商店街ならではの、ほどよく外に開かれた面を活かし、まちそのものを、住む人や来る人にとって、楽しく、人のつながりを感じられる場所にしていく。
『東京R不動産』が、東京・荒川区の下町にある商店街を舞台に始めた「ニューニュータウン西尾久」プロジェクトは、暮らしのなかに「楽しさ」を生み出すプロジェクトです。
まちに飛び込んで、楽しい場所に変えていく。
東京都荒川区の西尾久エリア。昔からあった商店街で、シャッターを閉じる店が全国的に増えるなか、この西尾久にも、下町らしい情緒を残しながら、空き店舗が点在する商店街がある。
今年3月、『東京R不動産』はこの商店街で、「ニューニュータウン西尾久」プロジェクトを始めた。
このプロジェクトは、空き店舗を一軒単位ではなく何軒かまとめて管理し、「まちに飛び込んで、楽しく使う」というコンセプトに共感し、実行してくれるテナントを募集するものだ。今回は4店舗分を賃貸募集し、ほかにも1店舗を『東京R不動産』がプロデュースするコミュニティスペースとする。また、周辺店舗や施設で間借りできるスペースも紹介する。
それらを同時期にオープンさせることで、「面」としてまちに影響力を及ぼし、まちを魅力的な場所にすることを目指している。住民とともに活動を展開して、「ここに住んでいて楽しい」と思えることを増やし、広めようという試みだ。店舗の入居人はほぼ決まり、現在は開店に向けて準備中である。
<Project>「銭湯前で始めよう!」
DATA02●Coming soon(現在、入居者最終調整中)
東京都荒川区西尾久4-12-3
<Project>「パンチ、貸します」
DATA03●Coming soon(現在、入居者最終調整中)
東京都荒川区西尾久2-31-1
指揮を執るのは同社スタッフの千葉敬介さんと石井憲司さん。千葉さんはこれまでにもまちづくり関連のプロジェクトに関わっており、石井さんは前職で不動産関係の仕事に携わっていた。
千葉さんは以前から、「ここ数年で、暮らし方や人と人とのつながり方が大きく変わろうとしています。『閉じた個』に分断された暮らしのなかに、もう一度つながりを取り戻したい気持ちが人々のなかにある」と感じていた。
これを前提に、行政やディベロッパーなどから「こういうまちをつくりましょう」と提案されるのではなく、住人が主体となって暮らし方やつながりをイメージでき、それを実現させていける「愛着の持てるまちづくり」が、これからの時代には必要ではないかと考えた。
舞台を商店街にしたことにも、理由はある。
「つながるためには『開いていること』が必要ですが、『住み開き』までするのは難しいと考える人もいます。その点、商店街は最初からある程度開かれている場所なので、気軽です」
シャッターの目立つ商店街はほかにもたくさんあるが、あえて西尾久を選んだのは、まず「駅からやや離れていたから」。駅前は土地に「余白」がなく、新たに手の入れようのないところもある。
そして、それ以上に大きな決め手となったのは、プロジェクトに賛同し、一緒に進めてくれるキーパーソンの存在だった。
DATA04●梅の湯
東京都荒川区西尾久4-13-2
https://tokyosento.com/arakawa_umenoyu
DATA05●梅京
東京都荒川区西尾久4-13-2
まちを変えていく、キーパーソンの住人たち。
キーパーソンの一人に、1951年(昭和26年)創業の銭湯『梅の湯』の三代目・栗田尚史さんがいる。以前から「新しいことをして、新しい人を呼び入れたい」という思いがあったが、2016年に銭湯全体をリニューアルし、銭湯でのマルシェやヨガ教室、歌舞伎メイクの体験講座など、さらにいろいろな挑戦をするようになった。
「子ども時代、商店街のいろんな店で遊びまわらせてもらった、楽しかった記憶が原点にあります。今はまちに『遊び』の要素が少なくなり、楽しいことを体験するためにまちの外に出ることが多くなりました。そうではなくて、自分のまちでもいろんなことを楽しめるようにしたい。お風呂がほとんどの世帯に普及した現代、銭湯は『おもしろさ』の提供も必要だと思っていて、そういう点では楽しいイベントをすることと銭湯は相性がよかった。それでも、さすがに1軒だけでやっていくのは広がりをつくりづらいと思っていたときに、ちょうど東京R不動産さんが来てくれたんです」
