京都駅から滋賀県の西部を縦断し、近江塩津駅までを走る湖西線。この路線の駅を舞台に、『西日本旅客鉄道』(以下、JR西日本)の若手が集まるプロジェクトチーム「Koseiスタイル」と沿線にキャンパスのある『成安造形大学』とが連携し、駅を人々が出会い、笑顔が生まれる場所にする「湖西線アートプロジェクト」が、2021年から行われています。
温泉地のぬくもりが感じられる「おごと温泉駅」に
京都駅から各駅停車に乗って約20分、歴史ある「おごと温泉郷」の玄関口「おごと温泉駅」に着きます。ホームを降りて改札に向かう階段の両脇には、三角形のペナントを模したアート作品がずらりと並んでいます。そのほかにもおごと温泉の魅力を描いた巨大なペナントや「日よけのれん」、「湯のれん」があり、ぬくもりのある温泉地の雰囲気が感じられます。
これらの作品を作成したのが湖西線アートプロジェクト(以下、プロジェクト)です。2021年度に近江舞子駅で始まり、22年度はおごと温泉駅、23年度は近江今津駅で進んでいます。
京阪神と北陸を結ぶ地域の足として1974年に開業した湖西線。線路はほぼすべて高架で、1階の駅舎はコンクリート造り。開業当初はモダンな佇まいでしたが、半世紀を経て施設は老朽化。さらに車利用の広がりで駅を利用する人も少なくなり、暗い、古いというマイナスのイメージが拭えませんでした。
「2024年の開業50周年に向けて、地域の方々と一緒に、湖西線のイメージアップや活性化につながることに取り組みたいと話し合っていました。そんなとき『成安造形大学』の学生たちが、コロナ禍で大学での思い出が少なく、作品を発表する場がないことを聞き、学生たちの作品で駅のイメージアップを図りたいと思いました」と堅田駅の駅員であり、Koseiスタイルのメンバー兼まとめ役を務める木村真子さんは語ります。
地域とのつながりを意識して作品を作る
2021年6月、Koseiスタイルが大学に話を持ちかけると、すぐにプロジェクトが動き出しました。「湖西線の駅にアートを飾りたいという学生はこれまでもいたので、願ってもない機会でした。今回のお話をいただき、何かおもしろいものができそうだと感じました」と振り返るのは、成安造形大学未来社会デザイン共創機構助教の田口真太郎さんです。
初年度のフィールドは、琵琶湖の湖水浴場が近い近江舞子駅。有志の学生5人と駅をリサーチするところから始まりました。「暗く冷たい印象だったので、色を取り入れたアートを作ろう」と20ほどの案を提案。Koseiスタイルと打ち合わせを重ね、大きな窓からの光を生かすステンドグラス風の装飾と「おさかなポスト」の案が採用されました。
「地域の小学生と一緒に窓の彩色を行いました。主要駅にポストを置いて魚のイラストを募集し、それをデジタル化して1枚の作品に仕上げたのが『おさかなポスト』。どちらも地域の方々と一緒に作ることができました」
大学との連携を深めた2年目
アートで飾られた近江舞子駅は、「明るくなった」と大好評。翌2022年度は、大学の最寄り駅、おごと温泉駅がフィールドとなりました。この年から、地域の課題解決にアートやデザインの力を活用する授業内で、プロジェクトの企画立案を行うことになり、大学との連携がより深まっていきました。授業を担当したのは、総合領域講師の宮永真実さん。15人の学生を2チームに分けてアイデアを練り、最終的に冒頭で紹介した作品が採用されました。
プロジェクトに参加した学生のひとり、桑原歩花さんは、「予算や設置場所など、考えることが多くありましたが、企業の方々とものづくりができたことは、とても貴重な経験でした」と話し、のれんのデザインを担当した片山ひよりさんは「大学の最寄り駅に自分が携わったアートが飾られているのは、とてもうれしいです」と振り返ります。
アートプロジェクトへの参加は、学生にさまざまな学びをもたらしました。
「学生たちは、駅という公共空間や地域の方々との関わりを通して、この場にはどんな作品がふさしいのか考えました。そこには、自己表現としての作品作りとは異なる学びがあります」と宮永さん。
田口さんもまた、「企画立案だけでなく、企業や地域の人と関わりながら作品作りをすることで実経験を積むことができます。いい社会勉強にもなります。特に前期は忙しいのですが、みんな大人になりますね」とこのプロジェクトに関わる学生の変化を感じています。
駅の変化は、おごと温泉郷内でも注目されました。「おごと温泉旅館協同組合」理事長と、「おごと温泉観光協会」会長を務める池見喜博さんもプロジェクトを見守ってきました。
「アートがある駅といういいイメージを温泉郷にも広げ、若い方から家族連れまで幅広いお客さまに楽しんでいただける温泉地にしていきたいと考えています。地域の人も駅に愛着が生まれてきていると感じています」
地域の魅力をアートを通して発信
2023年度のプロジェクトは近江今津駅で行われています。駅の構内が広く、駅の東側は琵琶湖、西側には自然豊かな山が広がっています。学生たちは、すでに駅のフィールドワークを終えており、参加している山﨑宥花さんは駅を見て「広いけれども寂しい」と感じたといいます。「周囲に豊かな自然があるので、それを駅でもアピールしたいです」。
矢野秀星さんは「活用されていないスペースが多いので、いろいろなことができそう」とワクワクしました。大滝ひかりさんは構内の東西にあるガラスの扉に注目。「光が入ってきてきれいな窓にデザインしてみたい」と語ります。
企画のブラッシュアップが行われ、7月末に3つの案が決定。秋から作品の製作に取り掛かります。
日頃から市民の公共交通離れを心配している高島市 都市整備部都市政策課課長の渡会純一さん。湖西線アートプロジェクトが、列車の利用を促進するきっかけになってほしいと考えています。
