山陽新幹線が通っている、JR新神戸駅。新幹線の利用客にとって“神戸市の玄関口”になっている主要駅の一つです。
そんな駅の駅ナカに2023年7月、登山支援拠点として『トレイルステーション神戸』がオープンしました。なぜ「登山」なのか、そしてどのような拠点なのでしょうか?それらについて、『トレコ』に関わっているみなさんにお聞きしました。
新幹線が停車するJR新神戸駅から、すぐ山へ行ける!
JR新神戸駅で新幹線を下車し、階段を降りていくと、構内の柱に大きなポスターが2枚あります。神戸市の自然といえば「港」や「海」というイメージを持っている人が少なくないと思いますが、「山」が描かれています。
市街地の西から東にかけて海を望むように山々が連なっており、まちと山が近い神戸。JR新神戸駅のすぐ裏手(北側)が登山口であり、わずか徒歩約5分で「布引(ぬのびき)の滝」の一つに行くことができます。さらに、さまざまな登山ルートの玄関口にもなっていることから、2023年7月、駅の1階に登山支援拠点『トレイルステーション神戸』、通称『トレコ』がオープンしました。
10月某日、『トレコ』の前で待ち合わせをしている様子の登山グループの一人、滋野晶江さんに話を聞くと「私は初めて来ましたが、『トレコ』を何度も利用しているという友人と待ち合わせです。今日はみんなで市章(ししょう)山を登り、『再度(ふたたび)山荘』にスペアリブを食べに行くんです。元町のほうへ抜けて帰ります」と楽しそうに教えてくれました。
「毎日登山」の文化が育つ、神戸登山のすばらしさを広めたい
『トレコ』を企画・運営しているのは神戸市です。神戸市の経済観光局 観光企画課・係長の林順子さんは次のように話します。
「実は、神戸市の面積の約40% は、六甲山系や丹生山系などの山のエリアなんです。昔の日本人は、薪など生活のためや、宗教的な信仰を理由に山へ入っていました。でも明治期に港が開き、外国人が楽しみとして山を歩く文化を持ち込んだんです。朝食前に六甲山へ登り、自宅に戻って朝食を摂ってから出勤する彼らのスタイルを見た神戸の人たちは、真似をして歩き始めました。横に長い形をしている六甲山系には登山口が複数あり、無数の登山ルートがあります。山のふもとに住んでいる人は毎朝登るようになり、それが神戸市の各地で定着しました」
それまでの生活のための生業としてではなく、楽しみとして登る、この六甲山登山は「近代登山」の発祥と言われ、毎朝山登りをする神戸市民の文化は「毎日登山」と呼ばれるようになりました。
神戸市では2023年1月、この資産を生かした新しい観光戦略として「神戸登山プロジェクト」を発表したのです。「登山を切り口に、より神戸の自然を楽しんでいただきたいという思いがあります。魅力的な登山ルートの情報発信などを検討するなかで、神戸登山を象徴するような場所、登山を発信する拠点があれば、という話になり、『トレコ』が誕生しました」と、林さん。
JR西日本がJR新神戸駅の一部を提供し、連携することに
拠点は、JR新神戸駅の駅前などにつくるのではなく、駅ナカにオープンすることに。『西日本旅客鉄道』(以下、JR西日本)の近畿統括本部の経営企画部で、企画分野の担当部長を務める秋山秀則さんは、こう話します。
「山陽新幹線は、1972年に新大阪駅から岡山駅まで開通しました。『なんとか神戸にも新幹線を』という動きのなか、神戸市内の主要駅である三ノ宮駅につなげることが不可能で、山を切り開いて新神戸駅をつくりました。当時は、地元の方々が新幹線を利用するための駅という位置付けでしたが、現在は“神戸市の玄関口”や “兵庫県の玄関口”になっています」
駅は人が集まるところです。JR西日本は「駅周辺を活用していただこう」と、地域の人がキッチンカーを置いたり、野菜販売をしたりできるようにし、にぎわいをつくる試みはしていました。でも今回は駅ナカです。社内で調整しながら、具体的に検討していったといいます。担当者は、近畿統括本部・兵庫支社(地域共生)の秋田祐也さんです。
「JR新神戸駅は、2階には新幹線の改札やきっぷ売り場、物販飲食店や観光案内所などがあって賑わいがあるのですが、1階のスペースは閑散として十分に活用できていませんでした。新幹線を利用されるお客様は多くが1階を通られますので、1階の空きスペースを活用し、駅を盛り上げることにもつながればいいなと考えました。2022年8月頃から検討して、10月に神戸市さんへ場所の提案をしたんです」
そう話す秋田さん。JR西日本としては事業性だけを重視するのではなく、遊休地を活用して神戸市の山の魅力を発信し賑わいを創出することで、将来的に鉄道の利用につながって欲しいという考えだといいます。今後も、神戸市と連携して『トレコ』の情報発信にも積極的に取り組んでいく予定です。
神戸市内の山に着目していた複数の企業が参画
拠点場所の確保と同時に、現場の運営者も決めなくてはいけません。神戸市の公募を経て選ばれたのが、地域の鉄道会社『神戸電鉄』主催のハイキングなどを運営する『神鉄観光』と、登山・クライミング・アウトドア用品の総合専門店『好日山荘』のチームでした。
神戸市、『神戸電鉄』、『好日山荘』の3者は、2021年10月から神戸市の山に関する別の取り組みを始めていました。『神戸電鉄』の運輸部課長(兼神鉄観光事業部部長)である芝泰史さんは次のように話します。
