日本の初等教育の現場で、注目されているキーワードの一つである「イエナプラン教育」。2019年4月には、長野県・佐久穂町に同教育コンセプトを軸にした小学校が開校しました。そしてイエナプラン教育の本場こそ、ここオランダです。日本のイエナプラン教育の立役者・リヒテルズ直子さんの案内で、現地の学校を取材しました。
ドイツで起こり、オランダで広まったイエナプラン。
現在、オランダ国内で根づいているイエナプラン教育。もともとは、1920年代に、ドイツの教育者ペーター・ペーターゼンがイエナ大学の実験校で取り組んだ学校教育の考え方が基礎になっている。ただその後は、第二次世界大戦の混乱や、州ごとに異なる教育制度、またペーターゼン自身が比較的早くに亡くなってしまったこともあり、ドイツではほとんど広まらなかった。しかし、隣国オランダでは、1950年代にスース・フロイデンタールという教育者によって初めて持ち込まれてから、彼女の熱心な普及活動によって、徐々に国内にイエナプラン教育が広まっていくことに。1960年代半ば以降、イエナプラン教育の考え方は公教育制度にも影響を与えながら学校数は増加。現在、オランダでは200校を超えるまでになった。
オランダでイエナプラン教育が広まった理由──。それは、そのよさはもちろん、フロイデンタールをはじめとした志のある教育者の存在、そして時代の背景もあった。ベトナム戦争や急速な産業発展による環境汚染などを背景に、若者世代に旧・秩序や旧・体制を批判する動きが起こる。それに同調するように、国が画一・一斉授業から、それぞれの子どもの発達を尊重した教育に向け、初等教育を模索・準備していたことも、イエナプラン教育がオランダで広まった背景にある。
オランダのイエナプラン教育とは。
イエナプラン教育は、まず、「それぞれの子どもの個性や発達を何よりも尊重し、その子らしく育てる」ことを大切にする。そのうえで、知識伝達型に「教える」のではなく、子ども自身の成長したい、学びたいという気持ちに寄り添い、「育む」姿勢を大事にする。
イエナプラン教育の現場で特徴的なものは、例えば異年齢の「グループ」。1クラスの中に異なる年齢の子どもたちが集まり、教えたり、教えられたり、といった立場を経験することで、自分以外の人の立場の理解を深める訓練となる。同じ年齢の子どもの中で比較されることも少なく、その子に合った成長がグループの中で尊重される。
また、「ブロックアワー」と呼ばれる個別指導と自立学習。子どもの学習進度に合わせ、グループリーダーの教員が導き、自立した学習をする。「サークル対話」は、輪をつくり、意見や感想を述べて共有する。これは子どもたちに現実社会への参加の仕方を教えるものだ。さらには「ワールドオリエンテーション」。一つのテーマを決め、科目を横断するように学習するもので、とりわけこれは、オランダのイエナプラン教育で確立されたものでもある。
模範校の元・校長先生に聞いた、イエナプラン教育。
アムステルダムから電車でおよそ1時間のベッドタウン、バーレンドレヒト市にあるイエナプランスクールの模範校『Dr. Schaepmanschool』に向かった。
出迎えてくれたのは同校長職を退職されたリーン・ファンデンヒューヴェルさん。イエナプランの教育者として40年以上関わってきたという彼は、もともとロッテルダムの伝統ある学校で校長職に就いていたが、1981年に新しい初等教育法ができたのをきっかけに、学校をイエナプラン教育校に変える取り組みを始めた。
「新しい教育法ができて、もっと多様性のある、いろんな子どもたちが交じったグループでの学びの場を設けるべきだと考えました。大きかったのはイエナプラン教育の理念の部分です。ペーターゼンが100年前にドイツで考えた、『人間の学校』という、人と人がうまくつき合っていくためにはどうすべきかを学ぶ場をつくる、というものです。学校は、勉強だけでなく、人との関わり方を学ぶ場所でもあります。それをイエナプラン教育では大切にしていたんです」
子どもの心の発達を第一に考え、育てる。
