物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。今回はビーガン/グルテンフリー専門のお菓子屋「issue」を経営しながら、北海道の料理と暮らしをテーマにしたYouTubeチャンネルを配信している、株式会社TREASURE IN STOMACHのCEO・柴田愛里沙さんとの対談記事をお届けします。
北海道で挑戦したいことをプレゼンする「ほっとけないAWARD」で登壇
中屋 柴田さんとは、北海道で挑戦したい人と応援したい人をつなぐコミュニティ「ほっとけないどう」がきっかけで初めてお会いしましたね。
柴田 そうですね。私が挑戦したいことを「ほっとけないAWARD」(※北海道で新たなプロジェクトにチャレンジしたい「挑戦者」がプレゼンを行うイベント) で登壇したのはとても印象に残っています。
中屋 あれからもう1年が経ちますが、当時はまだ誰も「ほっとけないAWARD」がどんなものかもわからない中、1番最初にお声を掛けさせていただいたんですけど……そのときのことを覚えていますか?
柴田 すごく覚えていますよ。電話でオファーをもらって「面白そうなので出たいです」と言って登壇させていただきました。「ほっとけないAWARD」の場合は、投資家の人に向けた堅いプレゼンというより、本当にビールが好きな人や北海道が好きな人に向けたプレゼンなので、私にとっても初めての経験でした。
中屋 他にこういうプレゼンはないですよね(笑)。いわゆるコンペのように競い合うものではなくて、参加者が味方であることが前提というか。
柴田 他のプレゼンイベントでは、登壇者がライバルになることが多いですよね。でも「ほっとけないAWARD」は登壇者3名とも仲が良くて、お互いにアドバイスし合ったり、イベントが終わった後も「issue」に来てくれたりします。
中屋 最初に「ほっとけないどう」を作ったときに、挑戦する人を応援するという方向性を目指していたので、それが伝わっていったんだなと思ってすごく嬉しくなりました。
柴田 「ほっとけないAWARD」で登壇した挑戦者も、応援したいというマインドが育てられるので、自分の登壇が終わった後も他の挑戦者を応援しようと思えるんです。私のお店を知って、「頑張れ」と言ってくれる人が増えたのがとても嬉しいですね。
社会を考えるお菓子屋さんを始めた経緯
中屋 当時は、柴田さんが経営している、社会を考えるお菓子屋さん「issue」の取り組みについてプレゼンしてくれましたよね。
社会を考えるお菓子屋さんを始めようと思った経緯についてお伺いしたいです。
柴田 アレルギーを持っている人、肉・魚・卵・乳製品などの動物性食品を食べないビーガンの人たちでも安心して食べられるものを提供するにはどうしたらいいんだろうと考え、乳製品・卵・小麦・白砂糖不使用のお菓子を作ろうという結論に辿りつきました。
中屋 アレルギーを持っている人や、ビーガンのに人でも食べられるものを作ろうと考えたのは、何かきっかけがあったんですか?
柴田 私のおじいちゃんがドイツ人なんですけど、小さい頃からビーガンやムスリムの方が身近にいたんです。それに加えて私はアレルギー体質だったので、どうやったらこの症状が良くなるのかな、ということを食べ物からアプローチしていた時期がありました。
中屋 では原体験として、柴田さんが育った環境がその後の考え方、行動に影響していたんですね。
柴田 今はアレルギーを持っている人がすごく増えていて、学校や飲食店でも配慮がされているんですけど、私が学生だった頃は小麦が食べられないことが珍しかったんですよね。
乳・小麦・卵・白砂糖不使用にすることで、アレルギーを持っている方やビーガンの方でもお菓子を食べられるようになるし、かつ、お菓子を食べる体験を通して、自分とは違った価値観やライフスタイルを知るきっかけを作りたくてお店を始めました。
材料も低農薬のものを使用するなど、素材選びにはかなり気を遣っています。
今までの概念を覆す、科学の知識を生かして作るお菓子
中屋 以前、柴田さんにお話しを伺った際、科学的にアプローチして計算しながらお菓子を作るということを話していたと思うのですが、どういうきっかけでやってみようと思ったのか、実際どういう風に作っているのかお伺いしたいです。
柴田 大学生のときに物理学科で日々実験をしていたんですが、何か新しいものを作るときは、 計算したり仮定を立てたりしながら実験をするんです。そういう思考が働いていたので、当てずっぽうにお菓子を作っちゃいけないだろうと思っていました。
当時バイトをしていたケーキ屋さんでパウンドケーキを1個もらってきて、 タンパク質や炭水化物などがどれくらい入っているか、レシピを見ながら数値化していたんです。それを植物系の材料に置き換えて代用するにはどうしたらいいかを、考え実験しながらお菓子作りをしていました。
中屋 柴田さんの中でお菓子作りは実験という感覚なんですね(笑)。
柴田 今も商品開発のお仕事を実験として捉えています。実際に体を動かして作ることは少なくて、パソコンに向かって計算しながら、パターンA、パターンB、パターンCを作る感じです。
中屋 その話だけを聞くと、完全にお菓子を作っているとは思えない現場ですね。
柴田 そうですね(笑)。事前に仮定を立ててお菓子を作り、形が綺麗になりそうなものを残しています。そこからさらに調整を加えているので、レシピ開発は計算している時間の方が多いですね。
たとえば「この卵を使ってこういう形になっているお菓子は、この材料とこの物質を加えれば同じ卵としての機能を持たせられる」といった感じですね。
中屋 他のお菓子屋さんにはない新しい考え方ですよね。過去のお菓子を再現するようなこともいくつかされていましたよね?