千葉さん、石井さんは、住人との距離を縮めようと、プロジェクト準備段階の昨年夏に、地域の盆踊り大会に練習から参加。そこで栗田さんと知り合った。栗田さんはプロジェクトについて聞き、ぜひ一緒に進めたいと思ったという。
『東京R不動産』が運営することになるコミュニティスペースは、『おぐセンター』と名づけた。元・青果店だったところを借りる。ここは商店街に来た人や地域の住民がふらっと入れてお喋りや飲食ができる自由なスペースにする予定だ。
石井さんは、こう振り返る。
「『おぐセンター』は、立地的にもプロジェクトのキープレイスとなる場所。じつはなかなか家主さんに賃貸許可をいただけなかったのですが、栗田さんが間に入ってくれて、話がトントン拍子に進みました」
『梅の湯』の1階には焼き鳥店『梅京』がある。栗田さんの母親の京子さんが切り盛りする店で、お客さんから「風呂上がりにビールを飲むとき、何かツマミもほしい」と言われたのがオープンのきっかけだった。
京子さんも、「たしかに商店街は寂しくなりましたが、マンションや一戸建てなどの住宅は増えて、人自体は少なくありません。集まる店さえあればもっと元気になるはず」と、新しいアプローチに期待を寄せている。
商店街の空き店舗に、「おもしろさ」を入れる。
キーパーソンはまだまだいる。1960年(昭和35年)に創業した天ぷら専門店『天ふじ』の2代目・長沼理さん・美香さんご夫妻もその一組だ。千葉さん、石井さんは新年に『おぐセンター』でまちの人を集めて書き初め大会を行ったが、これは長沼さんご夫妻や栗田さんの発案によるもの。住人に「ここで何がしたいのか」を、より噛み砕いて説明できる機会になり、距離が縮まった。
理さんは言う。
「『おぐセンター』になる場所は、まちにとっては心臓とか、なくてはならない重要な場所。ちゃんと動かすことで、地域に人の流れができると思います。また、高齢化はこのまちも例外ではありませんが、会話をする場所のないお年寄りも多い。『おぐセンター』や新しい店は、そういった人をはじめとする住人みんなで会話ができて、『まちとつながって生きている』ことを実感できる場所になってほしいですね」
『おぐセンター』の向かいで英会話教室『サニーサイド・イングリッシュカフェ』を経営する、西尾久在住14年目となるイギリス人のロイド・クレイグ・リチャードさんは、このプロジェクトと連動し、広い教室内を一部開放してカフェとして貸し出すことにした。
「西尾久は人と人との距離が近く、温かい場所。それだけになじみのあるお店が次々閉店していくのは寂しかった。だからこそ、そういうお店に手を入れて『フレッシュスタート』することは応援したい。僕自身もここで10年間やっているので、何か新しいチャレンジをしたいと思っていました。ひとつの店では話題にはなりづらくても、いくつかの店が同時オープンすれば、人を呼ぶ力も強くなる。教室を知ってもらうきっかけづくりにもなりそうです」
DATA07●Sunnyside English Café(サニーサイド・イングリッシュカフェ)
東京都荒川区西尾久4-13-13 石本ビル1F
http://sunnysideenglish.com
1975年(昭和50年)から営業する鳥肉・鶏卵専門店『宮川商店』の高橋一さん・キヨ子さんご夫妻は、こう語る。
「この商店街は、昔は自転車に乗っては通れないほど賑わっていました。お店をやっている人もたくさんいて。新しい人が来ることでまた賑やかになってくれればいいですね」
千葉さん、石井さんは、このプロジェクトを、空き店舗のポジティブな活用の事例にしていきたいと考えている。
「空き店舗は機能だけではない『おもしろさ』を入れられる『余白』です。そこで強い意志を持って何かする人が増えれば、それが町のブランドや顔にもなり、愛着になる。そうしたら、まちで暮らすことがもっと楽しくなると思っています」
DATA08●宮川商店
東京都荒川区西尾久4-13-13