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アジア初の認定を機にまちに変化が。
岡山県西南部に位置する井原市(いばらし)には、美星町(びせいちょう)と呼ばれるまちがあり、その高台には国内有数の口径101センチメートルの望遠鏡を備えた「美星天文台」がある。「美星」という名前の通り、美しい星空を堪能できる場所。2021年、国際ダークスカイ協会(IDA)により日本で3番目の星空保護区®️に認定され、地域が対象となる「ダークスカイ・コミュニティ」のカテゴリーでアジア初の認定という快挙を成し遂げた。
美しい星空を守る取り組みは、今から30年以上前に始まった。人工的な光は神秘的な星空を望む機会を妨げるだけでなく、資源エネルギーの浪費や動植物の生態系への影響を招く恐れがあることから、井原市は「光害防止条例」を全国に先駆けて制定。夜間の屋外照明の消灯を推奨したり、サーチライトなどの投光機を使用する際の方向を水平以下に限定したりと、地域が一体となって美しい星空が見える環境を守り続けてきた。
しかし、時代の変化とともに別の問題も発生。蛍光灯に代わって白色LEDの防犯灯が普及し始めたことより、水平よりも上方に向かう光が問題になってきた。そこで井原市は、電機メーカーの『パナソニック』に協力を依頼して、光害対策型のLED照明器具を開発。美星町内の屋外照明に導入したことも星空保護区の認定を後押しした。
星空をまもるあかり
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これまでの星空にまつわる取り組みについて、井原市出身で同市のプロモーション事業に携わる『ビザビ』の佐藤勢一郎さんは次のように話す。
「この『ダークスカイ・コミュニティ』のカテゴリーでの認定は、一朝一夕では成し得ないもの。官民が一体となった30年以上にわたる継続的な活動と、未来のまちづくりを見据えた発展性があったからこその認定でした。これまで井原市は“星空”の一点突破で観光誘致に力を入れてきたのですが、元々観光地ではなく、宿泊施設等も少なかったことが課題でした。しかし、この認定に向けた一連の活動をきっかけに移住者が農泊を始めたり、新しいホテルが誕生したり、またペンションを大規模改修するなどして、市外からの人を呼び込む態勢が少しずつ整い始めました。星を中心としたまちづくりを通じて、その可能性に気づき、地域の意識が変わり始めたんです。」
星空観光を起点とした市内外の方々との関係人口創出への取り組みが加速していくなか、地域住民に大きなインパクトを残した出来事があった。井原市未来創造部定住観光課(現:観光交流課)が昨年3月に開催した野外ダイニングイベント「星降るレストラン」だ。満天の星の下で井原市の食材を使った地元シェフによるコース料理やワイン、地域に古くから伝わる備中神楽を楽しむ内容で、井原市外の在住者50人の定員に対して全国から6200人以上の応募があった。
非日常空間で五感を刺激されるような体験を通じて、井原市の魅力を実感してもらったこのイベントの成功を受けて、今後は「地域の稼ぐ力」を育成するために、行政主体の事業から民間主体の取り組みにつなげていく。すでに多くの市外事業者から「星降るレストラン」の事業化とそれへの協力提案が来ており、翌年度からの実施に向けて、官民が連携して準備を進めているとのこと。
星降るレストラン
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「井原市では星空の魅力を発信する人を増やそうと『星の郷 美星マイスター養成講座』の開催をはじめたり、地域からさまざまな体験型コンテンツを生み出す、官民共創型のワークショップを継続して行っており、外国人の集客やグランピングなど今までにない取り組みのアイディアが地元住民から自発的に生まれるようになりました。また、商店街活性化を目的としたアートフェスを主催する団体『いばらアートループ商店街』の事務所が、週末に一般の人々に開放されるようになったことで、小・中学生から大人までが集まるスペースとなり、地域づくりについて話し合う機会が増えてきました」と佐藤さん。星空保護区の認定を機に、地域が主体となった取り組みが誕生しようとしているのを感じるそうだ。
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写真を軸にしたステイケーションでまちの魅力を発見。
昨年11月、約12,000人の写真好き、旅好きの一般女性が集まるカメラ女子コミュニティ『カメラガールズ』の編集部4名が井原市に数日間滞在し、地元の人々と交流を通じて作品を制作するステイケーションを実施した。