「滋賀県と大津市、長浜市、高島市が連携する『湖西線利便性向上プロジェクト推進協議会』は、2022年度からこのプロジェクトに補助金を出していますが、これは期待の表れです。学生たちは風景や特産品など高島市をよく理解して作品に反映してくれました。来年には構内がリニューアルされるので、アートと相まってより華やかになるのが楽しみです」
駅を「挑戦できる場」に
Koseiスタイルもアートチーム、企画チーム、広報チームに分かれ、体制を整えてプロジェクトを支えています。現在、堅田駅で駅員を勤め、本企画チームに所属する浅井大輝さんは、おごと温泉駅でのフィールドワークをよく覚えていると話します。
「(2022年)4月に授業の一環としてリサーチにきた学生たちを案内し、駅の機能や周囲にあるものを伝えました。学生からは次々に質問が出て、みなさんが意欲的に取り組んでいました。直接駅を見てもらうことで、学生たちの発想が広がっていく様子が感じられました」
フィールドワークや施工を担当し、学生との距離が近いアートチーム。堅田駅の駅員でメンバーの山﨑大輔さんは「課題解決を学んでいる学生たちから出てくる案は、私たちには発想できないものばかりで、驚かされました。駅は地域の玄関口。こうした取り組みで駅を利用される方が増えてほしいです」と語ります。
木村さんは、通常の駅の業務とはまったく違う仕事に戸惑いつつも、おもしろさを感じています。「1年目はゼロからの出発。駅では釘1本打つにも許可が必要で、スケジュール調整や予算などわからないことばかり。しかし2年目には経験を生かせるようになり、今年は私たちも学生たちも先を見通して進められるようになっています」。
JR西日本京滋支社内で地域共生のプロジェクトを担当する中西智弘さんとダバト・ホセさんは、プロジェクトの広報や社内手続きのサポート、全体の調整などを担っています。ダバトさんは、アートプロジェクトが年々成長する姿を見てきました。「回を重ねるごとにアート作品が大きくなり、そして大学側にも体制をより整えていただいたため、参加する学生や地域の方々が増えていきました」。
中西さんは、アートによる集客や、学生たちが卒業した後も関心を寄せてくれる“関係”が結ばれていくことを期待しています。「学生も、住んでいる方にも、観光などで訪れる方にも、駅やその周辺エリアに関心をもってもらえると思います。駅のファンが増えたらうれしいですね」。
このプロジェクトを通して「駅も変わっていかなければ」と感じているのは堅田駅駅長でKoseiスタイルの責任者を務める堀川毅さん。「少子高齢化や人口減少で湖西線の利用者は減っています。駅は人と人とが出会う場所。『駅に行けばアートがある』と多くの方々に認識していただき、アートで笑顔になっていただければ、利用者も増えると思います。切符を売るだけではなく、駅が地域の拠点としていろいろなことに挑戦できる場にしていきたい。堅いイメージがあるJRですが、プロジェクトで地域の方々を巻き込みながら、地域に開かれた駅を目指します」。
大津市役所 産業観光部 観光振興課・井久保京香さんからのメッセージ
駅で温泉の温もりを感じてもらうという斬新な発想で、地域の方々に駅の新たな魅力に気づき、親しみももっていただく。これは、地域の活性化につながる大切なことです。また、学生のみなさんが企画をすることで、観光客や若い世代へアピールする機会にもなりました。今後も地域に愛され、観光客の印象にも残る企画で、地域も湖西線も盛り上がることを期待しています。
滋賀県土木交通部交通戦略課 広域鉄道ネットワーク係 主任主事 ・山脇 翼さんからのメッセージ
2022年度、おごと温泉駅で実施された「アート制作ワークショップ」に参加し、オリジナルペナントを制作しました。駅で「アート」を作ること自体がめずらしく、新鮮で楽しさがありましたし、自分が作った「アート」が展示されることで、駅をとても身近に感じることができました。その経験から、地域の人を巻き込んで、駅でワークショップを行うことは、マイレール意識の醸成を図り、沿線地域の活性化につながると考えます。また、近江舞子駅の「ステンドグラス風アート」、おごと温泉駅の「巨大ペナント」など完成度の高い作品が展示されており、今までにない駅の魅力を創出していると感じています。湖西線は来年開業50周年。県としても関係者と連携し、鉄道を活かした湖西線沿線地域の活性化を推進してまいります。
JR西日本京滋支社長・財 剛啓さんからのメッセージ
2024年3月16日には北陸新幹線敦賀駅が開業し、7月には湖西線が開業50周年を迎えます。湖西エリアに注目が集まる来年に向けて、滋賀県や沿線の皆さまと連携し、湖西線アートプロジェクトをはじめとする多彩な企画で賑わいを創出し、琵琶湖をはじめとする滋賀県の魅力を発信していきたいと考えています。ぜひ湖西エリアにお越しください。
魅力的で持続可能な地域づくりを。JR西日本が取り組んでいる、地域との共生とは?
JR西日本グループでは、2010年頃から「地域との共生」を経営ビジョンの一角に掲げ、西日本エリア各地で、地域ブランドの磨き上げ、観光や地域ビジネスでの活性化、その他地域が元気になるプロジェクトに、自治体や地域のみなさんと一緒に日々取り組んでいます。そんな地域とJR西日本の二人三脚での「地域共生」の歩みをクローズアップしていきます。
【第5回 鳥取県・島根県編】はこちらから。
今までに公開した【地域×JR西日本の「地域共生」のカタチ】の一覧はこちら。
ぜひ他の地域の事例も読んでみてくださいね!
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photographs by Yuta Togo
text by Reiko Hisashima