アムステルダムは水の街だ。無数の運河が張り巡らされ、風景に情緒を与える。その運河で今、新しい住空間のプロジェクトが進みつつある。それがアムステルダムの北にあるノールト地区にできた「Schoonschip」だ。2018年12月から住宅設置がスタート、この春からは実際に人が暮らし始めた。「一風変わった新しい生活」を選択した人々を現地に訪ねた。
ノールト地区の運河に出現した、水に浮かぶ住宅群。
「Schoonschip(スホーンスヒップ)」のあるNoord(ノールト)地区は、アムステルダム中心部からバスやフェリーで10分ほどの場所。アムステルダム中央駅から運河を挟んだ対岸に広がり、近年さまざまな施設や住宅の開発が進む注目のエリアでもある。そんなNoord地区を自転車で走っていると、運河の中に浮く家が目に付く。「Schoonschip」だ。日本における「一戸建て」が、まさに運河に浮くように点在するさまは、驚きの風景。
各戸へは、陸地からつながった桟橋を通って入り、桟橋にはいくつもの家が接続していた。さながらヨットが並ぶマリーナのよう。家々の多くは工事の真っ最中で、桟橋の上には資材が並び、大工さんやDIYをする住人の姿も多く見られた。取材時、快晴の天気の中で撮影をしていると、ある家の住人が声をかけてくれた。「日本から取材に来たのか!? 中に入るかい?(笑)」。
2008年にプロジェクトの種が生まれ、始まった。
家に招き入れてくれたのは建築家のワウター・ファルケニールさん。早速、家の中を案内してもらうことに。建物はコンクリート製のフローティングが基礎。中は3フロアで構成され、一番下の部分は水面下に位置していた。かなりの広さがあり、快適な住空間だと感じられる。広い窓からは常に美しい水辺の風景が眺められる。
「この水上都市の計画が立ち上がったのは今から10年ほど前。映像プロデューサーのマルヤン・デ・ブロックさんと建築事務所『Space & Matter(スペース・アンド・マター)』が中心となり、始まったんです。私も黎明期からプロジェクトに賛同し、参加してきました」。同じくノールトにある水上ボートでの自給自足の生活にインスピレーションを受けた彼らは、ビジョンを固め、仲間を募り、財団を設立。企業などから補助金を集め、州からの融資も獲得。入札によって現在の場所を手に入れたという。
「Schoonschip」とは単なる水上住宅ではない。
ホームページでは、『The most sustainable floating neighbourhood within Europe(和訳で「ヨーロッパで最も持続可能な水上居住区」)』という文言がまず目に入る。そう、ここは単なる水上住宅ではない。「サスティナブル」を大きなテーマとして掲げる実験都市なのだ。
ワウターさんの自宅の中で見せていただいた大きなバッテリー。これは屋根に設置されたソーラーパネルで発電した電気を蓄えることができるもの。建物内外の気温差を生かした熱交換システム「ヒートポンプ」を活用し、暖房などの熱を必要とするものに賄われている。雨水を集めて活用し、またシャワーの水は循環させフィルターを通して再利用。トイレの汚水を用いたバイオガスの仕組みも計画中だといい、環境負荷を最低限に抑えながら、エネルギーの自給自足を実現するための最先端の設備が整えられていた。
それだけではない。各家々で発電された電気を近隣との間でやり取りすることも可能で、例えばある家族がバケーション中に発電した電気を、ほかの電気を必要とする家に売ることもできるという。ワウターさんも、「需要と”共有“。その時々で、その家がたくさんエネルギーを使うときは、近所の人にエネルギーを分けてもらって、逆のときは、分けてあげるんです」。さらにこの売買は、ブロックチェーン技術を用いた独自の地域通貨「ジュリエット」を介して行われる。ジュリエットはこのほか、クルマや自転車のシェアリングの際などにも使用することができるそうだ。「Schoonschip」とはオランダ語で「クリーンな船」という意味。納得の名前である。
環境への最大限の配慮と持続可能性。「Schoonschip」という一つのあり方。
case_1 / ワウター家
ソーシャルとオープンソース。