柴田 実はミイラクッキーを作ったことがありまして。海外のニュースメディアを見ていたときに、ミイラの防腐剤のレシピが分かったという記事を見つけたのがきっかけです。
ミイラの防腐剤には、松脂(まつやに)や蜂蜜などが使われていたので美味しそうだなと思い、クッキーに置き換えて作ってみました。
中屋 まず海外のニュースメディアを見てて、ミイラの防腐剤のニュースに食いつくところや、お菓子作りに発想を置き換えるところがかなり面白いですね。
北海道の暮らしや食の魅力を動画で配信
中屋 僕が柴田さんと知り合ったのは、お菓子屋さんを出していろいろと新しい取り組みをしていた時期だと思いますが、今はさらに活動の幅が広がって、北海道の暮らしや食の魅力を動画で配信されているんですよね?
どういう経緯で動画を配信しようと思ったんですか?
柴田 お菓子を作っている中で実感したのが、北海道は良い原材料はいっぱいあるのに加工している工程をきちんと伝えられていなかったり、良いものを良いと伝えているものが少なかったりするということ。
北海道の魅力は、雪が溶けて質の高い土で育つ野菜や土壌そのものだと思うんですが、そういう背景をきちんと伝えられる内容でコンテンツ化し、マーケティングされているものが少ないんですよね。
そこで、北海道の料理や昔ながらの暮らし、伝統的なものづくりなどをテーマにした「愛里沙の北海道暮らし」というYouTubeチャンネルを作りました。本質的なコンテンツで北海道を好きになって欲しいと思い、始めた取り組みです。
中屋 僕も動画を見せてもらったときに、現代の生活ではなく、自然と暮らすことが当たり前だった時代を想像させるような、ほっこりとした気持ちになる新鮮なコンテンツだなと感じました。動画で表現している生活をどのように調べているのか、コンテンツ作りにおいてどこにこだわっているのかを聞いてみたいです。
柴田 私の実家がゆるめの自給自足をしている家だったので、昔から畑仕事をすることやニワトリが庭にいることが普通でした。だから、昔の暮らしや小さい頃の暮らしを思い出してそのままやっています。
コンテンツの中でこだわっているのは、食と自然というテーマ。なおかつ、オーガニックや自然のナチュラルな雰囲気を崩さないようにというのをすごく大切にしています。
中屋 研究して作ったのではなくて、柴田さん自身の暮らしや生活の様子を再現しているということですね。
柴田 そうですね。今でも暇さえあれば山に入って動画のような生活を過ごしています。
手間暇掛けた丁寧な暮らしを大切にする
中屋 通信環境が整備され、動画配信プラットフォームやSNSが身近な時代だからこそ、昔から続いている生活を伝えることに新鮮味や意義があるということですよね。
柴田 今の時代は、時間を掛けて何かを作ることや手の掛かったお料理を作ることはあまりしないじゃないですか。“いかに早く、効率的にできるか”みたいな世の中になっていますよね。
中屋 いかに合理的に短縮できるか。当時から考えると早送りみたいな生活環境ですもんね。
柴田 それはそれで良い側面もありますが、一方で、人間が求める本質的な癒しとか温もりって、手を掛けたり時間を掛けたりすることで生まれるものだと思うんですよね。だから、動画を見た人に癒しを届けるということを意識して作っています。
中屋 世界的な疫病の問題もあり、図らずして家の中でゆっくり暮らす状況もできてきましたよね。そんな今だからこそ、柴田さんの動画を見ることによって、都市部に住んでいても「ベランダで野菜や植物を育ててみたいな」などと思ってもらえそうですよね。
柴田 「これならちょっとできそう」と思ってもらえると嬉しいです。手間暇掛けて自分のお家に花を飾ったりご飯を作ったりすることが、心の栄養になると思うので。
配信している動画は、東京やバンコク、クアラルンプール、サンフランシスコなど、都市部の人に多く見られているという特徴もあるんですよ。
中屋 都市部で働き、暮らしながらも、どこか自分の中で今までの当たり前と感じていた生活環境に違和感を感じている人も多くいるということですよね。