「もともと弊社は『神鉄ハイキング』を主催していて、年間80回ほどのツアーに毎回150〜200名が参加されています。2020年頃、私が神戸市のブランドづくりの担当者さんや『好日山荘』さんに『神戸の自然を生かす取り組みをしてみたい 』とお話しし、ご賛同を得て3者で連携することになりました」
そうして始まったのが、神戸市内にある豊かな自然を観光資源に、新たな魅力を創造していくプロジェクト『KOBE Rail & Trail(コウベ レイルアンドトレイル)』。アウトドアのプラットフォームを構築していたのです。
そんな背景があり、神戸市の公募の話を聞いて『神鉄観光』と『好日山荘』が一つのチームとして手を挙げ、沿線へのアプローチを強みとしてもち、山の専門で安心・安全な登山を楽しむプロである視点から、このチームが選ばれました。
『好日山荘』の広報室担当課長である松浦由香さんにも話を聞きました。「あまり知られていないのですが、弊社の本社は神戸市内にあります。アウトドア用品の総合専門店として、接客だけでなく、毎日登山という文化が根付いている神戸にもっと還元していきたいという気持ちがありました。地域をつないでいる『神戸電鉄』さんと一緒に活動すれば、より大きな力を発揮できるのではないかと『KOBE Rail & Trail』が始まり、そして今回の拠点運営にもチャレンジしたいと考えました」
芝さんたちは、安全な登山道や自然歩道を案内するため、地域でハイキングツアーを手掛ける他社や市民による登山団体に話をして、それまではなかった各組織の連携をつくり、情報を集約するよう動きました。国内では山の遭難事故が増えていて、2022年は過去最高の発生数だったといいます。低山でも増えているそうです。
こうして2023年7月にオープンした『トレコ』。オープニングセレモニーには約300人が来店しました。店長を務めるのは、『好日山荘』のセールスコンバージョン推進部アクティビティ推進課担当課長の石井洋之さんです。
「『トレコ』は、登山者の支援拠点です。六甲山地にはあらゆるルートがありますので、登山ルートのご相談がメインサービスとなっています。登山靴、トレッキングポールなどの登山用品のレンタルもしていますし、忘れがちな帽子や食品なども販売しています。荷物を預かるサービスもあります。また、『トレコ』を起点としたイベントも行っていて、入門レベルの内容を多くして気軽にご参加いただけるようにしています」
新神戸駅から徒歩約5分で「布引の滝」の一つに到着
『トレコ』を拠点にする魅力は、先述したように「布引の滝」の一つまで、JR新神戸駅から徒歩わずか5分程度で行けることです。「布引の滝」までであれば、動きやすい服装とスニーカーでも問題なく、気軽に自然を楽しむことができます。
最後に、『トレコ』の石井店長、神戸市の経済観光局観光企画課・観光事業担当課長の村上里佳さん、JR新神戸駅の駅長である入江庸介さんに、今後への思いを聞きました。
「登山は自分のペースで楽しめるものです。生活の一部としての登山の魅力を発信していきたいですし、登山人口を増やして裾野を広げてもいきたいです。これから登山を始める方のきっかけの場になれるよう、運営していきたいと思います」(石井さん)
「『トレコ』が山に目を向けていただくきっかけになり、山を楽しむ人が増えたらいいですね。『神戸の登山に関する情報はここにきたら全部分かる』というような情報発信の場になり、登山を楽しむ方がここを起点に交流できたらいいなと考えています」(村上さん)
「すばらしい自然環境をもっと活かし、地域をより発展させていきたいという願いは、駅長着任当時から引き継いでいました。都会なのに自然に抱かれた新幹線駅という非常に珍しい強みを活かして、市外や県外、国外からの人が行き交うまちとなり、新しい価値観を生み出していけたらと思います。しっかり発信していきたいです」(入江さん)
ここから『トレコ』に立ち寄る人がもっと増えれば、神戸登山を楽しむ文化はもっと広がっていきそうです。
JR西日本 近畿統括本部 兵庫支社・秋元勇人副支社長からのメッセージ
私たち兵庫支社は、兵庫県全域の地域窓口として昨年10月に発足しました。地域の皆さまとともに、誰もが訪れたくなる・住みたくなる沿線づくり、地域資源を活かした地域価値創造に取り組んでおり、魅力あふれる“兵庫五国”と当社の価値を掛け合わせ共に高め合うことで、人々が行きかう、いきいきとしたまちを実現してまいります。
魅力的で持続可能な地域づくりを。JR西日本が取り組んでいる、地域との共生とは?
JR西日本グループでは、2010年頃から「地域との共生」を経営ビジョンの一角に掲げ、西日本エリア各地で、地域ブランドの磨き上げ、観光や地域ビジネスでの活性化、その他地域が元気になるプロジェクトに、自治体や地域のみなさんと一緒に日々取り組んでいます。そんな地域とJR西日本の二人三脚での「地域共生」の歩みをクローズアップしていきます。
【第7回 奈良県編】はこちらから。
今までに公開した【地域×JR西日本の「地域共生」のカタチ】の一覧はこちら。
ぜひ他の地域の事例も読んでみてくださいね!
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photographs by Katsu Nagai
text by Yoshino Kokubo