台湾・台南市の風景に溶け込む、赤いプラスチック製の椅子「紅椅頭」をシンボルに、台南の魅力を広める『台南紅椅頭観光倶楽部』。今年9月に東京で、台南の楽しみ方を紹介するイベントを開催しました。来日した、台南市副市長の王時思さんに台南のまちづくりのおもしろさを聞きました。
道端の屋台や商店街の店先、はたまた民家の前、家の中でも、台湾の台南に行くと、あちこちで見かけるプラスチック製の赤い椅子「紅椅頭」。当たり前のように生活に馴染んだこの赤い椅子をシンボルにした『台南紅椅頭観光倶楽部』は、台南の魅力を広める活動を行っている。今年9月には、東京・千代田区丸の内での展示会とともに、同じく杉並区の西荻窪にある銭湯『天狗湯』でも「紅椅頭」を置き、台南を感じられる体験展示を行った。
紅椅頭があると、人が集まって場ができる。そんな台南らしさを的確に表現し、まちの魅力を紹介してきた実績が評価され、『台南紅椅頭観光倶楽部』の活動は2018年のグッドデザイン賞も受賞している。
台南でみんなが日常的に親しんでいる「紅椅頭」を観光PRのシンボルとして考案したのが、台南市副市長の王時思さんだ。9月のイベントで来日した王さんに、台南の魅力や観光PRのポイント、さらにはさまざまなエリアでにぎわいが生まれている台南のまちづくりについて聞いた。
ソトコト(以下S) 台南市の日本向け観光PRのシンボルである「紅椅頭」は、デザイン的にも目を引くと同時に、「人々が楽しく集まっている」ことの象徴だそうですね。どのような経緯で「紅椅頭」にスポットを当てたのですか。
王時思(以下王) きっかけは5年前、台南と大阪の直行便が就航する際、大阪で行ったPRイベントでした。その際、観光面で、台南を象徴するものをいろいろと考え、それこそ「タピオカ・ミルクティー」も候補のひとつでした(笑)。台南を代表するものはたくさんあります。美食のまちなのでグルメも台南を代表できます。美しい風景だって、建物だってできます。代表できるものが多すぎるから、逆に1つを選ぶことがとても難しかったのです。
みんなで何度も話し合っているうちに、「台南人が悩みごとを持った時は、まずごはんを食べる。ほかにも、友達と一緒に楽しく焼き肉や鍋を食べているときにも、いつも座って”一緒にいる"のが紅椅頭だ」と気づいたのです。「紅椅頭こそ、台南を代表できる?」と自問して、考えれば考えるほど、「いいじゃない!」となったのです。
S 東京で台南の魅力を紹介したイベントでは、テーマの背景に「台南の回復力」があったそうですね。その意図は?
王 台湾400年の歴史のうち、台南は約300年間、台湾の首都でした。その間、オランダ統治時代、鄭成功の鄭政権、日本統治時代、中華民国統治時代と、いろいろな統治者の時代があって、まったく違う文化や政治システムが入ったにもかかわらず、いつだって台南は台南のままでした。台南は「回復力」が強い、といえると思うのです。
それを台南に来ていただき、感じていただきたいのです。今回、東京では、「どうしたら日々の疲れがとれ、回復できるか」「どうしたら明日、違う自分になれるか」を、台南で感じてもらおうと、そのことをPRしました。
S 時代に翻弄されながらも、「台南」は自分たちらしさを失わなかったのですね。
王 そのことには私も、最近気づいたのです。というのも、台南市の副市長としてさまざまな国を訪問し、話していると、「台湾はよく『日本』にならなかったね」「戦後、アメリカ51州目になってもおかしくなかったのでは」など、相手は半分、冗談かもしれませんが、そうしたことを言われることが一度ならずありました。そんな話題から、「たしかに、言われてみればそうだ。どうしてだろう?」と思うようになりました。
以前、「台南の底力」というテーマで、観光プロモーションを行ったことがありました。今から考えると、「底力」があるからこそ、どんな時代であっても台南は台南のまま、ありのままの”自分たち"でいられたのでしょう。
とはいえ、今、香港などで起こっている政治的な問題から見ても、私たちはいろいろな難しい問題を抱えています。でも、私たちには「回復力」も「底力」もがある。だから、台南はこれからも大丈夫だと言えます。
S 台南の「底力」は、まちづくりでも感じられますね。野良猫が増えた問題解決のために、猫のキャラクターをつくりイベントをしたことをきっかけに知名度が上がった商店街の『正興街』、米問屋が軒を連ねる同じく商店街の『新美街』など、まちのいろいろなところでにぎわいが生まれています。紅椅頭が象徴する、楽しく人が集まるまちであると同時に、民間と行政がちょうどいいバランスで、まちづくりを行っているようにも思えます。
王 台湾でも「地方創生」は大事なキーワードになっているのですが、その際、民間と行政のバランスはとても重要です。先ほど挙げていただいた場所は、行政から「新しい取り組みをしましょう。活気を生むエリアをつくりましょう」と提案したのではなく、まずは民間の人たちの動きが先行してあり、それに対し
て行政はどういう協力ができるかを考えて行ってきました。
S たとえば、どのような協力を行ってきたのでしょう?
