日本人の感性を描いた随筆。
今回紹介するリトルプレスは、拙著『詳解 陰翳礼讃』。谷崎潤一郎が昭和8年(1933年)に日本家屋に電灯も電化製品もなく人々が暮らしていた当時の日本の美と、生活と自然とを一体化させて暮らす日本人の感性を描いた随筆は、当時の雑誌『経済往来』に2回に分けて掲載された。その美しい文体と、日本古来の美意識に対する考察は、日本国内だけでなく、海外の知識人や映画人にも影響を与えている。
ただ、昭和8年に書かれた文章は現代の日本人が読むには、言葉の使い方や、読み方、意味を理解するには難しい。専門用語などもあることから、改行なども調整し、欄外には詳解を掲載した。
例えば、冒頭に出てくる「普請」には「ふしん」とふりがなをうち、「現代でいう建築のこと。互助活動や相互扶助……(以下略)」と解説を欄外に掲載する。「朝顔」は「男性用小便器」とし、そのイラストを掲載した。また現代の家屋では見ることがほとんどなくなった「長押」は、建築の用語だが、図で形状や位置を示してみた。
平成28年(1996年)、谷崎潤一郎の死後50年が経過。著作権が切れ、このような形での出版ができるようになった。一方、TPPが発効され、平成30年12月30日より著作権の保護期間が死後70年となり、その後20年近くこのような作品は生まれなくなった。
著作権法の最終的な目的が、「文化の発展に寄与することを目的とする」と明示されているにもかかわらず、著作権者のみの保護に重点が置かれていることは、著作物の衰退を招いていくことになる。
過去に『星の王子さま』が著作権切れでさまざまな広がりを見せたことや、『不思議の国のアリス』が今でも世界の人々に愛されている理由の一端に著作権法がある。保護期間だけでなく、現代の著作権法には文化の発展に寄与することから考えると首を傾げる運営も多い。誰もが著作物を楽しみ、出版物という著作物の未来を明るいものにするために、出版に関わる人々は考え、実行してほしい。
言葉の意味がわからないとき、現代ではスマホやパソコンで「検索」することが多い。注意しないといけないのは「検索」で表れる「意味」をそのまま受け入れるのではなく、文脈の中では正しく選び判断すること。意味は複数が表示され、恣意的な意味や、広告主に都合のよい意味も交じり、文脈から判断しないと「意味」そのものを間違ってしまう。
コロナ禍の今も、「クラスター」という新語がテレビやネットにあふれている。従来の日本語であれば「集団感染」でしかない事象を、なぜ「クラスター」と言うのか。「集団感染のみ対応する」を「クラスター対策を行う」と言い換えたことに理由がある。発表された文脈を読むことによって、理由に隠れていたことを目にするができる。
今回、文章を理解するためには言葉の意味は必須と考え『陰翳礼讃』に「詳解」を付けた。だが、彼の論理や主張、美学は「文脈」の中にこそ表れる。「文脈」を忘れつつある現代だからこそ『陰翳礼讃』を読み、「意味」を理解してほしいと思う。
今月のおすすめリトルプレス
『詳解 陰翳礼讃』
隠された日本家屋の美「光と陰」を、谷崎潤一郎と考える。
発行:451ブックス
著者:谷崎潤一郎
解説:根木慶太郎
148mm×210mm
83ページ
2020年8月(改版)、880円
「リトルプレスから始まる旅」執筆者から一言
「リトルプレスから始まる旅」は最終回です。2012年5月号の連載開始から今回の98回を迎えることができたのは、編集部の変わらないご支援と励まし、リトルプレスの作家の方々、そして稚拙な紹介にもかかわらずおつき合いいただいた読者の方々のおかげです。またどこかでお会いできる日を楽しみにしております。8年間と半年、ありがとうございました。