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特集 | クリエイティブシティに学ぶ!アムステルダムのまちづくり

パン窯の前のコミュニティ、『Bakery of Simplicity』。

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誰かと一緒にパンを作り、会話を楽しみながら焼きたてのパンを食べること。それはもしかすると、人種、年齢、性別など、世界中のあらゆる分断をなくし、平和をもたらす秘策かもしれません。

 2012年にペイク・スイリングさんの仕事の状況が悪化したとき、彼はかねてより夢だったベーカリーを始めることを決意した。パンを焼く仕事は魅力的と感じてはいたものの、まさか自分が地域をつなぐ「コミュニティ・ダイアローグ」のベーカリーをやることになるとは思ってもいなかった。

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 どういう意味か。ペイクさんは「パンを焼く」というシンプルな手法で人々を集めている。彼らはグループになって生地ね、簡単なパンを焼く。ただそれだけだが、そこには多様な人種、年齢、価値観の人が集まっている。これらの障壁を打ち破るのは、一緒にパンを焼いたり食べたりする「パンの力」だ。 毎週アムステルダムとその周辺地域で、隣人同士やコミュニティ内外の対話が「パンの力」により生まれている。

地元の人々が集まってパンを作る。素材はシンプルでも、誰かと一緒に焼くパンはとびきりおいしい。
地元の人々が集まってパンを作る。素材はシンプルでも、誰かと一緒に焼くパンはとびきりおいしい。

 ペイクさんはもともとアムステルダムで最も貧しくトラブルが多いといわれるニューウエスト地区で、社会から見捨てられた若者を救ってきた経験豊富なソーシャルデザイナーだった。戦後に多くの建物が建てられたニューウエスト地区は、かつてはアムステルダム・旧市街の若い家族を惹きつける場所だったが、ここ数十年で高齢化、時代遅れの住宅、多くの移民により、この地域では社会問題が当たり前になってきていた。

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夢見るだけでなく、現実にすることができる。

 ペイクさんと同僚は、これを解決をするために行動を起こした。彼らの代表的な活動は、将来に悩む若者の背中を押すべく、ファッションデザインの仕事を紹介するプロジェクトである。 これは大成功を収め、若者がファッション業界でキャリアを積むこととも相まって、いつしかペイクさんにはソーシャルデザインの仕事が舞い込むようになった。

 そのうちのひとつは、評判のよくない空き地に自然公園をつくる仕事だった。 ペイクさんは公園に『Buurtwerkplaats(バートワークッスプラーツ)』と呼ばれるワークショップスペースを設け、地元の人々と一緒に小さな工房を作り、誰でも自由に金属・木材加工機械を使用できるようにした。これは今でも人気の場所である。

 しかしながら、政府の予算が大幅に削減され、ペイクさんの仕事は枯渇し、彼は新たなキャリア──ベーカリーを営むこと──を考えるようになった。偶然、近所の工房に古いキャラバンがあったため、ペイクさんはそれを活用しシンプルな小さなベーカリーを造ることにした。

一緒にパンを作る、同じコミュニティの二人。この日は高齢者問題や健康について意見を交わす。とても仲良しだ。
一緒にパンを作る、同じコミュニティの二人。この日は高齢者問題や健康について意見を交わす。とても仲良しだ。

 最初にレンガと泥でパン窯を造り始めたところ、近所でワークショップをしている人々と交流が生まれた。パン窯造りを手伝う人が増え、やがて彼らは毎週のミーティングでパンについて話し合うようになった。ペイクさんは、人々がまるで自分がパンを焼くかのようにアイデアを出すのを見て、これまでのソーシャルデザインで足りなかったものに気がついた。人々がより深くコミュニケーションを取るための方法を考えることは、彼のソーシャルデザインのキャリアにおける新たな道しるべとなった。

キャラバンの小さな空間に人々が集まり、パンを作る。焼きたてを味わえるのも醍醐味だ。
キャラバンの小さな空間に人々が集まり、パンを作る。焼きたてを味わえるのも醍醐味だ。

