近畿最大の行政区域を有している和歌山県田辺市。人口減少が地域経済の縮小に直結するという問題に直面し、地域のプレーヤーを育てるための人材育成を始めた。8年目を迎えたこの取り組みが、まちを元気にしている。
地域と自身を改めて見直して地域課題を解決する。
和歌山県田辺市は、熊野古道と梅に関する農業システムの二つの世界遺産を誇る自然豊かな地域だ。約10年前、同市の人口減少が全国平均よりも早いスピードで進むとの予測に危機感を募らせた。というのは、卸小売業や飲食サービス業などが盛んであることから、人口減少が地域経済を縮小させるという未来に直面したからだった。
そこで同市は、地域を活性化していくために、地域課題の解決と経済を両立させるCSV(Creating Shared Values/共通価値の創造)が必要と判断。熊本大学(当時は富山大学)の金岡省吾教授の協力を得て、2016年にスタートさせたのが「たなべ未来創造塾」(以下、未来塾)だ。以後毎年開催し、22年度の第7期までに82人の修了生を輩出。約70パーセントが修了式で発表したプランを実行している。「未来塾」をはじめとするさまざまな取り組みが評価されて、22年度「SDGs未来都市」、「自治体SDGsモデル事業」の一つにも選ばれるまでになった。
その「未来塾」も23年度で8期目を迎え、新たに13人が参加した。昨年8月の開講式を含め10回の講義とディスカッションを重ねた後、3回の演習を実施。地域ビジネスに取り組むうえで重要な3つのポイントである、身近な困りごとに注目する、コミュニティをつくる、ほかの地域事業者と連携することに留意して、「産業」と「日常生活」の両面から強みを活かし、自社が解決できる地域課題を考え、ビジネスプランを練り上げてきた。
今年2月、市内にある複合施設で行われた修了式で、受講生たちはそのプランを発表した。内容は、実に多様性に富んでいた。農家の担い手不足や耕作放棄地を解消するため、ドローンを使用した農作業の請負と、農家と担い手のマッチングを行うプランや、農業の経験がなくても栽培しやすいさつまいもを趣味や副業で耕作放棄地に植えてもらい、収穫後には加工品にして販売するというプランも。また、高齢化に着目して、高齢者に生きがいをもたらすよう介護サポートを受けながらできる旅のプランもあった。同市の真砂充敏市長からは、「地域の資源を各々の立場から半年かけて見直すプロセスそのものや、そこで得たつながりが大きな成果です」と修了生にエールを送った。
今後は、今回発表した事業コンセプトを元に収支計画などのブラッシュアップを行い、プランの実現に向けて再び力を注いでいく。
「たなべ未来創造塾」第8期生のプラン発表!
半年かけて地域を学び、練り上げてきた地域と自社課題を解決するビジネスプラン。受講生たちの地域への思いが詰まっている。
建築の多様性 Architectural Diversity
ライフスタイルの多様化に寄り添う 次世代の建築style
建築業界の若手のなり手不足や、地域で働くところが少ないという課題解決のため、近代的で合理的なコンテナ建築の導入を提案。クリエイティブな側面から若者の関心を獲得することで人材を確保し、職人技術を後世に伝える。
吊橋を観光資源に
ツリバシズム tsuribashi+tourism
測量、建設コンサルタントを営む自社の人手不足や技術レベルの向上、ひいては地域にインフラ整備の技術者を増やしていくため、田辺市が日本一の数を誇る「吊橋」に着目。田辺市の認知を広げて、若手・中堅技術者の確保につなげる。
龍神村とわりばしと私
かつては林業が盛んだった田辺市龍神村。地域活性化の「架け箸(橋)」として、間伐材や製材工場の端材から割り箸をつくるというプラン。これを軸に龍神村のPRを行いつつ、ほかのプロダクトにも広げながら、龍神村の活性化を目指す。
放置林を財産へ
放置されている森林の価値を呼び覚ますため、IT技術などを活用して森林の調査・管理・運用を行うプラン。従来の木を切るだけなく、放置林を整理するビジネスを強化していくことで、田辺市の林業活性化、そして地域活性化につなげていく。
子育てを孤育てではなく地域育てへ
〜Tanabeの子育て次世代リーダーに〜
出生率低下の一因は子育て環境の不十分さにあると考え、地域で子育てしやすい環境を目指してベビー用品のレンタル事業を考案。家計負担を減らしつつ、子育て世代コミュニティを形成して、お互いの困りごとの解決にもつなげる。
相続登記義務化による司法書士の新しい関わり方
お一人様世帯の増加で、悩みごとが多様化。土地家屋調査士やFP資格も有する自社の強みを活かし、ほかの士業や未来塾生とも連携しながら、相続人や高齢者に寄り添うきめ細かな法律相談対応で、安心して暮らせる社会を目指す。
農業の3Kを1Kに
農業人口の高齢化や人手不足という地域課題と、自園の柑橘園地の作業効率アップ対策として、農業用ドローン導入による最も負担が大きい消毒作業の請負や、農家と働き手のマッチングサービスを考案。スマート農業で地域農業を守る。
まごころサポートってなんだ!?
心でつながる孫のようで心丈夫な何でも屋さん
つながりの希薄化から、高齢者は日常生活の「ちょっと困った」を隣近所や家族にすら言い出しづらい状況に。そこで、身近な困りごとを解決するコンシェルジュを採用・育成し、「心丈夫」な地域コミュニティづくりを目指していく。
農家の台所
さつまいもから始める新しい農業スタイル!
農業者の高齢化、後継者不足、収入減少、耕作放棄地の増加など、農業を取り巻く課題が山積。そこで、耕作放棄地を活用し、比較的簡単な「さつまいも」栽培を普及させ、規格外品等を買い上げて加工販売に回す仕組みをつくる。
林業にWakuWaku
木と人の縁をつなぐ
植林からプレカットまでの一貫体制生産をPRしたいという自社課題と、林業従事者の減少や地域の若者が集う場が少ないという地域課題を解決するため、木と人をつなぐカフェをつくる。そこで、林業の魅力などを伝える展示も行う。
麹を広めたい
田辺ならではの麹で新たなプロダクトづくり!
麹を知らない人が多い、若者の梅離れ、仕事を持つ女性が食事づくりに忙しいなどの課題解決のため、田辺特産の梅を活用した簡単調理でおいしい「梅麹鍋の素」を開発。この商品を軸に、食や梅の文化、魅力をさらに広めていく。
豊子93さい、シニア修学旅行へ行く
要介護認定率が高いという地域課題解決には、生きがいを持って健康で長生きすることが大切。介護と旅行を掛け合わせた「再旅(ふたたび)」や「旅護(たびもり)」で、高齢者や付き添う家族の不安や負担を減らす旅を実現させる。
共子toともに
安心して歩みを積み重ねられる居場所づくり
子どもの発達支援への体制が行政だけでは限界を迎えているため、言語聴覚士であり3人の子育てをする母親としての経験も活かして、児童発達支援と言葉の相談を行う場を立ち上げる。ハンディの有無に関係なく集える場づくりを目指す。
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photographs by Katsu Nagai text by Mari Kubota
記事は雑誌ソトコト2024年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。