「しょせん、ゲームの世界だから」
多くの人が一度はハマるレーシングゲーム。どれだけ好成績を残しても、クラッシュのアクシデントに見舞われても、ゲームの中の出来事。しょせん、なのだ。そこは非現実であり、現実とは交わらない……はずであった。
ゲーム機「プレイステーション」のレーシングゲームソフト「グランツーリスモ」の優秀なプレイヤーを本物のレーサーに養成するプロジェクトが2008年に開始され、ルーカス・オルドネス氏がゲーマー約2万5000人の初代王者になった。当時大学院生だった彼は、これを契機に英国でレーシングライセンスを取得。2009年にドバイでの24時間耐久レースを完走、自動車耐久レースの最高峰「ル・マン24時間」にも参戦して実績を重ねた。
2011年に開催された同プロジェクト(「GTアカデミー」ヨーロッパ大会)で、約9万人もの参加者の中で優勝したのがヤン・マーデンボロー氏。ドバイ24時間耐久レースでデビュー後、FIAヨーロッバ・フォーミュラ3選手権や日本のSUPER GTシリーズで活躍している。レーシングゲームが本物のレーサーへのパスポートになり、非現実と現実が交わってしまった。
「グランツーリスモ」は空想よりも肉体的リアリティを反映したゲームだと言われており、シミュレーターとして現実に近い挙動をするように設計されている。コンピューターにより精度の高いシミュレーターが実現し、いまやF1ドライバーもレースの準備に使っている。ゲームがシミュレーター化したことで、ゲームのプレイヤーとプロのレーサーが交錯するようになった。
ゲームがシミュレーターとなり、ビジュアルは細部まで現実に近づいた。足りないのは、レーシングカーが実際に動いた時の体感、重力への対応だ。裏を返せば、その対応さえできれば有能なゲーマーが、本物のプロレーサーになれるかもしれない。好奇心が仮説となり、仮説は実証された。ゲーマーがドライバー養成プログラム「GTアカデミー」で鍛えられ、ゲームから実戦の世界へと羽ばたく。漫画のようなストーリーだが、実話も実話だ。
F1をはじめ、世界で活躍するレーシングドライバーの小林可夢偉さんに、「レースシミュレーションゲームがうまい人は、実際のレースでも活躍できる余地はあるのか」と聞いてみた。可夢偉さんは「ある」と断言し、「高精度のシミュレーションゲームがうまい人が本物のレースで通用し、プロのレーサーはゲームもうまい」ことについて違和感を持っていない。実際、可夢偉さんもトレーニングの一環でゲームを活用している。たとえば、ブロックピースがフィールドの上方からランダムに落ちてくるパズルゲーム「テトリス」は、スピーディに次を予測し反応せねばならず、レーサーのトレーニングに役立つという。
超高速で走りながらポールの旗を見て風向きがどちらかを知り、ブレーキを踏むタイミングを判断する。300キロを超えるレースでは、ブレーキを踏むタイミングのわずかな差が大きな結果の差を生む。ゲームがその判断力を養う一助になっているというから驚きである。
現実と非現実の境界線は、どんどん微妙になっているのだ。