横浜市旭区にある「えんちゃん農場」は、無化学肥料・無農薬栽培に取り組む、都市内の有機農家さんです。週末には一般参加もできる農体験イベントを開催し、畑にはさまざまな年代・職種の人が集まっています。新規就農するまでの道のりや、人から応援される都市内農家になるための取り組みは、これから都市内で農業を始めたい人や人手不足に悩む農家にとって、参考になるものでした。今回は、えんちゃん農場の取り組みについてご紹介します!
横浜市にある有機農家「えんちゃん農場」とは?
横浜市旭区にあるえんちゃん農場。
えんちゃん農場ならではの特徴は、大きく4つあります。
- 新規就農である(後継ぎではない)こと
- 都市内で農業を営んでいること
- 無化学肥料・無農薬栽培に取り組む有機農家であること
- 援農者が集まるコミュニティ(えんちゃん農場パートナーズ)があること
4つ目の援農者が集まるコミュニティ(えんちゃん農場パートナーズ)は、えんちゃん農場最大の特徴と言えるでしょう。えんちゃん農場の畑には、このコミュニティを通じて子どもから大人までたくさんの人が畑に集まります。農園主とともにパートナーズ(生活に農を取り入れたい人たち)の運営メンバーが中心となり、週末には農業体験イベントの開催もしています。
この4つの特徴について、都市で新規就農するまでの道のりとは?有機栽培の良さとは?新規参入の農家が仲間を増やすには?など、新規就農からえんちゃん農場パートナーズができるまでのお話を伺いました!
今回は、農園主である長岡さんの他にも、えんちゃん農場パートナーズ運営メンバーのお二人にも参加してもらい、さまざまな目線からお話を伺っていきます。
えんちゃん農場農園主・長岡親一郎さん
こちらがえんちゃん農場の農園主、長岡親一郎さん。
《長岡親一郎(ながおか・しんいちろう)さんプロフィール》
えんちゃん農場農園主。神奈川県横浜市出身。1970年生まれ。大学卒業後、広告の制作会社に15年間勤めるが、脱サラし2012年に生まれ故郷である横浜市で新規就農。無化学肥料・無農薬の野菜を栽培(年間約60~80種類)。好きなこと:音楽鑑賞と包丁などの刃物研ぎ。好きな野菜:食べるのはかぶ、カリフラワー、育てるのはナス。「ここ数年ナスの株と対話ができるようになってきた気がして、剪定のときブツブツ話しかけています」とのこと。
脱サラして農業を始めた理由と、新規就農までの道のり
まずはえんちゃん農場の特徴の3つ、新規就農した都市内の無化学肥料・無農薬の野菜を育てる有機農家について、気になることを聞いていきます。
15年続けたサラリーマンを辞めて新規就農した理由や、えんちゃん農場ができるまでの道のりを伺いました。
サラリーマン時代に気づいた有機野菜の魅力
15年間勤めた広告の制作会社を辞めて、農の世界へ新規参入した長岡さん。広告制作の仕事は毎日が刺激的で面白かったそうですが、肉体的・精神的にも、この先ずっと続けていくのは難しいと感じたことが辞めるきっかけだったと言います。また、当時は農業をやりたいと思って辞めたわけではなかったのだそう。
筆者 サラリーマン時代の経験もあって、たくさんの仕事がある中で、農業を選んだ理由は何だったんですか?
長岡さん(以下長岡) 忙しいサラリーマン時代に、仕事柄睡眠時間もライフスタイルも自由にできない中で、何かで自分を保っておかないといけない。そんな時に唯一自由に選べるのが食事でした。オーガニック野菜を販売している店に入ってみたら、全然違う世界があって。単価は高いけどなんか美味しそう、と思って食べてみたら、味が全然違うことに気づいて。オーガニックの奥深い世界に感動したんです。値は張るかもしれないけど、それなりの味ができるんだって興味が湧いて、オーガニック野菜ばかり選ぶようになりました。だから脱サラして何をやろうと思った時に、食の流通か生産に関わりたいと思ったんです。
筆者 サラリーマン時代に有機野菜と出会ったことが原点だったんですね。食の流通と生産で迷って、生産の道を選んだのはなぜですか。
長岡 農家さんのお手伝いに行ってみたら、体力的にもきついし今の生活との落差を感じて、最初は選択肢として一番あり得ないなと思ったんです。でも逆に魅力に感じたのは「生み出す」という原点に関われること。生み出すことの魅力を感じつつ、体使ってバキバキになって自分にできるだろうかと遠くにも感じつつ、まずは農家さんの研修に出向いてみることにしました。研修を受けたのが、神奈川県藤沢市にある相原農場さん。そこで約一年間、いろいろ教わりました。全くの未経験だったので、キャベツの種さえも相原農場さんで生まれて初めて見るようなレベルからのスタートでしたね。でも、その研修でどんなものを栽培するか見えてきて、背中を押された感覚がありました。
援農者が増える畑へ。そして、えんちゃん農場パートナーズができるまで
研修を終え、晴れて生まれ故郷である横浜市で新規就農した長岡さん。就農した当初はたった一人で農作業を行い、除草剤を使用しないため雑草の管理や時間配分などもうまくできず、大変だったのだそう。
でも今では、えんちゃん農場パートナーズという、えんちゃん農場の4つ目の特徴であるコミュニティを通じて、生活に農を取り入れたい人たちが援農者として畑に集まっています。
長岡さんはどのように人手確保をしていったのでしょうか?
