宮本常一はマイクロツーリズムの救世主となるか?

宮本常一はマイクロツーリズムの救世主となるか?

コロナ禍で大きな変化を余儀なくされている観光業界。この頃は近隣地域を観光する「マイクロツーリズム」が推奨されているが、改めて、観光のあり方や地域らしさとは何かが問われている。ITを使ったリモート観光の挑戦など、新しい時代のエンタメが創造される期待も高まっている一方、改めて、人の心に響く地域の魅力を見出し、それを育てていく必要に迫られている。そこで、宮本民俗学が地域発見のヒントを与えてくれるかもしれないと考え、10代の彼が故郷の周防大島を離れる際に父に送られたという10の言葉を紹介したい。宮本が残した記録の根底には、この言葉の精神が流れているように感じられる。

徹底的に歩いた百姓生まれの民俗学者


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宮本常一(1907〜81)は、「歩く 見る 聞く」をモットーに日本の隅々を歩き、民衆の生活文化を記録した民俗学者である。時代は高度経済成長期。日本の土地の潜在的な可能性を探り出すのに、山口県の周防大島で百姓の子として生まれた彼の力を国は必要としていたのかもしれない。宮本は日本全国、津々浦々の地域を徹底的に調査してまわり、膨大な記録を残した。それだけでなく、土地の人の生活が豊かになる方法を探り、指導を行った。戦後日本の街と生活様式がめまぐるしく変わってゆく中で、彼の資料は、今や見ることができない原風景を永遠に留めている。ちなみに、日本に観光ブームが到来した頃、日本観光文化研究所を設立した彼は、観光のあり方についても数多くの発言を残している。



旅立ちの日に父から授けられた”十か条”とは?

徹底的な「観察」


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(1)汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。 駅へついたら人の乗りおりに注意せよ、そしてどういう服装 をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよく見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないところかよくわかる。


町を俯瞰して眺める


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(2)村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ、そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、 周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはかならずいって見ることだ。高いところでよく見ておいたら道にまようようなことはほとんどない。


地のものを食べ、とにかく歩く


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(3)金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。 
(4)時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。 いろいろのことを教えられる。 



可愛い子に旅をさせよ

親から子へのメッセージ


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十か条は、次のように続く。
(5)金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬように。
(6)私はおまえを思うように勉強させてやることができない。だからおまえには何も注文しない。すきなようにやってくれ。しかし身体は大切にせよ。 三十歳まではおまえを勘当したつもりでいる。しかし三十すぎたら親のあることを思い出せ。
(7)ただし病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい、親はいつでも待っている。
(8)これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ。
(9)自分でよいと思ったことはやってみよ、それで失敗したからといって、親は責めはしない。
(10)人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかり歩いていくことだ。



十か条から考えるこれからの”地域らしさ”

原初に立ち戻ること


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時代が変わり、交通手段が汽車から自動車に変わったり、高いところに登らなくとも詳細情報を得られたりということは当然あるけれど、何かに気を取られて見落としてしまっていることはないかと、ふと立ち止まらせてくれる言葉である。スポットを楽しむことが目的になり、点と点の間の風景や人の暮らしぶりに目をやることなく、通り過ぎてはいなかっただろうか。あるいは、誰かが取捨選択した情報に左右されていなかっただろうか。

自分の目で観察し、気づくことの大切さ。例えば宮本常一は、こんな言葉を残している。「自然は寂しい、しかし人の手が加わるとあたたかくなる、そのあたたかなものを求めて歩いてみよう」。手つかずの大自然の美しさもあるが、人の営みや人の意思が感じられる自然の風景にもまた愛情が湧くという、宮本自身の感性が反映されているように思える。自分の住んでいる街に、あたたかな気持ちは湧いてくるだろうか。知識と同時に想像力がどんなに大事であるかを思い知らされる。

移動が制限される今、わたしたちはどのようにして旅に学ぶことができるのだろうか。宮本民俗学は、社会で生き抜くためのサバイバル能力や、はたまた断捨離ブームやアウトドアブームにも通ずるものがあるかもしれない。ものにあふれる日常で、全てを手放し、体ひとつでいかに情報を集め、気づくことができるか。その感覚を呼び起こすのに、徹底的なフィールドワークに根ざした彼の著書を手にとってみてはどうだろうか。

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