江戸時代初期に五條藩の城下町として開かれた「五條新町通り」があり、天誅組のゆかりの地で「明治維新発祥の地」と言われるなど、古くから栄えた奈良県五條市。美しいまち並みや史跡、社寺など見どころも多く、現在も残る「五條新町通り」は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
その通り沿いに、築約250年の町家を改装した和食レストラン『五條 源兵衛』があります。食材は、料理長が自ら「畑と対話しながら」選ぶ、朝摘みの野菜が中心。素材そのものが持つ旬な味わいを堪能することを目的に、五條市にやってくる人も多いそうです。
一方で、まちを走る唯一の鉄道であるJR和歌山線は、昼間は1時間に1本の運行と決して便利とはいえず、鉄道での来訪者は必ずしも多くありません。そこで、行政・地域の人々・交通事業者が連携し「もっと大勢の人に、五條市を含む奈良県の南部・東部の魅力を発信したい」と、新たな取り組みが始まりました。
県の取り組みを機に、地域でのコミュニティづくりを学ぶ
『五條 源兵衛』の料理長の中谷曉人さんは以前、五條市内で小さな割烹料理屋を経営していましたが、ある奈良県職員との出会いを機に、国と県と市の支援のもとで古民家を改修して再生し、地域のみんなで飲食店をつくるプロジェクトの存在を知ったといいます。
「私は当時24、25歳で、何から手をつけたらいいのか、まちづくりとはどうするのか、何も知りませんでした。『五條 源兵衛』の当時の建物は、外観はきれいだったものの、中は傾いていて畳から草が出ているような状況で、お化け屋敷のよう(笑)。そんなところからのスタートでしたが、地域の方と信頼関係を結び、コミュニティをつくっていくことを、県職員さんや地域の方々に学ばせていただきました」
そう振り返る中谷さん。2010年にオープンした『五條 源兵衛』は、少しずつファンを増やし、2017年に『ミシュラン2017奈良特別版』で一つ星を獲得。県内外での知名度を得ていきます。
奈良県が仕掛けた「奥大和」という地域ブランディング
中谷さんが「人生の転機になりました」と話す、県のプロジェクト。その背景には、奈良県の「県の南部・東部地域へ足を運ぶ人を増やしたい」という強い願いがありました。
奈良県の総務部知事公室・奥大和地域活力推進課の課長である米川浩さんは、こう話します。
「県の南部・東部の19市町村は、自然豊かで歴史もある、魅力あふれるエリアです。10年ほど前から、このエリアをみなさんに知っていただき、交流人口や関係人口を増やしていくため、『奥大和』という名称を考案し、ブランディングをしてきました。この約10年間で移住者が増え、移住した方がキーパーソンとなり、コミュニティを築いてくださっています。地域活性化において、地域のキーパーソンやコミュニティの存在はとても重要です。県でも奥大和の関係人口創出や移住促進などの取り組みを行ってはいますが、地域の外側からできることは限られており、この取り組みが長く続けられることも、行政の手が離れても地域が発展していけることも、地域のキーパーソンやコミュニティのお力添えがあってのことです」
奥大和地域活力推進課は、イベントの企画・運営など、プロジェクトの具現化を担当する部署。例えば、自然のなかでアートを感じる芸術祭「MIND TRAIL(マインドトレイル)奥大和 心のなかの美術館」や、若き日の弘法大師が歩いたとされる「弘法大師の道」を走り抜けるトレイルランニングレース「Kobo Trail」などを主催しています。
「イベント以外でも、奥大和へ足を運んでいただけるきっかけをつくりたいと考えました。でも、私たち行政は情報発信の手段が少なく、企画などが得意ではありませんから、人を呼び込む商品づくりや情報発信の得意な企業さんにお願いし、連携することになりました」そう話す米川さん。同課(当時は移住・交流推進室)が連携したのが、『JR西日本グループ』だったのです。
地域に足を運ぶ、楽しい仕掛けづくりを
『西日本旅客鉄道(以下、JR西日本)』の近畿統括本部・阪奈支社の地域共生室で奈良県を担当する松中紗恵子さんは、次のように話します。
「ありがたいことに奈良県様から当社グループにお声がけいただき、2019年から連携させていただくことになりました。奥大和地域の認知度向上・誘客促進に向けて、グループ会社と連携をして、日帰り・宿泊旅行商品の作成、魅力発信ポスターの作製・掲出、奈良駅や大阪駅での観光PRイベント開催などに取り組んできました」
そんな中、2022年にJR西日本の移動生活ナビアプリ「WESTER」内で開催されたのが、「五條街並み散策デジタルスタンプラリー」でした。「五條新町通り」を中心に五條市を楽しんでいただきたいという思いでつくられ、「食べる」「見る」「買う」の対象スポットを巡るとデジタルスタンプをもらうことができる取り組みです。
「人々にとって目的地になるような魅力的なお店である『五條 源兵衛』さんに声をおかけしました」と、松中さん。快諾した中谷さんが、地域の約20店舗をまわり「やりませんか」と声をかけていったといいます。
