方言の強い岡山県から、これまた方言の強い石川県へと移住した筆者。引っ越してきたばかりの頃は、石川県の独特の言い回しやイントネーションに戸惑いつつも、カルチャーショックを楽しんでいました。その中でも、とくにびっくりしたのが、標準語とは少し違う意味を持つ“ニュアンス方言”。「かたい子?!」「きかん…?」「階段がひどい??」と、一瞬頭の上にはてなマークが飛んでしまうこの言葉たち、実は石川の方言なんです。どんな意味なのか、実例を交えつつご紹介します!
どんな子?!「かたい子やねぇ」
なので、「かたい子やねぇ」と言われると…カチコチに固まった子ども?それとも筋肉質な子ども??とはてなマークが飛び交います。しかし、石川県ではとってもほほえましい場面で、にこやかに使われるフレーズなのです。
子ども「おばあちゃん、久しぶり!」
おばあちゃん「あっら〜、元気しとったかいね?おっきなったねぇ」
子ども「元気やよ、おばあちゃんも元気で長生きしてね!」
あばあちゃん「まあ、かたい子やねぇ!こりゃ長生きしんなんわ」
つまり、
かたい子…かしこい子、利口な子
という褒め言葉的なニュアンスの方言なのです。小さな子どもに対して使われることが多く、大人を指して「かたい人」と使うことはほぼありません。
筆者は初めて聞いたとき「(かたい子…?堅苦しい子ってことかな?)」と、すぐに反応できませんでした。しかし、こういった会話のシーンは意外と多いもの。子どもに対して「お利口ちゃんだね〜!」と褒める言葉なので、使いやすいのでしょう。
石川弁:元気しとったかいね?
標準語:元気にしてた?
石川弁:長生きしんなんわ
標準語:長生きしなきゃいけないね
え、どういうこと?「あの人、きかんわ」
たとえば、このような場面で会話に登場します。
マダムA「昨日、Cさんとランチ行ってんて」
マダムB「あら、いいじ」
マダムA「カレーが食べたかったんに、Cさんは絶対ラーメンって言うげん。あの人、きかんわ」
標準語に訳すと、次のようなやりとりです。
マダムA「昨日、Cさんとランチに行ったのよ」
マダムB「あら、いいじゃない」
マダムA「カレーが食べたかったのに、Cさんは絶対ラーメンって言うのよ。あの人、自分の意見が強すぎる人だわ」
つまり、
きかん…自分の意見が強い、我が強い、わがまま
というニュアンスのある方言です。漢字に変換すると「聞かん」でしょうか。
おそらく「人の話を聞かない」「人の意見を聞こうとしない」という意味から派生した言葉だと思われます。
ちなみに、怒りを込めて「きっっっかんわ!」と強調されることも多いです。
例文:「うちの息子、最近きっかんくて嫌になるわ!」
筆者も、はじめましての場面でにこやかに挨拶して別れた後、となりのネイティブ石川県民から「きかんそうな人やね」と耳打ちされたときは思わず「え?」と聞き返してしまいました。
この場合は「自己主張な強そうな人だから、気をつけたほうがいいかもね」というニュアンスでの耳打ちでした。少し考えれば「あー、そういうことか」と理解できるのですが、慣れるまではちょっと時間がかかります。
階段に何されたの?「あの階段ひどいわ…」
たとえば、このような会話に出てきます。
A「部屋は3階やよ」
B「これ登らんなんの?もう、階段ひどいわ…」
標準語に直すと、以下のような会話になります。
A「部屋は3階だよ」
B「これ登らなきゃいけないの?もう、階段はしんどくて嫌だよ…」
つまり、
ひどい…しんどくて辛い、疲れる
というニュアンスの意味を持つ方言です。
「階段ひどい」は石川県にいるとたまに耳にするフレーズではありますが、初めて聞いたときは、なんだか階段が擬人化されているようで、面白く感じたのを覚えています。
例文1:顔色の悪い人に対して「どうしたの?ひどいの?」
例文2:「すみません、ちょっとひどくなってきたので、帰ります」
ポイントは、「〜が」という主語がなくて「ひどい」という動詞ひとことの中に「体が」「心が」というニュアンスが含まれていること。顔をしかめて「ひどい」と言うと、相手に対して「なんてひどいことするの!」というニュアンスよりも(その使い方ももちろん通じますが)「体調が悪い」というニュアンスを伝えられるのです。
多くの場合、話の流れや状況でどちらの意味の「ひどい」なのかは判断できますが、これも慣れるまでは少し時間がかかりました。
石川で聞くと違和感のあるニュアンス方言「かたい」「きかん」「ひどい」
石川県の人が「昔はかたい子やったんに、今はきかんげんよ!もうほんとひどいわ」と話しているなら、それは「昔は大人しくて賢い子だったのに、今はわがままで意地っ張りなのよ。もう本当に辛いわ」という意味です。
石川県は、能登半島という位置もあり、関西と関東の文化が入り混じりつつ独自の発展を遂げてきた土地です。方言も、語尾は関西弁のような雰囲気ですがイントネーションは標準語に近かったりと、日本全国でも独特の言い回しやうねり感があります。
全国には、まだまだ知らない方言がたくさんありそうです。方言を通じて文化に触れるのも、面白いですね。
文:岡田有紀