1960年代に思春期を過ごした永井宏さんが1988年に出版した『マーキュリー・シティ』は60年代の空気や文化を振り返りながら、1980年代後半の日本を、東京を語ろうとしている。美術作家として活動しながらさまざまなところで文章を書き、小さなギャラリーを運営し、出版レーベルを作った永井さんは「誰にでも表現することができる」という考え方を世の中に推し進めた人だ。鎌倉にある名物カフェ『カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ』店主の堀内隆志さんや料理家の根本きこさん、2000年代に次々と現れた「暮らし系」のメディアなど永井さんに直接、間接の影響を受けた人たちは少なくない。今年、ひょっこり復刊されたこの本が今も瑞々しさを失わないのは、消費文化や物質主義社会への反動として起こった60年代のカウンターカルチャーのなかで生まれた音楽や文学、アートを紹介しながらあの時代の精神性のようなものを、後の世代につなげていこうとする永井さんの強い意志を感じるからだろう。60年代に芽吹き、今も灯台のように我々の眼前を照らし続けるもの。この本もそうした一冊なのだと思う。
『マーキュリー・シティ』
著者:永井 宏
出版社:mille books