松中さんや中谷さんたちは、どのような人が利用するのか、事前にはふわっとした想像しかできず「それぞれの飲食店に普段から来られているお客様が多いのかな」と考えていました。しかし、いざ始まってみると、五條市に現れたのは新たな客層だったのです。
「開催期間中(9月末〜11月)、スタンプラリーを楽しむ女性の姿をよく目にしました。また、アプリからこのスタンプラリーに『参加します』というボタンを押してくださった方も我々の予想以上に多くいらっしゃいました。その客層のデータや、どんな所に興味を惹かれたのかが分かったことは、私たちにとって有意義でした」と、松中さんは振り返ります。
中谷さんも、「『五條街並み散策デジタルスタンプラリー』は、価値のある事業でした」と話します。「『スタンプを集めるのがお好きな方がこんなにいらっしゃるんだ!』と、驚きました。遠方から来てくださり、『コンプリートするぞ』と楽しんでいらっしゃる様子を目の当たりにし、これまでの当店のお客様とは違う層にアプローチできる可能性を感じましたね」。
地域の魅力や情報を伝えるプロたちがバックアップ
松中さんは、「『五條街並み散策デジタルスタンプラリー』で人気だった店舗や、女性が多いと客層が分かったことで、具体的なお客様像を描きながら初めてつくったプランが、2023年度の『駅プラン』です」と話します。「駅プラン」とは、往復のJR券とランチがセットになったお気軽な日帰りプランで、JR西日本グループである『日本旅行』が手掛けています。
奥大和をPRするための一つの手段として、2019年度から和歌山線沿線の五條市や御所市をめぐる「駅プラン」が考案されました。「駅プラン」を担当している『日本旅行』奈良支店の作道陽子さんは次のように話します。
「当社はこれまでは、奈良から県外のエリアへ行く旅行商品がメインでした。でも、地方創生や地域の課題解決が叫ばれるようになり、奈良県への誘客にまつわるお仕事が増えたんです。今回の奈良県さんとのお取り組みも、他地域から奥大和へ来ていただく旅行商品をつくるお仕事で、むずかしさはありますがやりがいを感じています。奥大和は、本物を知る人たちにとって魅力的な場所だと感じています。うまくPRできるような商品をつくっていきたいです」
そして、完成した商品を広く知らせることも大切です。広告デザインや情報発信は『JR西日本コミュニケーションズ』が担当しています。
地域の課題を解決する専門部署であるソーシャル&コンテンツビジネス局で、プロデューサーをしている小孫真帆さんは、「地域のみなさまの熱い思いを節々で感じて、広告の力を使って発信することで、全国に魅力を伝えていければと思っています。より効果的なコミュニケーションにするため、さまざまな訴求方法を思索しました。また、デザインについては商品の特徴や季節感を大切にしながら、より奥大和のイメージが伝わるよう意識しています」と話します。
もう一度来ていただけるレストラン、地域でありたい
中谷さんは「駅プラン」での各社の連携について、こう話します。
「連携チームメンバーに女性が多く、立ち寄りどころや食について、女性目線のご意見をいただけたことが、私とは違う視点でとても役立ちました。それらをプラン形成の上で組み込み、今年度から『chocobanashi』さんでのチョコレートづくりプランを入れたのです。こうしたアイデアをみなさんからいただき、共に考えていける連携は、地域の宝ですね」。そして、「駅プラン」で奥大和を知った人への思いも語ってくれました。
「『駅プラン』でお越しになる方は、すてきな地域を探している方たちが多いと感じています。そして、その土地を好きになれば、度々足を運んでいるようです。実際に五條市に再訪してくださり、私たちが運営している宿泊施設『やなせ屋』やその他周辺施設に泊まってくださるお客様が増えています。もう一度来ていただけるようなコンテンツを提供できるレストラン、地域でありたいと思います」
最後に松中さんにも、奥大和への思いをお聞きしました。「奥大和、特に五條市や御所市には昔どこかで見たことがあるような懐かしい街角があり、故郷に帰ってきたような気持ちになれます。散策やお買い物を通じて、地元の方と触れ合ったときには、その懐かしさよりも一段深い、心の触れ合いがあるのではないかと思います。江戸時代のロマンあふれるまち並みを散策したい方、落ち着いた時間を過ごして癒されたいというときなどに訪れていただけたらと思います」。
魅力的で持続可能な地域づくりを。JR西日本が取り組んでいる、地域との共生とは?
JR西日本グループでは、2010年頃から「地域との共生」を経営ビジョンの一角に掲げ、西日本エリア各地で、地域ブランドの磨き上げ、観光や地域ビジネスでの活性化、その他地域が元気になるプロジェクトに、自治体や地域のみなさんと一緒に日々取り組んでいます。そんな地域とJR西日本の二人三脚での「地域共生」の歩みをクローズアップしていきます。
【第6回 滋賀県編】はこちらから。
今までに公開した【地域×JR西日本の「地域共生」のカタチ】の一覧はこちら。
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photographs by Hiroshi Takaoka
text by Yoshino Kokubo