瓶や袋などの容器を持参し、自分に合った量を購入してもらうことで、不必要な包装もゴミも、食品ロスも減らすことができる量り売り。「こんなふうに生活できたらもっと快適」という肩肘張らない思いとともに、日本でも量り売りが暮らしの選択肢のひとつとして、少しずつ広がりを見せています。今はまだ数少ないけれど、みんなの「快適」が集まったら、「ご近所に量り売りのお店があって当たり前」の世の中になっていくはず。
量り売りを広げるためのモデルショップとなる。
とある日曜の昼下がり。東京・渋谷区の代々木公園近くにある、量り売りの小さな店『nue by Totoya』にランニング途中のご夫婦がふらりと現れた。
「こないだのクルミ、すごくおいしかったから、また。パスタも買っていきましょう」といって、小さなウェストポーチの中からきれいに畳まれた紙袋や布袋を取り出した。「ここは週に1回しか開いてないので、日曜日はちょっと足を延ばすんです」。そう言って、ガラスの瓶に入ったナッツやパスタを、慣れた手付きで器に移して量っては、重さを店の人に伝え、持ってきた袋に詰める。そう、この店では計量も買う人がやるのだ。
「自分たちの食べるものの重さや量を感じるって大事だと思うんです。200グラム欲しいと思っていても、実際に重さを感じる中でもう充分だと思ったら、途中でやめていいんです」と言うのは、広報を担当するノイハウス萌菜さん。その根幹には、「商品はパッケージされているのが当たり前ではない。『考えて買う』という消費者の責任を育てたい」という思いがある。もちろん量り売りをすることで、個包装も必要なくなるから無駄なゴミも出なくなる。
店で扱う食品は、クルミやアーモンドなどのナッツ類、ドライフルーツ類、ドライトマト、塩、古代小麦、ひよこ豆などの豆類、一粒小麦などを使ったパスタ類、ハーブティーやお茶類、オリーブオイル、はちみつ、チョコレート、ワインなど。フランスやイタリアの地場品種でつくられたものが多く、意図せずしてすべてオーガニック。しかも、それほど高くないのがすごい。
たとえばオリーブオイル。1グラム2・16円だから、750ミリリットルのボトルに入れたら1620円。爽やかさと苦みが心地よく感じられるオーガニックのエキストラ・バージンオイルがこの値段。がぜん買い物が楽しくなるし、何をどんな容器に入れようかを考えるのもおもしろくなってくる
ただし、ここで多くの人が思うことは、「こんな店が自宅の近くにあったら」ということ。それに対して、ノイハウスさんも「そうなんです、ただ一店舗あっても、ご近所になければあまり意味がないですよね」と同意。「だからこの店は、量り売りを広げるために私たちのコンセプトやノウハウを提供する„モデルショップ“という位置づけなんです」と強調する。
「量り売りから広がる未来のための今の暮らし」というコンセプトで昨年12月に誕生した『nue by Totoya』は、ここでの経験を「ゼロ・ウェイスト・ショッピング・システム」として、量り売りの導入を希望する小売店やレストランへと提供することを目的にしているのだ。メンバーは20〜40代の女性6名。それぞれが量り売りとともにある暮らしを楽しみながら実践することで、暮らしの選択肢を増やそうとしている。
誰もやらないなら、自分がやればいい。
『nue by Totoya』は、フランス・ブルゴーニュ在住の梅田温子さんが代表を務める、オーガニック食材の輸入を行う『Papillon d’Or(パピヨンドール)』の量り売り部門「斗々屋」が立ち上げたショップだ。19年ほど前、料理の勉強のためにフランスへと移住した梅田さんは、ヨーロッパのオーガニック食材やワインを日本へ紹介するために輸入事業の会社『Papillon d’Or』を立ち上げる。しかしやっていくうちに、矛盾が生まれる。環境に負荷なくつくられた食材なのに、プラスティックなどで個別包装をしなくてはいけないからだ。「包装紙なんてただ捨てるだけなのに、労働力も必要になり、価格だって高くなる。確実に無駄なものだとずっと思っていたんですが、日本で売るためには包装が必要と言われてしまう」と梅田さん。 フランスでは、量り売りメインのスーパーマーケットもあり、週末には量り売りのマーケットが立つ。みんなが量り売りで生活しているわけではないけれど、購入時の選択肢はいくらでもあった。 誰もやらないなら、自分がやればいい。まずは一時帰国したタイミングで、「斗々屋」を立ち上げ、御事業を進めるとともに実験的に東京・青山の「Farmer’s Market @UNU」に出店。その後同マーケット内で仲間と共に、ゴミの出ない理想の買い物を実験してみる量売りのマーケット「NAKED~waste less market~」をスタート。野菜、卵、コーヒーなどを扱う人たちに声をかけて出店者を増やしていった。
ノイハウスさんも出店者の一人だった。ドイツ生まれ、イギリス育ちの彼女は、4年ほど前から日本で暮らしてみて、商品のパッケージから出るゴミの多さに驚いたという。「友達の日本人に話を聞くと、それがイヤだと思っている人が多いのに、誰も何も言わない現状がある」。だったら何か始めようと、「のーぷら No Plastic Japan」というプロジェクトを2018年の夏に開始。プラスティックゴミをなくすためにすぐできるアクションとして、ステンレス製ストローを販売する活動を行っているときに梅田さんと知り合い、「NAKED~waste less market~」に出店しないかと声をかけられた。 ここからものすごいスピードでものごとが進んでいく。「量り売りのお店をやりたい」という梅田さんの思いに賛同したノイハウスさんは、「人材がいないなら私が」と名乗りをあげる。場所を提供してくれる賛同者も現れた。ファーマーズマーケットと並行しながら、2019年の9月、試験的なお店を開始したのち、同年12月、日曜日だけ開店する現在の形で『nue by Totoya』がスタートした。
ポジティブに実践しながら暮らしと社会を変えていく。
実際に量り売りをやってみて感じるのは、ハードルは意外に低いと
いうこと。「コンセプトを説明すると、共感してくれる人がとても多くて、それじゃあ、合う容器を取りに帰るよという感覚。手持ちのスカーフで包んで帰る人もいました」とノイハウスさんは言う。
量り売りから始まるネットワークも急速に増えている。現在、量り売りを導入している店は、食料品店、ワインショップ、レストランなど、全国で15店舗。繰り返しになるが、『nue by Totoya』はモデルショップだ。在庫をどう管理するか、レジはどうするか、お客さんにはどう説明するかなど、量り売りを導入する店が増えるよう、ノウハウを提供するとともに、勉強会なども開催。アフターフォローもしていく。問い合わせも多くきていて、年内には80店舗まで増やしたいと考えている。
「でも、やっぱりそれがおしゃれであり、楽しいことじゃないと続かないと思うんです。あれはよくない、これはダメという否定ではなく、ポジティブに、心地よく実践することで、暮らしを変えていけばいいと思うんです」とノイハウスさんは笑う。「自然に楽に生きようと思ったら、ゴミが出ないほうが楽なんですよね」と梅田さんも言う。『nue by Totoya』はいたって自然体なのだ。そんな彼女たちは、SDGsを特段意識していないが、行動そのものがSDGsにつながっている。賛同する仲間と共に、量り売りから広がる未来の暮らしが始まっている。