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多様性

連載 | こといづ

まる

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 気持ちのいい秋風が吹いて、ようやく湿気が飛んでいった。家中を雑巾で拭いて、服や家具を天日干しする。床や窓はもちろん、外壁もテラスも拭けるところは全部拭いてしまう。毎年、確信するのだけれど忘れてしまう。いろいろとややこしく考えるより、雑巾が最強なのである。問題が起こっている箇所に直に働きかける雑巾の力が、一番強い。

 子ども時代のいい思い出のひとつに、学校から帰ってくると家中ピカピカになっている日があって、母が雑巾掛けをしてくれたのだろう、家に流れる空気が澄んでいて、今から何でもできてしまいそうなご機嫌な気持ちにさせてくれた。きっとこの体験があるから、大人になっても、何か新しいことをはじめる時、うまくいかなくなった時、一段落した時に、思いっきり雑巾掛けしたくなる。

 連続ドラマ『おかえりモネ』の音楽制作がようやく終わった。昨年の夏からまる一年、ほんとうに毎日毎日、作曲を続けたなあと、作った曲数が300を超えているのをちらっと見て、その数をじっくり見ないようにしてしまう。たくさん作れたことよりも、1年間、誠実な物語の中に、たくさんの仲間と居続けられたことが幸せだ。そして、誰に気兼ねすることなく僕が自然にやってしまう通りに仕事をさせてもらえたのも、ものすごくうれしかった。

 今回の音楽制作で印象深かったのは、誰かが素晴らしい演奏をする度に、「音楽っていいなあ。音っていいなあ」と感じられたことだ。メロディがいいとか、技術がすごいとか、感情がこもっているとかではなく、たったひとつの音の響きが、ただそこに純粋にあると感じられる瞬間があった。誰が作ったとか、誰が演奏したとかを飛び越えて、自我のない純粋な音をたくさん味わえて、これが最後の音楽仕事になっても大丈夫と何度も思えた。

 僕はどこかで、やはり自分の家系がやってきたことを引き継いでいるのだと思う。祖父が寺の住職として毎日お経を唱えていることと、僕が奏でるべき音楽は似ているというより一緒だと思いたい。随分前、祖父がカセットテープを聞かせてくれて、「ほれ、かっちゃん、ほかのところではな、ここらのお経と違うお経を唱えてるんやな」と素朴な旋律の歌のようなお経を聞かせてくれた。「こういう音楽がええな」と祖父は一緒に口ずさんでいたが、そう言われてから、ずっとそういう音楽を作ろうとしてきたのだと、ようやく思い出した。『おかえりモネ』の最後の最後に作った曲は、まさにそういう音楽になってくれたと思う。一番、僕の強い力が出るところで、すっと流れてきた。『かがやき』というタイトルをつけた。

たかぎ・まさかつ●音楽家/映像作家。1979年京都生まれ。12歳から親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手掛ける作家。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のドラマ音楽、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』の映画音楽、CM音楽やエッセイ執筆など幅広く活動している。最新作は、小さな山村にある自宅の窓を開け自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、エッセイ集『こといづ』。
www.takagimasakatsu.com
文・高木正勝
絵・たかぎみかを
記事は雑誌ソトコト2021年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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