「ドヤ街」・山谷エリアには多くの日雇い労働者やホームレスが生活しています。彼らと住民、観光客……、山谷の多様な人々がお互いを知る“入り口”になる、そんな場所が、『さんやカフェ』です。
「ドヤ街」・山谷にある、“みんなの入り口”カフェ。
「山谷」は東京都荒川区と台東区がまたがる場所にあり、いわゆる「ドヤ街」「寄せ場」として知られる。歴史的にも古い“木賃宿街”で、日雇い労働者向けの簡易宿泊施設がところ狭しと並ぶ。そういった宿泊施設は、今も日雇い労働者や生活保護受給者が利用しつつも、宿泊料の安さから近年では外国人観光客の滞在も多い。一方で労働者の高齢化、不景気などから閉業する施設も多く、跡地に大規模なマンションが建つなど、モザイク状の発展が見られる。
この場所に『さんやカフェ』がある。2018年3月にオープンしたこのカフェを運営するのは、山谷で「多様性を活かしたまちづくり」をテーマに、宿泊施設の運営やまちの清掃活動などを行う団体『結 YUI』。地域に関わる人同士の信頼関係の構築を目指し、観光を通した地域の活性化や、ホームレスの居住支援、生活支援などを行う。『さんやカフェ』も、その活動の一環として立ち上げた。コンセプトは、「山谷に住む人、訪ねる人の”入り口“となるカフェを」。利用者の8割を外国人観光客が占める簡易宿泊所『ホテル寿陽』の1階に店舗があるため誰でもアクセスしやすく、住民、労働者、生活保護受給者、観光客などさまざまな人が同じ空間で過ごせる場所になっている。
メニューはコーヒーやスムージーなどのカフェメニューのほか、カレー、パスタ、丼ものなどの食事や、プリン、ケーキといったデザート、酒類など。メニューだけ見るなら普通のカフェだ。
しかし、『さんやカフェ』にはここならではの試みがある。スタンプカードが貯まるか、事前に自分が飲まないコーヒー代を払うかすれば、店に来る「お金に困っている誰か」にコーヒーを1杯ごちそうすることができる「おもいやりコーヒー」のシステムだ。そんな人が店にやってきたとき、カードのストックがあれば、それを使って無料でコーヒーを飲むことができる。ほかにも、生活保護のためのお金をもらってもすぐに使ってしまう人のために、月の初めに食事券をまとめて買えるようにもしている。
「安心できる居住空間と自尊心の回復」が必要。
『さんやカフェ』のオーナーは、『結 YUI』の代表理事でもある義平真心さん。都市工学を通してまちづくりの研究をしていたが、約20年前から山谷に来てボランティア活動に参加するうちに、山谷のまちづくりにはソーシャルインクルージョンや福祉の視点が必要だと感じた。
数あるドヤ街のうち、山谷に関心を持った理由は、「ほかのまちは労働者がいる区画と、そうではない区画がはっきり分かれています。でも山谷はいろんな人が渾然となって生活している。それでいながら、みんなお互いのことを避けている。昔あった暴動も原因の一つです。山谷ではいまだ貧困が大きな問題ですが、まちづくりのタネは多くあります。それを芽吹かせるために、信頼を築く必要があると思いました」。
やがて義平さんは、地域の宿泊施設オーナーから観光客向けの簡易宿泊所を任されるようになり、数年後には悲願だった生活保護受給者のための福祉宿の経営にも携わるようになった。そんな経験の中で、確信したことがあった。
「自尊心の回復には衛生的な居住環境、安心感と理解ある社会環境が必要です。それらが足りないとセルフネグレクトにつながったり、考え方にこだわりがあって、コミュニケーションが困難になったりします」
感謝し、感謝され、働ける居場所をつくる。
義平さんが宿泊業からさらに一歩踏み出し、『さんやカフェ』をオープンさせようとしたきっかけは、宿泊所を利用した外国人観光客に、“山谷のおじさん”への理解を示す人が多かったことだ。山谷とはどういう場所なのかを説明すると驚かれても、怖がられたり嫌がられたりすることはなかった。
「『山谷にはすでにいろんな人がいて多様性がある』という認識だけで終わらず、相手を知ることができるカフェをつくろうと思ったんです。オリンピックが近づいていて、山谷のジェントリフィケーション(地価が上がって開発が進み、もともとの住人や風土が排除されること)も心配でした。“山谷のおじさん”は静かな生活を送りたいと思っている人がほとんどですし、ほかに行く場所もありません。地域のマナーを守り、ほかの住人の理解のもと、お互いの存在を認めあいながらで共存できないか、今も模索しています」
カフェとなれば必要なのは料理。数年前に知り合った調理師の本間飛鳥さんに、一緒にやってもらえないか持ちかけた。本間さんは当初戸惑いもあったが、今では店長として働きながらやりがいを感じている。
開業資金は自身で捻出したほか、クラウドファンディングでも募った。貧困問題を知ろうと努めていたり、山谷に関心がある人たちに賛同してもらえたことで成功した。
カフェをオープンしてすぐに始めたことは、生活保護受給者をはじめ、誰でも参加できるまちの清掃活動だった。
「清掃活動が終わった後は、店でサンドイッチを振る舞います。炊き出しのように無料で配ることもできますが、“働いた対価”として受け取ってほしい。また、清掃をしているとまちの人たちから『ありがとう』と声をかけられたりすることも。そういう機会ができると、まちで活躍している実感がわき、『認められた』『ここにいてもいいんだ』という気持ちが芽生えてまちを好きになり、自然ときれいにしたいという気持ちになります。まちの人たちの先入観も変わるでしょう」
うれしいのは、清掃活動の参加者が、店に遊びに来るようになったこと。
「清掃活動に参加したことで、行ってもいいんだと思うようになってくれたんです。みんな、居場所が欲しいんですよ。カフェのメニューは、どんな人が食べたり飲んだりしてもカッコよくて、栄養も摂れる“食のユニバーサルデザイン”を目指しています。みんなにいつもよりオシャレして行きたいと思ってもらえる居場所になれたらいいですよね」
色眼鏡で見られがちな彼らの能力や特質を、まちを動かす力の一つにできればと、義平さんは今後、就労継続支援B型事業所の開設などを考えている。感謝し、感謝されること、一方的に保護されるのではなく働いて対価を得ること、コミュニケーションやつながりを通じて居場所を得ること──山谷という場所で「誰一人取り残さない」ためには、そういったことが必要だと義平さんは思っている。