パンはファストフードではなく、「ピースフード」。

 ペイクさんはこのプロジェクトを『Bakery of Simplicity(ベーカリー・オブ・シンプリシティ)』と名づけて店の運営方法を検討する一方で、彼自身は市場価値や複雑なビジネスから離れたシンプルな生活を望んでいた。それは同様の生活を送っている多くの人々に問いかけたいことでもあった。ペイクさんは語る。「この店は、物事の基本に立ち返り、より大きな課題を簡素化するための場所です。パンを焼くというシンプルな行為を通して、複雑な社会を生き抜くを導き出すのです」。

 ペイクさんは、ここが人々に集中力をもたらし、視点を変える場になっていると考える。「パン作りに必要な材料を得るには安全と安定が必要であり、パンを消費することは、自然とピースフルな場を生み出します。パンはファーストフードではなく、出来上がるまでの時間、忍耐、手順を受け入れることでおいしい結果につながります」。

共用のパン窯でパンを焼く。毎週火曜、オーブンを使える時間帯には多くの人が訪れるという。
共用のパン窯でパンを焼く。毎週火曜、オーブンを使える時間帯には多くの人が訪れるという。

 プロジェクトは注目を集めており、彼の同僚は、ベーカリーの存在が人々のコミュニケーションを生む潜在的なツールになっていると認識していた。彼らは試しにオランダ北東部の小さな村に移動式ベーカリーを持ち込んだ。そこでは大規模な音楽祭が開催される一方で、住民が悪影響を被っていた。

 ペイクさんがベーカリーの重要性を本当に理解したのは、このときが初めてだった。人々はリラックスして交流し、お互いの先入観と確執をなくすことができたのだ。この結果、村は独自にベーカリーを造ることを決め、今では村の中心的な存在となっている。

近所に住むクレアさんは、毎週新しいレシピでパンを焼き、友達と楽しむ。ここでパンを焼くことは彼女の生き甲斐だ。
近所に住むクレアさんは、毎週新しいレシピでパンを焼き、友達と楽しむ。ここでパンを焼くことは彼女の生き甲斐だ。

 彼はこの事例をもとに、政府や慈善活動の資金源から資金を得ることに成功した。現在、オランダ国内には彼の関わったベーカリーが8つある。それらは同じモデルで運営されつつ、各コミュニティの状況に合わせて柔軟に設計されている。

異なる世界の架け橋としてパンを焼くこと。

 『Bakery of Simplicity』のさらなる可能性について、ペイクさんはニューウエスト地区にあるコミュニティセンターについて教えてくれた。

 オランダではモロッコ人とトルコ人は分断されており、彼らは地元のオランダ人との交流に苦労している。ペイクさんは語る。「以前、とあるモロッコの女性が『共用のパン窯』を欲しがっていました。これはオランダではどこにもありませんが、モロッコでは日常的だそうです」。

 彼はコミュニティセンターにオーブンを設置した。異なる文化のパンの種類や技術が混ざり合い、参加者間で多くの学びがあるという。

パンを一緒に焼くことで住民同士に新たな絆が生まれ、彼らの人生が充実していく。
パンを一緒に焼くことで住民同士に新たな絆が生まれ、彼らの人生が充実していく。

 「この地域に住んでいるモロッコ人は貧しい人が多く、スーパーマーケットで一番安い小麦粉を買い、自分でパンを焼きます。それは素晴らしいことですが、パンを買う余裕がないということでもあり、彼らは恥ずかしいと感じています。しかし、彼らがこの『共用オーブン』でパンを焼くと、人々から褒められます。 これは彼らの自尊心につながるだけでなく、オランダ人やトルコ人との交流のきっかけにもなります」。あるモロッコ人は「初めてオランダ人に何かを教えることができた」と喜んだという。

 パンを焼くことが人々を結びつけ、地域に希望の光をもたらしている。

ペイクさんがつくったワークショップスペース

誰でも使える機械で、アイデアを形にする。

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 『Buurtwerkplaats』はワークショップエリアと工房をもつ施設だ。地元コミュニティのFacebookページで予約するだけで、さまざまな機械を誰でも利用することができる。多くの人々が自らのアイデアをもとにここでプロトタイプを製作し、小規模のプロジェクトやスモールビジネスにつなげている。

Information
Bakery of Simplicity
キャラバンのベーカリーは移動式のため場所や営業時間は不定だが、イベント開催に合わせて登場することが多い。公式サイトなし。

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