鳥取県・智頭町で自伐型林業家として活躍する『皐月屋』の大谷訓大さんに、自伐型林業とはどんな林業か、林業家としてどのように地域と関わるか、林業初心者がどうすれば自伐型林業家になれるかなど、山を、地域を、そして自分を変えていくための働き方を教わりました。
残す木を先に選ぶ。それが、自伐型林業。
奈良の吉野杉、京都の北山杉と並ぶ智頭杉の産地として全国的に知られる鳥取県・智頭町。400年以上の歴史を持つスギのまちで、自伐型林業を行っているのが『皐月屋』代表の大谷訓大さんだ。ひげを蓄え、キャップをかぶり、作業現場へ向かう4WDの車内にはヒップホップが流れている。聞けば、「若い頃、そっち系のミュージシャンになるのが夢だったから」と、はにかむ大谷さん。都会から故郷の智頭町に戻り、自伐型林業を始めて10年になる。
自伐型林業とはどんな林業なのか。揺れる山道でハンドルを切りながら大谷さんは教えてくれた。「山主が自分の山の木を自分で伐採し、原木市場に出荷して収入を得る林業です」。大谷さんも曾祖父の代から家が所有する40ヘクタールの山でスギやヒノキを育て、伐採し、市場に出荷する自伐型林業家だ。「ただ、それだけでは収入が足りないので、他の山主から山の手入れや伐採を請け負い、原木市場に出荷し、2〜3割を仕入れ代金として山主に返しています」。自伐型林業としていちばん大事なのは、「山を育てることに重きを置いていること」と大谷さんは言う。「広い範囲を一気に皆伐して多額の収入を得るような、いわゆる”伐採業“の対極にあるのが自伐型林業です。”伐採業“は売り上げが優先しますから、切り倒す木から選びますが、僕ら自伐型林業家は残す木から選びます。姿のいい木を残し、100年先まで育てようと決め、その木の周りを間伐します。その間伐材を原木市場に出し、換金するのです」。
山は山主の資産であり、その資産を増やすのが『皐月屋』の仕事だ。かなり前、大谷さんの叔母が結婚するとき、祖父が裏山から数十本のヒノキを切り、叔母の嫁入り道具を揃えたそうだ。「そんなふうに、増やしてきた資産を家族の大事な日のために使うことも山主のステイタスなのです」と大谷さんは言う。
さらに、「切った木を搬出するための作業道の幅も重要」と、大谷さんは自伐型林業の特徴を話す。「小規模な機械で伐採、搬出すると作業道も小さくてすみますが、大規模な皆伐を行うと機械も大きくなり、幅の広い作業道が必要になります。ただ、大きな道は山に与えるダメージも大きく、土砂崩れのリスクも高まります。それに対して自伐型林業では、作業道はできるだけ小さくし、何世代も先まで永続的に木の恵みを享受できるよう、山の生命力を高めながら伐採するようにしています」。
一方で、日本の林業は手厚い補助制度に守られているとも言われている。間伐や搬出、下草刈り、植林、高額機械の導入など、さまざまな作業に国や県からの補助金が充てられるため、売り上げの多くを補助金が占める事業体もある。『皐月屋』でさえ収入の半分ほどが補助金で賄われている。大きな作業道をつけて一帯を皆伐する”伐採業“が勢いを増すのも、多額の補助金が宛てがわれるからで、そこは日本の林業の課題でもある。
現場に着いた大谷さんは車を降り、山を見渡した。間伐された森には木漏れ日が差し込み、深呼吸したくなるほどきれいだ。「自伐は美学。庭師が作庭するイメージで、こだわりをもって山をデザインしています」と大谷さん。「ただ、こだわればこだわるほど手間がかかって稼げなくなるのですが」と冗談っぽく笑う。そんな『皐月屋』の自伐型林業へのこだわりや、山との向き合い方に共感を示す山主も智頭町には増えてきている。
自伐型林業+複業で、地域との関わりを生む。
