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サスティナビリティ

15年ぶりに復活した六斎念仏が、過去と未来をつなぐ。

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 京都府には誰もが知る能や狂言のみならず、念仏狂言や六斎念仏など保存会や地域で伝承されてきた芸能があります。

 お盆に行われる六斎念仏は、コンチキチンと打ち鳴らす鉦を中心とした念仏おどりや狂言などが上演され、晩夏の風物詩となっています。

練習場所にもなった、御霊神社の能舞台での奉納。
練習場所にもなった、御霊神社の能舞台での奉納。

 多くのお祭りも中止となってしまった今年の困難な状況の中、廃絶していた地域の芸能を復活させようと動いていたのが、京都市西京区の『桂六斎念仏保存会』でした。中心となったのは呉服店『宮川徳三郎商店』の店主・宮川徳三郎さんと、『隆兵そば』の中村隆兵さん。呉服屋の息子でありながら船大工を目指してアメリカに渡り、帰国してお店を継いだ宮川さんと、「麦代餅」で有名な老舗和菓子店『中村軒』の息子でありながら修業してお蕎麦屋さんを始めた中村さんは、廃絶前の六斎念仏で小学生の頃から太鼓を叩いていたそう。

今回の復活劇の中心となった中村さん(左)と宮川さん(右)。

 練習が本格化する時期に緊急事態宣言が出て、一時は「どうなることか」と思ったそうですが、密を避けるために地元の御霊神社の能舞台で練習することになったり、店も開けられずに結果練習に集中できることになったり、いろいろな偶然がどんどんよいほうに働いて、今回の復活につながったようです

 『桂六斎念仏保存会』は今年ついに地蔵寺で供養として行われる上演「舞台回向」と六斎念仏のもう一つの柱である「棚経」を15年振りに復活させました。

 六斎念仏には踊り念仏の面を伝え宗教色を残す「念仏六斎」と、狂言や舞踊などが入り込んで芸能化した「芸能六斎」とがあり、桂エリアはどちらかというと後者の、曲打ちを得意とする名人芸で知られています。大正時代にはSP盤レコードも発売されるほどでしたが、その一方で家々を回りお盆に帰ってきた「お精霊さん」への供養として上演される「棚経」も残されていて、桂エリアの六斎念仏はこの両面を残した貴重なものでもあったのです

 保存会会長の宮川さんは、以前から自分の店舗でさまざまなジャンルの伝統工芸やものづくりに携わる若者を横につなぐイベント「ツナガリナイト」を開催していました。そんな宮川さんが地域の若手や子どもたちを集めて六斎念仏を復活させようとしているのをみるうち、その姿が過去と未来をもつないでいこうとしているように見えてきたといいます。

お盆に帰ってきた「お精霊さん」への供養である棚経。宮川さんの笛に合わせて子どもたちがご先祖さまに太鼓を叩く。
お盆に帰ってきた「お精霊さん」への供養である棚経。宮川さんの笛に合わせて子どもたちがご先祖さまに太鼓を叩く。

 中世の疫病鎮めや念仏踊りが源流とも言われる六斎念仏。「棚経」は二手に分かれて地域を回るので、歩くとあちらこちらからその音が聞こえてきます。妙に静かな今年の京都市中心街に比して、西京区の桂エリアではコンチキチンの鉦の音と太鼓と笛が地域に鳴り響き、この音がまた新たな夏の風物詩になってゆくのだなあと感じさせるのでした。

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