室」があり、そこでは留学生と住民との交流イベントが盛んに行われています。
また、取材を兼ねて宿泊させてもらった『COMMONSひがしかわ』や『東川暮らし体験館』は、町がふるさと納税制度を活用して行っている「株主制度」の株主が泊まれる施設です(宿泊するためのふるさと納税額は、『COMMONSひがしかわ』が5万円/泊、『東川暮らし体験館』は3万円/泊)。町では寄付を「投資」、寄付者を「株主」と位置づけて、町との関係をより深めてもらおうとしています。
それぞれの施設には、東川町内の木工事業所が製作した家具が数多く置かれているほか、蛇口をひねれば東川の天然水がでてくるなど、町の「株主」として、町内の匠の技にふれ、木のぬくもりを感じ、飲水からも東川の自然の豊かさを体験することができます。
町の職員からは、「ありがたいことに国内外から注目されて移住者が増えていますが、むやみに増やすのではなく、過疎でも過密でもない『適疎』を町は目指しています」という話を聞きました。町で店を経営されている方や移住者との会話からも、自分が町の担い手の一員であるという自覚のようなものが感じられました。それが東川町で感じるおもしろさにつながっているのかもしれません。
『COMMONSひがしかわ』で過ごした一夜。木の床に直に座り、木のやさしさを存分に味わいながら、「100年かけて育った木で、100年使い続けられる家具を作っています」という家具職人さんの言葉を思い出しました。東川町のおもしろさは掘れば掘るほど出てきます。『COMMONSひがしかわ』の木のテーブルの上に置かれていた町の案内マップを持ち、もっと歩いてみたくなりました。