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多様性

連載 | ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ

未熟者は「へへへ」とわらう。

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神様のような誰かがピピーッ!と笛を吹いて、その手下らがとてつもなく長い紐をピンと張り、世の中の男性に「おじさんか、それ以外かに分かれなさい」と言い放ったなら、僕は右往左往して、双方から「お前、あっちだろ!」と言われるような年齢だ。30代前半というのは、若者ぶっても中年ぶっても誰かを不快にさせることがあり、20代の頃よりも人目を気にするようになった気がする。

おっさん”の未来について考えるイベントに出ませんか、という依頼がきたのは、そんなことを考えている時期だった。尊敬する木津毅さんの著作『ニュー・ダッドあたらしい時代のあたらしいおっさん』の刊行記念イベントだ(世の中にはいろいろなイベントがある)。自分はどの立場から“おっさん” を見つめればいいのか分からないし、お断りしようかとも思ったが、この本がまあ、痺れる名著で感動してしまい、読後の勢いそのままに「お受けします!」と返事をしたのだった。

当日まで考えていたことは、これまでご一緒してきた20歳以上年上の男性たち(以下、“ ナウ・ダッド” とする) に対し、自分はいったい何を感じてきたのだろう、ということだった。思わず涙腺がゆるむ思い出、今も苦笑いをしてしまう体験、それらすべてを記憶の棚から引っ張り出し、そこに貼られた付箋を読み返すようにして気づきを振り返ると、メモはノート3 ページにもなった。「男はだまって、という美学は根強い」「彼らは、あまりイチャイチャしない(褒め合わない・労い合わない) 」「彼らにも欲がある」。

そう、彼らにもしっかりと欲があると気付いたのは、正直、この数年の話だ。我々は、加齢が進むにつれ、食欲や性欲は減退していくと、どこかで誰かから教わる。それは、「欲」そのものが年とともに褪せていくし、なんなら褪せるべきなのだ、という刷り込みにつながっているのかもしれない。イベントの参考資料として取り寄せた男性誌の「おっさん特集」では、若い女性たちが「モテようとしてるのは“イケオジ”じゃない」と答えていた。イケオジはむしろその逆で、若づくりもNG。大切なのは清潔感だ、と言って笑っていた。久しぶりに開いたフェイスブックでは、ずいぶん昔にフォローしたベテラン・クリエイターの男性が「若い人には負けられない! まだまだこれからだ!」という趣旨の長文を投稿していて、それを見た友人が「まだ欲しいんだ」と言った。ナウ・ダッドの「欲」に対して僕らは寛容ではない、って何様なんだ、と自分で言いながら思う。

ナウ・ダッドらの欲は、若者がもっている食欲や性欲のように、わかりやすい形をしていないだけなのだろう。人間の欲は、歳とともに退化するのではなく、進化していく。僕も、男性誌の中の女性陣も、明日は我が身であることを重々自覚しておかねばならないし、まして人生100年時代。僕らの欲は、ナウ・ダッドたちよりもっと複雑で壮大なものになるのではないか。

というわけで僕は、「若さ」を取り戻したいという欲を笑えないし、そういう人がいるのも自然なことだと思う。それよりも問題なのは、「若さ」をいつまでも手中に収めておきたいと思いながら、己の未熟さはないものとする大人の傲慢さだろう。作家のジャーメイン・グリアが「若さはひとときのものだが、未熟であることは永遠に可能だ」と言っていたが、そもそも人は、一生を通じて未熟者のはずだ。それは美徳めいた話ではなく、ただの事実なのだと、去りゆくナウ・ダッドたちを見て、学んできた。それは自分にとって救いでもある。僕たちは「完全」には至らないまま、最期を迎えていいのだ。

だから僕は、未熟者として弁えながらこの先も生きていこうと思う。先月、34歳になった。双方から「お前、あっちだろ!」と言う人々に「そんなもん、どっちでもいいわ!全員未熟者だろうが!」と叫んでは長い紐を引きちぎり、神様のような誰かの笛を奪い取って叩き割る……というような勇気はないので、ひとまず右往左往しながら「へへへ」と笑っていようと思う。未熟者にはお似合いである。

文・太田尚樹 イラスト・井上 涼

おおた・なおき●1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。

記事は雑誌ソトコト2022年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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