《えんちゃん農場パートナーズについて》
無化学肥料・無農薬栽培に取り組むえんちゃん農場と、生活に農を取り入れたい/農に関わりたいという人たち=パートナーズが、農起点のさまざまな活動を広げるコミュニティ。学生から主婦、アーティストやサラリーマンといった多種多様なメンバーが集まり活動中。
現在コミュニティを運営する運営メンバー(アクティブメンバー)が約20人。パートナーズ(一度でも参加したことのある人)は約150人(2021年2月現在)。運営メンバーと参加者の垣根を作らないために、運営メンバーのことを“アクティブメンバー”と呼んでいる。
えんちゃん農場パートナーズが生まれた理由
筆者 農業の世界に入って、会社員時代の経験が活かされたことはありましたか?
長岡 会社員時代にお客様を自分で開拓していくスキルは身に付けたので、農業を始めてからもそれを活かせたとは思います。
筆者 人とのつながりを自分で開拓していく感覚がすでにあったんですね。今はたくさんの人が畑に来てくれていますが、人はどのように集めたのでしょうか。
長岡 農作業が大変だから手伝ってほしい、そこから野菜を買ってくれる人がいたらいいなという動機もありました。でもそれだけではなくて、今は有機野菜がほとんどスーパーに並んでいない現状があるので、選択肢として有機野菜も選べるようになってほしいんです。そのためには仲間を増やさなきゃいけないなと思って、手伝ってくれる人の募集をかけるようになりました。
畑に来る人を歓迎していた長岡さんですが、最初はなかなか継続して畑に来る人がいなかったのだそう。そんな時に友達の紹介で参加したのが、今のえんちゃん農場パートナーズのリーダーである伊藤幹太さん。
《伊藤幹太(いとう・かんた)さんプロフィール》
えんちゃん農場パートナーズリーダー/YADOKARI プロデューサー。1995年生まれ。初回参加年:2018年。好きなこと:ピクニック。好きな野菜:菜花。東日本大震災後、食や環境に興味を持つようになり、大学時代に日本全国の農家をまわった経験を持つ。
長岡さんは、当時大学生だった伊藤さんに気づかされたことがあったと言います。
長岡 当時、畑に継続してくる人はほぼいないし、卑屈的な考え方になって、こんなきつくて嫌な畑仕事をしてくれるなんて無理してるに違いないと思っていました。その時に幹太に言われて新鮮だったのが、「僕、畑で汗かいて泥にまみれて作業するの大好きなんですよ」という言葉。最初は変わっているなと思っていたのですが、幹太がどんどん若い人を連れてくるようになって、どうやら畑仕事って、やっていない人からしたら価値の生じることだったんですよね。6、7年農業を続けてきて、サラリーマン時代のそういう感覚を忘れてしまっていたみたいで。でも、幹太が普通の感覚を思い出させてくれたんです。
伊藤 当時の長岡さんは、「バイト代払わなきゃ」とか「野菜好きなだけ持って行って」と言っていたんですけど、わざわざ畑に入らせてもらって、こんな良い体験させてもらって、僕も体験料を払いたいくらいだと思っていました。そんな話をしていた時に、でもこれだけお互いに良い関係を築けるんだったら、少しやり方を考えたら、長岡さんたちを支える人たちが生まれてくるだろうなと思って、えんちゃん農場パートナーズを団体化してやりたいですって長岡さんに言ったのが、えんちゃん農場パートナーズの始まりです。
筆者 来た側も、来てくれた側にとっても嬉しいつながりができたんですね。
こうしてえんちゃん農場を支える仲間ができたことで、えんちゃん農場パートナーズの活動が始まり、援農者は増えていきました。
えんちゃん農場パートナーズメンバーの声
えんちゃん農場パートナーズのアクティブメンバーは、現在20人ほど。その中で最年少が、高校3年生のながのみきさん。
《ながのみきさんプロフィール》
えんちゃん農場パートナーズアクティブメンバー。2002年生まれ、高校3年生。初回参加年:2019年4月。好きな野菜:にんじん、里芋。好きなこと:カフェや綺麗な建物に行くこと。
筆者 えんちゃん農場に来ようと思ったきっかけは何だったんですか?