『カメラガールズ』代表の田中海月さんは、岡山県の他の市には何度も足を運んだ経験があるものの井原市の滞在は初めて。『星空ペンション コメット』に滞在して市内の撮影を楽しみながら、先の『いばらアートループ商店街』にも協力を仰ぎ、子どもから大人までが参加できる写真ワークショップを実施。また、『カメラガールズ』のメンバーが撮影した写真を用いて井原市の滞在記やおすすめスポットなどを掲載したフォトブックの制作も行った。
田中さんは滞在中の印象的な出来事として、同ペンションに滞在した時のことを話してくれた。
「ペンションはとてもきれいでおしゃれ。若い女性でも泊まれる気持ちのいい空間でした。オーナーの川上直哉さんがとても気さくな方で、友だちのように接してくれました。この土地のこと、料理に使っていた食材のことなど、こちらが質問したことに対して何でも教えてくれて、まるで親戚のおじちゃんのような存在で、都会では感じることが難しい、気持ちの通ったふれあいが本当に楽しいものでした。」
また田中さんは、滞在中にカメラを片手にまちを散策。観光スポットだけでなく、自身が井原に暮らしているような気持ちでまちの印象的なヒト・モノ・コトにレンズを向けた。「今は“インスタ映え”で話題になったものをみんながまねて撮り、SNS にアップするのが主流です。しかし、地方ではそういった情報が検索しても出てこない。だから、自分でいいところを見つけて自分でベストな撮り方を考えることが必要でしたが、それは今まで感じたことがない楽しさでした。もちろん星空や皆既月食なども撮影しましたが、井原市には実は印象的な風景が多くてどこを撮っても絵になる。『暮らすように旅する』この滞在以降、地方の魅力を探す視野がグッと広がったように感じています」と田中さん。自分を変えた旅となったようだ。
滞在中は写真ワークショップを2回開催し、田中さんは参加者に撮影テクニックをレクチャーした後、市民なら誰もが知っているまちの風景などを実際に撮影する時間を参加者と過ごした。「公園や電柱など特別なスポットや風景ではないのに、田中さんの視点で切り取られた写真は、地域の参加者にとってはいつもと違う印象だったようで、とても驚いていましたね。『外の人から見たら、井原ってこんな感じに見えてるんだ!』と、地域の人に新しい価値観を伝えることができたひと味違った滞在になりました」と佐藤さんはステイケーションを通じたシビックプライドの醸成にも手応えを感じたという。
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“星空”を軸に地域が変わり始めた井原市。市内の中学校や高校でもまちづくりに積極的に取り組む学生も多く、市内の各地区では、まちづくり協議会による耕作放棄の活用や特産品づくり、賑わいづくり等、シニア世代がさまざま活動に力を入れている。しかし、すべての世代がまちづくりに参加できるような土壌はなかなか育まれず、地域課題の解決には、牽引力のあるプレーヤーが必要であるという。
井原市との関わりしろを作って新たな活動を生み出す。
同市の出身でもある佐藤さんは、「井原市も他の地域と同様に人口減少は避けられない状況ですが、コンパクトであっても元気なまちでありたい。それには広い視野で地域をつなげられる人、事業をつくっていける人が地域から生まれて、まちが停滞しないのが理想です。しかし、地域内だけではプレーヤーが足りないので、市外の人にも積極的に関わってほしい。先述の『いばらアートループ商店街』の事務所は関係案内所としての窓口でもあります。毎週土曜日にいらっしゃるスタッフの柳本真吾さんを訪ねると地域の色んなことを紹介してもらえるので、最初に立ち寄ってほしいですね」と話す。
また、今回の滞在で大きな気づきを得た田中さんは、他の場所にはない魅力が井原市にはあると振り返る。「星空がきれいということは自然豊かな場所にあるということですが、安全面から女性ひとりで行くには怖いことがありますよね。だけど井原市の場合、看板などにも星の要素が入っていて自然と気分が上がったり、星空鑑賞に影響を与えない屋外照明にまちが照らされているので安心できます。まちなかなのに星が肉眼でも見えるので、星空を撮りたい人にとってはうれしいことがたくさんあります」。
さらに田中さんは、12,000人のコミュニティを作り上げてきた経験から、もっと気軽に井原市との関わりしろをつくることを提案する。「好きなものが共通する人とはつながりやすいので、星をテーマに井原という地域とカメラ女子がつながり、ハッシュタグコミュニティを育成するのはいいでしょうね。すでに井原には『星空カメラガール』というコミュニティがあるので、そのメンバーを中心に活動を継続し、関与する人を増やしていくのが良さそうです。また、『星空ペンション コメット』オーナーの川上直哉さんは、井原市外の人と関わるのが好きな方だと思うので、コメット滞在者と地域の人をつなぐコミュニティを始めるのも楽しそう! 私なら必ず入ります(笑)」。
たくさんの可能性を秘めた井原市。
星空と地域が素敵に交わるこのまちは、新しい何かが生まれる可能性に満ちている。
星空と地域が素敵に交わるこのまちは、新しい何かが生まれる可能性に満ちている。