実際に教育現場では、どのように子どもに接していたのだろう。「将来に対する楽観性、みんなでやればたくさんのことができること、そしてお互いがお互いを必要としていることなどを重んじていました」。個人として認められ、楽観的な思考がデフォルトになり、自分以外の他者も尊重できるようになる。同じ共同体をつくる者同士という安心感の中で育まれた相互理解により、グループとして機能するようになる。
そして、リーンさんは次のようなことを意識して学びの機会を与えていたと話してくれた。「責任を自分で取ることを恐れないことや、協働の大切さを知る、世界で起こっていることに対して、常にクリティカルな視点を持つ、成長を続けたいという意志を持つ、そして自分のためだけでなく、世界に貢献できること。そういう人になってくれたらうれしいですね」。
今年7月にリーンさんのお別れ会があった。「そこで『人を信じること、失敗してもいいんだっていうことを学びながら、人として成長させてくれた校長先生だった』といううれしい言葉を、子どもや保護者、先生方からいただきました」。あらためて「信頼」という言葉の大切さを感じたと話す。「人を信頼し、人から信頼を受けることで、自分が考える『余白』をもらえて、それによって成長できることが大事だと思いました」。
『Dr. Schaepmanschool』で見つけたモノ
それぞれの子どものポートフォリオ。本人が自分で「よくできた」と思う作品を綴じ込む。子どもと保護者、グループリーダーで情報を共有する。
よりよいクラスにするためになにが必要かについて、児童が意見を出し合う。お互いの顔を見ること、一緒に作業をする、などが書かれていた。
課題などが書かれている計画表。課題の遂行を自分で計画するのも学びの一つ。QRコードを読み取ると進んだ子が学べる問題が表示される。
今するべきことをイラストで掲示。グループリーダーは大きな声で指示するのではなく、子どもが自ら気づき行動することを大切にする。
エナプラン教育における10の特徴
1:リビングルームとしての教室
教室をリビングルームとしてとらえ、担任であるグループリーダーとクラスの子どもたちが共に話し合いながら、教室の環境を整えていくことができる。
2:マルチエイジの根幹グループ
通常、3つの年齢のグループ(4〜6歳児、6〜9歳児、9〜12歳児)で構成。各3年間を同じグループで過ごし、年齢差による立場の違いを体験できる。
3:サークル対話
イエナプラン教育における教室での学習活動において、繰り返し行われるサークル対話。車座になり、話し合いや発表などに使用される。
4:ワールドオリエンテーション
理科・社会科の区別はなく、ワールドオリエンテーションという総合学習で、言語や算数や音楽・図工なども含み、科目横断的に学ぶ形態を用いる。
5:循環する活動・科目によらない時間割
科目ごとの時間割はつくらず、サークル対話−遊び−仕事(学習)−催し(行事や祝い)という4つの活動をリズミックに循環させ学びを深めていく。
6:静かな学びの場
自立学習では、静かに学ぶ環境を重視。サークル対話では、自発的かつ率直に発言し合えると同時に、人の言葉に静かに耳を傾けることを学ばせる。
7:ペダゴジカル・シチュエーション(子ども学的環境)
子どもの自発的な学びを促す環境づくりを目指す。生活の場としての快適な教室には、子どもの進度と適性に合わせ、多様な教材が常備されている。
8:真正性(オーセンティシティ)
絵や写真やデジタル化された情報ではなく、本物の自然や事物に触れる機会を大切にする。グループリーダーも一人の生きた人間として子どもと接する。
9:学校職員のチームワーク
学校活動はクラス単位ではなく、学校単位で行われることも多い。職員らは、学習計画を全員で話し合い、学校全体の企画としてつくり上げていく。
10:保護者との協力的な態度
子どもの教育は、学校と保護者との協力関係で行うもの、という考え方。保護者とのオープンな関係、学校活動を共に担う積極的な関わりも求める。
Information
日本イエナプラン教育協会
日本におけるイエナプラン教育の発展・普及を支援する団体。
教職員向けの研修やワークショップ、講演などを随時開催している。
www.japanjenaplan.org