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連載 | SOTOKOTOmtu人の森

人文地理学者・哲学者 オギュスタン・ベルク

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北海道で見た風景をきっかけに、「風土学」を切り拓いた。「人間対自然」の二元論を超越し、人間と自然が相互に働きかけあうことで、多様な要素と可能性を持つ「風土」が生まれるとする「風土学」。オギュスタン・ベルク博士は、風土学を研究、提唱し、「2018年コスモス国際賞」を受賞した。従来の人間中心主義的な価値観では見えてこない、自然との持続可能な共生を可能にする「風土学」について話を聞いた。

目次

50年前の日本で、
和辻哲郎の
『風土』と出合う。

 オギュスタン・ベルク博士は、「風土学(mesologie)」と名づけられる学問領域を切り拓き、自然と文化の二元論や、環境倫理における人間中心主義といった近代西欧主義的価値観を批判的に克服しつつ、「自然と人間の共生」について独自の研究と提言を行ってきた。
 「風土学」とは、自然、ひいては地球と人間の関係を新たな視角から捉え直そうとする、東洋的自然観を基盤に据えた環境人間学である。人間中心主義的には、自然や地球は人間の側から一方的に何かの対象として見られ、結果的に地球環境の総体的な荒廃を招くに至った。また、資源の有限性が強調される「宇宙船地球号」というようなイメージを付与されることも多かった。
 対して風土学では、自然と人間は相互に関わり合うと考える。この関わり合いは、単なる「資源」というだけではない、さらに多様な要素と可能性を持つ「風土」を、地球上のさまざまな場に生成する。たとえば日本の伝統的な「里山」や「里海」も、そうして生まれた風土の一形態だ。
 風土学的な視野を持つことは、従来の環境科学や価値観では到達することのできなかった「持続可能な自然との共生」を果たすための指針にもなる。風土学が生まれた背景や現代社会での生かし方、今後の研究で目指すことなどについて、ベルク博士に話を聞いた。

北海道大学でフランス語講師をしていた頃
北海道大学でフランス語講師をしていた頃。ⒸAugustin Berque

「風土学」は、どのようにして生まれてきたのでしょうか。

 近代の哲学者・和辻哲郎氏の著作『風土』に大きな影響を受け、その概念をさらに拡充、深化、発展させたものです。私はフランスで地理学を学び、東洋のことをもっと知りたいと1969年に来日しました。約1年間、東京に住んだ後、北海道大学でフランス語の講師をしながら北海道開拓の歴史について博士論文を書くための研究を始めた際、日本の地理学の教授に勧められて読んだのが翻訳版の『風土』でした。

それはどのような内容だったのですか。

 「人間の暮らし方やものの考え方は環境に応じて決まる」という、環境が人間に二元論的に作用する環境決定論だと間違えられることが多いのですが、この本のもっとも大事な指摘である最初の1行目、「この書の目指すところは人間存在の構造契機としての風土性を明らかにすることである」という一文で、そうではないとわかります。契機とは機械学の表現で、ふたつの力、この場合だと人間と環境が関わり合うこと。その関わりから風土という第三の存在が生成される。その風土について考えるという内容です。

人と環境との
関わりで変化する
「通態性」。

読んで感銘を受けたのですね。

 実は最初に読んだ翻訳では、その大事な一文の訳がうまく訳されていなかったために、全体の意味もよくわからなかったのです。今になって振り返れば、訳者もよく理解できていなかったのだろうと思います。私もきちんと理解したのは、研究を10年近く続けた後でしたから。

何かきっかけがあったのですか?

 かつて北海道を開拓した人々が長年かけて、北海道で稲作を可能にしたと知ったことです。北海道の気候は本来、稲作には不向きで、専門的な知識を持つ開拓使や外国人顧問たちは馬鈴薯や小麦づくり、酪農を開拓民に勧めました。しかし開拓民たちは結局50年以上かけて、北海道のなかで水田を広げた。環境と人間が相互に関わり合い、新しい風土が生まれたのです。
 その後も私は環境と人間との関係について調べ、このような関わり合いは「風景」という概念も誕生させたのだとわかりました。風景とは、環境を誰がどのように解釈するかで生まれるもの。たとえば中国では4世紀の六朝時代に初めて、ある画家が自然美を「山水」、すなわち風景として見るようになりました。これもまた人と環境が関わり合った結果、風景という第三項が発生したのです。

そのような発見を経て切り拓いた風土学を、ベルク博士は環境を荒廃させる「持続不可能な社会」を乗り越える指針にできると考えているそうですが、その理由を詳しく教えてください。

