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多様性

連載 | 今月の無罪

依頼者との距離感

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目次

1 依頼者に寄り添う

 「依頼者に寄り添う」「自分のことのように親身に相談に相談に乗ってくれる」という弁護士がよい弁護士とよく言われます。しかし、僕ら弁護士に依頼してくる方々は、人生に一度あるかどうかというトラブルを皆抱えています。その全てのトラブルを「自分のこと」として抱えてしまったら、さすがに弁護士も人ですからメンタルが持ちません。弁護士の自殺率が高いという話を聞くこともありますが、抱えている仕事のプレッシャーや量だけでなく、依頼者との距離の取り方もその一因になっているのかもしれません。

2 忘れられない事件 

 僕には忘れられない事件があります。依頼者と僕の関係が、弁護士としての付き合いを超えて、兄弟や家族のような距離感になってしまった事件です。

 事案は17歳の少年が同居していた父親を包丁で刺し殺したという親殺しの殺人事件です。弁護士登録半年で受けた初めての重大事件でした。

 両親は離婚をし、母親と兄姉とは交流はあるものの、なぜか少年だけが父親と同居していました。

 弁護士に登録して半年という不安しかない中、接見に行きました。目の前に現れたのは本当に普通の17歳の男の子。初回接見の約2時間、淡々と事件のことは語ってくれるのですが、殺した動機はわかりませんでした。

 僕の聞き方が悪いのかもしれない、心を開いてくれていないのかもしれない、などと色々な悩みを感じながら、ほぼ毎日のように警察署に接見に行きました。

 時系列を追って確認していけば、何か見えるかもしれないと思って、生まれてから事件に至るまでの時系列を詳細に作っていきました。弁護士になって10年以上経ちますが、詳細な生い立ちをまとめた時系列表が20枚近くなったのは、この事件だけではないかと思います。それでもなぜやったのか、その動機は見えませんでした。

 また報道などで「ネットの掲示板で煽られた」という記事もあったので、掲示板でのやりとりも確認しました。しかし「父を殺す」「やれるもんならやってみろ」という程度のやりとりしか出てこず、「なぜ殺そうと思ったの?」という質問に対する答えにはつながりませんでした。ネットの掲示板に煽られた、というのは警察が勝手に描いたセンセーショナルなフィクションでしかないと思います。

3 その後

 約20日間の勾留を経て、事件は家庭裁判所に送致されました。

 少年は鑑別所に入りました。鑑別所での面会は、警察署と異なり、間にアクリル板がありません。その頃には僕と少年の距離感は依頼者と弁護士を超えて、本当に兄弟のようになっていました。家庭裁判所に送致されるまでに少年と僕が話した時間は、合計30時間は余裕で超していたと思います。少年も、最初の頃のような硬さもなくなり、面会に行くと本当にたまにですが笑ってくれるようになりました。

 鑑別所にいる間に、少年は18歳になりました。ささやかなお祝いもしました。

 家庭裁判所では家庭裁判所調査官が、心理テストや出身校に照会をかけるなどして、少年の心身鑑別を行います。その報告書を見たうえで、調査官とも面談をしましたが、やはり動機はわかりませんでした。

 家庭裁判所の判断は検察官送致(逆送)でした。これは大人と同じ裁判員裁判を受けて刑を決めなさいという判断です。僕としてはその結論に納得は行きませんでした。

 少年の犯行動機そのものはわからないところがありますが、家庭環境や成育歴をみれば、犯罪性向が進んでいる子でないことはわかっています。発達に問題がある可能性も精神鑑定の結果としてでていました。さらに母親と兄姉とも協議をし、引き取ってもらえるような環境調整もしていました。大人の裁判を受ければ少年刑務所が待っています。少年に適しているのは刑務所ではなく、家庭内での立ち直りか、少年院での教育だと考えていたのですが、結論は大人と同じ裁判を受けて少年刑務所へという判断でした。

 僕は少年と面会し、「大人と同じ裁判だけど、頑張ってよりよい結果を目指そうね」という話をしました。

 しかしその数週間後、少年は拘置所内で亡くなってしまいました。

4 拘置所からの報告

 拘置所からその報告を受けた僕は混乱の極致でした。

 拘置所の説明は、朝見回りに言ったら、亡くなっていた、というもの。到底この説明に納得などいきません。

 暴行を受けたんじゃないか、なにか病気を見落としていたんじゃないか、見回りをしっかりしていれば異変に気付けていたんじゃないかなどと拘置所を疑い、調査を求めました。

 司法解剖なども行われましたが、疾患もなく原因不明でした。やり場のない怒りと無力感だけが沸き上がりました。

 少年の葬儀は拘置所側が負担をして、とり行ってくれました。少年の家族と僕が出席しました。少年のご遺体を見たとき、涙が止まらなくなりました。その後も、しばらくは少年を思い出して、泣きそうになることがありました。

 今も少年の本当にたまに見せてくれた笑顔を覚えています。先輩弁護士が、「(僕が)少年が人生で唯一本当に心の許せる相手になってたんじゃないか」と言ってくれました。

5 依頼者との距離感

 この事件を経て、事件の依頼者と弁護士としての僕の距離の取り方を考えました。依頼者に寄り添うことを続けたら、僕のメンタルが持たないなとも思いました。この時初めて修習時代に教官に言われた「他人事だという気持ちを忘れるな」という意味がわかりました。

 仕事柄、依頼者が本当に可哀そうだと思い、寄り添いたくなる事件は多くあります。しかし、自分だけでなく、後輩弁護士などに相談を受けた際も、適切な距離感をとることも大切だよとこのエピソードを交えて、伝えるようにしています。

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