ながのさん(以下ながの) 高校の部活が自分に合っていないと思って辞めて、いろいろなボランティア活動に参加していました。他のボランティアで知り合った人がえんちゃん農場を紹介してくれて、単独で申し込んでみたんです。行ってみたら畑作業は楽しかったし、何より皆さんの温かい空気感や声掛けがあって。今まで参加したボランティア活動の中で、唯一居心地がいいって実感できた場所でした。私と同じ高校生や中学生は、他の年代の人との交流する場があまりないと思うので、それがここの最大の魅力かなと思っています。
筆者 確かに、学校で居心地の悪さを感じている人は、意外といるかもしれないですね。
ながの 家族や学校の友達以外に相談者がいるのは、とても大事なことだと思います。相談できる場が高校生・中学生は少ないんじゃないかなと思うので、そういう人たちに、まずは学生という立場を利用して行動してみるといいよと伝えたいです。学生だからこそ、歓迎してもらえる場所がたくさんあると思います。
参加者には、みきさんのような若い人も多いのだそう。学校だけでなく、いくつか自分にとって居心地の良い場所を持っておくことは大事なことかもしれません。えんちゃん農場パートナーズでは、中学生・高校生などの参加者も大歓迎しています!
えんちゃん農場パートナーズdayの様子をご紹介!
週末農業体験!えんちゃん農場パートナーズdayの様子
週末に農業体験ができる、えんちゃん農場パートナーズday(※2021年2月現在お休み中)。
畑作業や野菜の収穫をしたあと、畑で採れた野菜を使ったランチをみんなで食べて、農や食をめぐるさまざまなテーマで話し合う、というイベントです!
誰でも参加OKで、土に触れたい、農体験をしてみたい、週末に体を動かしたい…などさまざまな理由で、子どもから大人までたくさんの人が集まります。
《えんちゃん農場パートナーズday》
- 開催:毎月第2土曜・第4日曜
- 時間:9:00~15:00(季節や天候により変わることあり)
- 内容:午前…畑作業・野菜収穫、昼…畑で採れた野菜を使ったランチ、午後…講演・座談会
- 費用:大人2,000円、学生(中学生以上)1,600円(ランチ代含む、野菜収穫代は別途)
- 参加方法:Facebook「えんちゃん農場パートナーズ」ページから
パートナーズdayは、伊藤さんやながのさんなどのアクティブメンバーが中心となり行っているのだそう。
伊藤 一回だけでも畑に来てくれたらもちろん嬉しいのですが、継続して来ることでより楽しむことができます。自分で種をまいた野菜が育って、収穫して食べられるようになって。その農のサイクルを楽しむこともそうですし、畑でただ農作業をするのではなく、畑に行ったら「最近どう?」って話せる仲間がいることも、継続して行くことの良さなんです。
2021年2月現在、えんちゃん農場パートナーズdayはお休み中ですが、気になる方は再開時に畑を訪れてみてはいかがでしょうか?農体験や人とつながる楽しさを、ぜひ体感してみてください!
野菜を買う時の選択肢として、えんちゃん農場の野菜を
野菜を買う時の選択肢として、えんちゃん農場の野菜が浮上することが大きな目標だと話す長岡さん。無化学肥料・無農薬栽培をする理由は美味しいからだけではなく、環境負荷や人への影響も考えられています。
コロナ禍の取り組みとしては、「野菜は畑で買おう。プロジェクト」を行ったえんちゃん農場。このプロジェクトは、畑に足を運んでもらい、安心安全、そして新鮮な野菜を直接購入できるというプロジェクトです。
長岡 農薬の影響は、食べたその時には人体への影響は出ないかもしれませんが、世代を超える長期的なエビデンスはありません。今後も影響が出ないかどうかは保証されていないなら、無農薬栽培の野菜を食べる選択肢がもっとあってもいいと思っています。そのために、人が多く集まる都市の中でやっているからこそ、市民に根気よく伝えていくことが大事かなと。
有機野菜を選択する生活があってもいい。その選択肢がえんちゃん農場の野菜から広がり、その野菜に込められた想いも広まっています。
スーパーで買う野菜が良い・悪いということではなくても、お店に並ぶまで時間がかかったり、環境負荷や流通コストがかかってしまったりするのは事実。えんちゃん農場のように、畑から採れたばかりの新鮮な野菜を、生産者から直接買う選択肢が少しずつ広まったらいいなと思いました。そしてそれを叶えられるのが、都市内農業の魅力なのだと思います。
えんちゃん農場の活動について気になる方は、ぜひホームページやSNSをチェックしてみてくださいね!