曾祖父の時代に山を買い、山主となった大谷家だが、代々林業家だったわけではない。山に投資し、管理や伐採は森林組合や事業体に委託していた。したがって、2010年に『皐月屋』を設立した大谷さんは、自伐型林業家としては創業者となる。そんな大谷さん曰く、「山は山主のものですが、同時に公共の財産でもあります」と。「6ヘクタールほどあるうちの裏山は、五月田という地域の水源の山でもあり、田んぼの水や、以前は飲み水としても使われていました。そういう山をきちんと管理するのは山主の役割でもあり、それによって地域の人たちも安心感が得られます」と話す。
そうした地域との関わりや生活の安心感を生むという効果も考えて、『皐月屋』は林業以外にも小さな事業にチャレンジしている。1つは、ビールの原料となるホップ栽培だ。「去年、初めて1キロほど収穫できて、『タルマーリー』さんに卸し、500リットルのクラフトビールを仕込んでもらいました。そのうちの50リットルぐらいを僕らが飲んでしまいましたが」と大谷さんは笑顔で話す。『タルマーリー』は野生酵母でつくるパンとクラフトビールが人気のカフェ。共同経営者の渡邉格さん・麻里子さん夫妻が智頭町に移転し、店舗をリノベーションしているときに知り合ったそうだ。「『タルマーリー』さんには、タンコロ薪も卸しています」と大谷さん。タンコロとは、間伐したスギやヒノキの根元のことで、普通は山で切り捨てられるが、大谷さんはもったいないからと「智頭ノ森ノタンコロ薪」として販売している。「地域内で循環できるものは循環させたいので。ものやお金が循環すると同時に、人との関わりも循環する。それによって、地域で暮らす安心感が醸されると思うのです」と話す大谷さん。『皐月屋』の二人の若手社員にも、地域との関わりを生む複業を勧めている。
入社4年目の小谷洋太さんは、前職が生花店販売員だったことから、山の花で花束をつくったり、まちに新しくできたイタリアン食堂&ゲストハウス『楽之』に生け花を飾ったり、盆や彼岸に供える草木を以前勤めていた生花店に卸したりもしている。「複業としてはまだ模索中です。山の花の魅力を知ってもらいたいという気持ちで行っています」と話す。2年目の加藤翼さんは本の虫だ。自分がセレクトした本棚「アカゲラブックス」を『楽之』に置かせてもらい、本の販売も行っている。「二人とも複業には至っていないかもしれませんが、自分の得意なことを披露したり、小商いしたりするコンテンツが地域にたくさん現れたら、きっと地域が楽しくなるはず」と大谷さんが言うと、店長の藤原昭信さんも、「『楽之』はそんな地域の表現の場としても使ってもらいたいし、外から来る人とそれをネタに交流してほしいです」と、自伐型林業プラス何かに挑戦する若い人の複業を応援する。
実際、自伐型林業を始めたいと智頭町にやってくる若い人たちは増えてきているようだ。ただ、自分の山を持たずに自伐型林業はできるのだろうか?
「できますよ。山主から管理を依頼されれば。僕らもそのかたちで仕事にしていますから」と大谷さんは言う。「ただ、来たばかりの若者に山を任せてくれる山主はいません。まず、地域に溶け込むことが先です。行事に参加し、地域の人から信頼を得られたら、山の話が舞い込むという流れでしょうね」。
大谷さんが代表を務める人材育成の団体『智頭ノ森ノ学ビ舎』では、自伐型の「林業塾」や、月に1回、町内外からゲストを呼んでディスカッションする「森林サロン」を開催している。そうしたコミュニティに参加するのも林業への入り口になりそうだ。智頭町では、山を持っていない自伐型林業家と山主をマッチングする「山林バンク」も、全国に先駆けて運営されている。自伐型林業に興味のある方は、智頭町で挑戦してみてはいかがだろう?