特にコロナウイルスの感染が広まったことによって、世界中が共通の課題を持っている。家から出られなくなったという制限によって、「自分が本来大切にしていた暮らしってなんだっけ」とか、「働くってなんだろう」とか……これまで当たり前だった考えや生活が崩れたときに、それでも残るものは何かなと考えたくもなりますよね。
柴田 フランスの友達やドイツにいる親戚は、「家から出られなくなって、暮らしが豊かになった」と言っていました。お料理に時間を掛けたり、ものづくりをしたりするようになったみたいで、「あなたのYouTubeと同じことをやってるよ」と言われます。
中屋 映画やSF小説でしか見たことがない世界に今生きているじゃないですか。そんな中で、暮らしの本質というか、「安心して暮らせる環境があって、その上で働いたり、人との繋がりが生まれたりして、心が豊かになるんだ」という当たり前に享受していたことを動画を通して再確認してもらえたら良いですよね。
柴田 たとえば何かものづくりをしたり、レトルトを使うんじゃなくてイチからお料理をしたりと、暮らしに時間を掛けられたら心が整うと思います。
おいしい料理が作れたら、自分のことを少し好きになれるじゃないですか。そのお料理とか手作りしたものは、自分がいないとこの世には生まれなかったものなので、自信にも繋がります。そういう積み重ねが、心の病気とか体のちょっとした不調とかも、直してくれるんじゃないかなと思っています。
北海道を好きになってくれる人を増やすことで持続可能な未来を作っていきたい
中屋 今後は動画を配信することによって、どんなことを伝えていきたいですか?
柴田 北海道が大好きということも、この動画を配信している大きな理由のひとつなんです。だから、最終的にはこの動画を見た人に、北海道のことを大好きになってもらいたいなと思っています。
北海道が好きになると行きたくなりますよね。それが観光として集客に繋げられたり「こういう暮らしを北海道でしてみたい」、「ちょっと移住体験してみよう」、「鹿肉が美味しそうだからネットで買ってみよう」と思ってもらえたり、そういう実際の経済活動に結びつけていくことができたら良いなと。
中屋 僕も北海道の占冠村(しむかっぷむら)にいる羊飼いをしている方に会いに行ったとき、そのお宅に泊まらせてもらったんですけど、その地区に人口が4人しかいなくて。そのご夫婦ともう一夫婦だけ。本当に静かで、時間だけが丁寧に過ぎる感覚を味わえて、贅沢だなと思いました。
柴田 北海道の田舎はすごく贅沢ですよね。その良さをちゃんと届けたい。そして、北海道を好きになって住んでくれたり、物を購入してくれたりしてもらえたら良いなと思います。今後も北海道の魅力を動画で配信しながら、北海道と他の地域を繋げていくことが私のミッションだと思っています。
体験には何があった?
社会を考えるお菓子屋さんとして、北海道のビーガン/グルテンフリー専門のお菓子屋「issue」の経営をしている柴田さんには、身近にビーガンの人がいて、自分も昔からアレルギー体質を持っていたという原体験がありました。
その原体験を通して、アレルギーを持っている人、ビーガンの人たちでも食べられる、乳製品・卵・小麦・白砂糖不使用のお菓子を作ろうという結論に辿りついたのです。商品開発を実験として捉え、他のお菓子屋さんにはないアプローチで社会に訴えかけていく、柴田さんの想いに救われる人や共感する人は多いのではないでしょうか。
また、急速に変化する時代だからこそ、 手を掛けたり時間を掛けたりすることを大切にし、人間が求める本質的な癒しや温もりを届けようと、自分の大好きな故郷でもある北海道の料理や暮らしを動画で配信している柴田さんから受け取るメッセージは心に響くものがあるのではないかと感じました。
柴田さんのYouTubeチャンネル
「愛里沙の北海道暮らし」
文・木村紗奈江
※このインタビューはオンライン上で行われたものです。
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