それだけではない。各家々で発電された電気を近隣との間でやり取りすることも可能で、例えばある家族がバケーション中に発電した電気を、ほかの電気を必要とする家に売ることもできるという。ワウターさんも、「需要と”共有“。その時々で、その家がたくさんエネルギーを使うときは、近所の人にエネルギーを分けてもらって、逆のときは、分けてあげるんです」。さらにこの売買は、ブロックチェーン技術を用いた独自の地域通貨「ジュリエット」を介して行われる。ジュリエットはこのほか、クルマや自転車のシェアリングの際などにも使用することができるそうだ。「Schoonschip」とはオランダ語で「クリーンな船」という意味。納得の名前である。
さらに、「オープンソース」も見逃せないキーワードだ。実際、ホームページ上でもかなり詳細な情報まで見ることができ、実現までの過程に始まり、実装されている技術やノウハウなどが積極的に公開されている。先述のとおり、あくまでここは実験都市。現在、ここで確立した技術やノウハウを生かした第2の拠点「ポータル」も計画中で、コピーを前提とした模範と成り得るモデルをまずはつくり、社会への普及を図っていくのだという。
別の日に、マタイズ・ブールドレズさんのご自宅にも招いていただいたのだが、彼自身は「サスティナブルライフ・アンバサダー」という肩書を持ち、見学者を募集し自宅を公開するツアーを行うなど、オープンソースに貢献していた。ツアーにはドイツをはじめ、北欧、スイス、オーストラリア、さらには日本からも参加するのだとか。
「『Schoonschip』の雰囲気を味わっていただき、私自身がここでどういう時間を過ごし、どんな幸せを感じているかを参加者に直接話しています。事実を伝えるだけでなく、アイデアを共有しながら、人々にインスピレーションを与えていきたいんです」。
Space & Matter
フラットなチーム体制が特徴の建築事務所。住空間をはじめ、アムステルダムで進行するさまざまなプロジェクトに携わる。場に集う人々のコミュニティ形成までも考え、提案することが多いという。「『Schoonschip』のコミュニティ形成もプロジェクトの当初から考えられ、ここでの暮らしを望む人たちは数多くの会議に出席し、自ら考え、情報を共有し、緊密な関係を築きながら、今に至っているんです」と共同創立者のマルタイン・ポールさん。
オランダ伝統の水上暮らしをサスティナブルにアップデート。
では、実際の住み心地はどうなのか。前述のワウターさんは、「建築家として、一戸建てを建てるのが夢でした。市内では一戸建てを好きにデザインすることは難しかったので、ここは本当に自分の理想。ゼロからつくり上げるという夢が叶った場所です」と話す。
低地であり、土地が少ないオランダにおいて、住宅用地を確保することは難しいようだ。とはいえ、水の上……と驚くことではない。実は水上生活はオランダに100年以上前からあった文化だ。例えばアムステルダム市内の運河には、ハウスボートと呼ばれる、古い船を改修した家が並び、その数は2500以上とも。「Schoonschip」はその進化系とも呼べるのかもしれない。
マタイズさんは、「建築中の道具につまずいたりするから、未完成なところはよくないけどね」と笑いつつ、「子どもたちがいつでも日光を浴びたり、川で遊べたり、毎日がパーティみたいな感じが最高に幸せ。あとは隣人たちが、本当にいいグループ! 僕は彼らのことを6年前から知っているし、関係を築いていって、今ではびっくりするほど仲がいいんです。それに水の上というのもいい。それにアムステルダムは運河の街だし、オランダはもともと航海の国。水と近い暮らしができることがとても魅力的ですね」。
昨今懸念されている、海面上昇にも影響されない点を評価する声も少なくない。とはいえ、一番の魅力は、理想とする住まいを実現できる「余白」であり、都市と絶妙な距離感にありながら、自然を間近に感じられる暮らしだと感じた。
case_2 / マタイズ家
「Schoonschip」には今も次々に新たな住人が家を整えている。2020年目処をに、最終的には30棟が並び、46世帯が入るという。コミュニティ完成後は、廃棄食物やフードマイレージの削減を目指し、近隣の有機農家から食品を共同購入や、水上映画祭やフードフェスティバルの開催なども計画しているそう(ワウター家では、廃材を使って、子どもたちが船や泳いで遊びに行ける海賊島をつくるという予定もあるそう!)。
水の上の暮らしは、計り知れない可能性を秘めている。