 近代西洋的な価値観では、あるものは、「そのものとしてのみ」存在します。この価値観では自然は単なる環境であり、人間が関わった結果として生まれる、バリエーションのある風土や風景にはなりません。これは人間と地球との関わり合いが断たれた状態といえます。環境を二元論的に「そのものとしてのみ」、たとえば「資源としてのみ」見るような姿勢、つまり人間=主体が、自然=客体のある面しか見ない、そういった姿勢が、地球温暖化を発生させ、生物の第六次大量絶滅さえ危惧させるような、持続不可能な社会を生み出したと言ってもいいでしょう。
 風土学でも、環境を「何かとして」見るという点では変わりませんし、「何かとして」見ることができないものは、存在しないのも同様だと考えざるを得ない点は同じです。しかし人間と自然とがお互い生きて関わり合うゆえに、「何か」の内容はより多彩で、関わり合い方に応じて変化もします。私はこの状態を「通態性」と名づけました。

ベルク博士の記念講演
左/『国際花と緑の博覧会記念協会』が主催し、「自然と人間との共生」に寄与した研究者を顕彰する「コスモス国際賞」。ベルク博士の東京大学での記念講演。 右/同じく、宮城県仙台市での記念講演。風土学の理念や受賞についての思いを語った。

風土や風景のほかに、通態性を理解するのに何かわかりやすい例はあるでしょうか。

 通態性においては、私は4種類のあり方、つまり「〇〇として」が存在すると考えます。資源、障害、リスク、快適さです。たとえばアラスカの石油は、約30年前に発見されたことで、今では「資源として」存在するようになりました。ですが、そういう関わり合いが生まれるまでは、そこで生活していたイヌイットたちにとってそれは単なる地面でした。何かを別の何か、「〇〇として」捉えるには、自己同一性から離れて一歩外に出てそれを見なければなりません。関わり合う姿勢をとったことで自己同一性から離れて別の通態性が生じ、新たな「〇〇として」を得たのです。


被災地で、「殺風景」を生み出さないために。

被災地で、
「殺風景」を生み
出さないために。

ベルク博士は東日本大震災後、被災地へ何度も行き、風土学の観点から助言を行ったと聞きました。それは風土学を実践する具体的な手段でもあったと思うのですが、どのような内容だったのでしょうか。

 キーワードは「殺風景」でした。震災後、三陸海岸にはこれまで以上に大きな、海が見えなくなるほどの防潮堤が造られました。その堤防はそこで生きて漁業をなりわいとする人々と海との心理的な関わりを断ち、それによって「風景」が生み出されなくなりました。だから「殺風景」なのです。
 人間はいざというときに基盤となる場所は安全なところになくてはいけないけれど、それと自然との関わりを断って生きることは違います。たとえば牡蠣の養殖と、海に流れ込む川の上流にある森との関係性を大切にし、「森は海の恋人」というキャッチフレーズで植林活動などを展開してきた畠山重篤さんという方がいます。この活動が行われている地元の湾では防潮堤計画が見直されました。

被災地では、「震災前から備えてはいたけれど、防潮堤が高かったことで自然を少し甘く見てしまったところがある。それがあの被害につながったのかもしれない」という意見を聞いたことがあります。

 防潮堤を高く造ろうというのは、自然を支配しようという態度です。殺風景は、関わり合いから生まれる風土を殺す「殺風土」をももたらします。
 人間には必要に応じて柔軟に変えることができる生きた関わり合いと、そこから生まれる風土が必要です。

東日本大震災後はたびたび被災地を訪れた
左/東日本大震災後にはたびたび被災地を訪れ、シンポジウムへの参加や、復興計画への助言も行った。岩手県・大槌町役場前での慰霊祭。Ⓒ張政遠 右/波分神社で慰霊の参拝をするベルク博士。Ⓒ秋道智彌

ベルク博士の研究や提言は、まさに「自然との共生」を目指すものですね。今回、それを理念とする「2018年コスモス国際賞」を受賞されたことを、ご自身ではどのように考えていますか。

 「コスモス」という古代ギリシャ語は、「宇宙」や「好ましい秩序」という意味です。プラトンの論などから考えるに、これは生命を感じさせない客体の宇宙ではなく、「生命を帯び、関わり合える宇宙」で、風土学と同じことを指しているといえるでしょう。主体、客体という二元論を超越し、それらをどちらも排さずに受け容れる第三項が地球には必要だという思いを改めて感じました。

最後に、これから次世代の若者に伝えていきたいことは?

 まずは自分の手と足で、自然を知り、味わい、感じること。自然と関わり合うように生きること。自分で野菜をつくったり、漁をしてみたりするのもいいでしょう。そういった経験が、やがて「風土」とは何かを教えてくれるはずです。

オギュスタン・ベルク

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