ほくほく

連載 | こといづ | 111 ほくほく

2022.10.15

にょき、にょきにょき。今年の夏は畑がうまくいってうれしい。初心にかえって、ていねいに、観察と直感に従って働いてみた。僕たちらしい畑になったと感じるのは、畑を山とつなげられたからだと思う。何度も山に入って、きのこを見つけては周囲の落ち葉や腐葉土を分けてもらった。ほくほくした、これこそこの星の愛のような腐葉土の香りに包まれて、畑も安心しているようだった。やっぱり手をかけただけ、心をかけただけ素晴らしくよくなるものだ。上うま手くいかなかった年のことを振り返ると、よっぽどほかのことに心を奪われていたのだと気づく。草刈りひとつ、水やりひとつ、土づくりひとつ。どの作業も地味であっという間に一日が終わってしまうけれど、一つひとつの時間の積み重ねが、ぎゅっと野菜という美しい形に変わる。つやつやの茄なす子のかがやきには、ちいさな種から芽が出た時の喜びや、ようやく育ってきた苗を寒さから守り続けてきた忍耐や、ぎらぎらの太陽を一緒に浴びた笑顔が詰まっている。野菜が我が子のようでもあるし、自分たちを育んでくれた母のようでもある。

久しぶりにピアノ・コンサートの準備をしている。3年近く人前で演奏していなかったようで、そもそもコンサートってなんだっけと、ふわっとした気持ちがある。これまでいろいろなコンサートをやってきた気がするけれど、今回は、これまでになく家で家族と過ごしてきたのだから、家そのままを舞台に持っていけたらいいなと単純に思った。でも、そのままというのが、いちばん難しく(山のように虫や鳥もいないしなあ)。家で弾いているように舞台でも弾けたらいいのにと思いながら毎日練習していても、難しい。やっぱり、きちんとコンサートとして成り立つように考えないと駄目かなあと弱音を吐きそうになって、それでも、それでもと、もがき続けた渦の先に、ここかという中心が見え隠れする。思っていた以上に、なんでもない普通のことか。自分の心の、あれもこれも取り払った、“うぶこい”、そのまんまの、腐葉土みたいなよい香りがするところで、舞台でも弾ければいいな。なぜ、コンサートをするのか、なぜ、誰かに、ピアノを聴いてもらいたいのか。聴きに来てくれる人の顔を思い浮かべると、こんな弾き方がいいな、あの曲も弾いてみたくなる。自分事は終わりにしよう。

夏のさなか、家のいっせい大掃除がはじまる。家中の埃を外に追い出して、あらゆる箇所を雑巾掛けしていくと、家が数倍広くなったような気がする。「掃除っていいね。掃除する前は自分だけの家っていうか、誰にも見せられない、来てほしくないって思っていたけれど、掃除が終わると家が自分のものじゃないような、家から自分が消えていったような。だから誰でも来ていいよ、誰でも使っていいよって思えるね」と、妻が息子にご飯を食べさせながら、ほくほくしている。

たかぎ・まさかつ●音楽家/映像作家。1979年京都生まれ。12歳から親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手がける作家。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のドラマ音楽、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』の映画音楽、CM音楽やエッセイ執筆など幅広く活動している。最新作は、小さな山村にある自宅の窓を開け自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、エッセイ集『こといづ』。
www.takagimasakatsu.com

文・高木正勝
絵・Mika Takagi

記事は雑誌ソトコト2022年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。