王 『正興街』では、日本の京都府京田辺市で始まった事務用椅子のレース「いす–1グランプリ」に興味を持っていました。そのとき、我々が持っているパイプで両者をつないだこともあります(結果、2016年に正興街で「いす–1 グランプリ」を開催)。また、商店街を「歩行者天国」にするための協力や、イベントのための経費や支援金を提供することもあります。正興街の人たちの思いややりたいことに対して、行政がバックアップし、広報面でも協力し、盛り上げています。
S 行政主導で取り組むまちづくりには、どのようなものがありますか?
王 今、力を入れているのは、まちの中心部ではなく郊外です。郊外には住民の高齢化の問題もあり、自分たちが「なにができるか」がわからないところが多い。官田、新營、鹽水、左鎮などといった地域で、地方創生に力を入れ、特産物をつくったり、古い建築をリノベーションしたりと、さまざまなプロジェクトを行っています。
S 住民はどのように参加するのでしょう?
王 説明会を開いて「この地域を代表するものはなにか」ということを、みんなで何度も話し合います。そこで出てきたアイデアを形にするため、行政では事前調査を行うなどの手助けをして、最終的には直接資金を提供するほか、資金提供の機関を紹介したり、商談会を開催したりして、会社設立に向けてのサポートをして、地方の経済の活性化を目指します。
官田というエリアでは、台湾でよく食べられている「菱の実」に注目しました。官田は菱の実の産地ですが、菱の「殻」は通常、捨てられてしまいます。その殻を炭として再利用するようにしたほか、畑では防虫効果のある肥料として、養鶏場では脱臭剤として利用したり、ユニークな形を活かした箸置きにしたりと、地域を挙げ、みんなでさまざまな活用法を考えて、商品化していきました。
S 日本のまちづくりも参考にされているそうですね。
王 日本では、郊外でのまちづくりを視察しています。高齢化していくなか、どのようにして若い人たちを呼び戻し、地域をつくっていくか。どうしたら自分たちのまちを好きになれるか。大切なのは、「この場所なら自分の人生を楽しめる。この場所で暮らし続けたい」と思えるきっかけをいかにしてつくるか。それができるかどうかが、日本でも台湾でも、地方創生の一番の鍵だと感じています。
S 台南の古い建物の活かし方は、日本でも注目されていますが、法務省の元・職員宿舎をリノベーションした『藍晒圖文創園區』、旧・日本陸軍の宿舎をリノベーションした『321巷芸術集落』など、若い人たちが活躍できる場所を、台南市は民間の人と一緒につくっていますね。
王 古い建物を活用するために大切なのは、やはり人。人と建物とをどのように結びつけるかが難しいところで、成功できるかどうかを分けるポイントです。古い建物を修復した後、どのように人を呼び込むか。そうしたときに、ふるさとに帰って仕事をしたいと考えている若い世代の力が大切だと考えています。『藍晒圖文創園區』は3年間、低額の家賃で利用でき、本格的に巣立つまでのスタートアップの場所にもなっています。
S 王さんが考える「地方創生」の目的はなんでしょうか?
王 地方創生というと、「観光に力を入れ、多くの人に足を運んでもらったらいいのでは?」と考えがちですが、私は観光がすべての問題を解決できるものではないと考えています。
大切なのは、ひとつのまちが「ありのままの姿」でいること。自然が美しいところ、歴史を感じられること、特徴のある建築物などを見てもらうこともいいですが、そこに「そのまちのありのままの姿」がないと、観光に来てもらっても、なにも残らないでしょう。
台南であれば、住民たちの昔ながらのライフスタイルがあり、こだわりを持って生きている人たちがいます。たとえば、手間がかかるけれど、炭火で鳥を焼くのに1時間かけて提供する屋台があります。麺を打つにも、鍋を作るにも、それぞれのこだわりを持って商売をしている人たちがいます。そんな商売人たちを愛する住人のライフスタイルもあります。そうした台南を知っていただき、台南で暮らす人たちのこだわりを感じてもらいたい。そんな思いがあってこそ、「観光」は成り立つのだと思っています。