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連載 | 田中佑典の現在、アジア微住中

「映える」ではなく「地味る」まちづくり。

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目次

ご近所同士で“開街”する。

 前号は「田中、家を買う」と題し、これまで移動=暮らしのようだった僕がまさかの家を購入したことをお知らせした。住み始めた家は元々老夫婦が住んでおり、その後はおばあちゃんが一人暮らしとなり、最終的におばあちゃんも施設に入り、1年半空き家になっていた。その後、ご家族がやむをえず家の解体に踏み切ろうとしたギリギリのタイミングで、我々夫婦と偶然にマッチした。

 この家で最初に驚いたのは、かつてこの家の主人は相当の読書家のようで、僕が読みたかった旅関連の本が多数あって、勝手に親近感が湧いたこと。さらに大量の写真アルバムが残されており、中身はなんと昭和40年~50年代を中心とした全国の鉄道やバスの記念切符がコレクションされていた。極め付きはご自身がこれまで行った食堂やレストランの箸袋をコレクションしたものまで。ご本人と直接お話ししたことはないが、「きっと文化的なものや旅が好きだったんだろうな」と重なる共通点にシンパシーを感じ、このコレクションを受け継がせていくことになった。

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一度はトラックに積み込まれたが、運命を感じてギリギリのところで引き取った50冊ほどあるアルバム。
 さらに、この家の隣の一軒家ではイラストレーターの伊藤ゆかちゃんが私設図書館『トンデモ図書室伊藤堂』を週末営業していたり、また何軒か先には普段は別の仕事をしながらも、スイーツをはじめ台湾料理など好きなものなら何でも自らつくってしまう、食通の増山芳弘さんが住んでいる。偶然にもそれぞれの分野でこだわりを持ち、自分たちの手でつくり出すことが好きな者同士が同じ通り沿いに暮らしている。この家のかつてのご主人も含め、この通りはこだわりが強い、良い意味での“もの好き”が集まりやすい土地柄なのかもしれない。この道の隣の道路には真ん中に堂田川という川が流れ、交通量も多い東郷地区の表通りであり、我々の住むこの通りはひっそりとしたその裏通り。この近所同士のつながり、そしてかつてのご主人とのご縁を形にしたいと思い、この通りに勝手に「小安文青街」という名前をつけた。
「小安」とはこのあたりの住所の小路町と安原町をくっつけたエリアの通称である。「文青」という言葉は台湾で「文学青年/文芸青年」の略で、英語ではヒップスターを表す言葉。このストリートにピッタリだと思いこの「文青」という言葉を拾った。
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「文青」という言葉の「青」の持つ“完成・成長しきっていない感じ”もこのストリートにぴったり。

「普段」以上「イベント」未満の“微”なご近所づきあい。

 この「小安文青街」の目的はイベントの“開催”ではなく、街を開く“開街”だ。目指したいのは規模感や集客を優先した非日常的なイベントの開催ではなく、自分たちの普段の暮らしにちょっと毛が生えたくらいのスケールで同時多発的に近所同士が自分たちのできることを出し合うイメージだ。

 初めての“開街日”。田中家では居間を使い、「かつて住んでいた文青展」と題しご主人の貴重なコレクションをずらりと並べた。また玄関先の駐車場を使い、これまで僕が活動の中でつくってきた言葉を書にし、「言葉屋」という名で適当な簡易ブースをつくる。隣の『トンデモ図書室伊藤堂』では、店主・ゆかちゃんの服や本のフリマをしたり、増山家の駐車場では円卓を出し似顔絵屋やおもちゃ屋をゆるくお茶を飲みながら行う。するとこれまで接点を持てなかった近所のおばちゃんたちが話しかけてくれ、いつの間にか輪の中へ。近所の食堂『こびり庵』では増山さんが普段からよくつくっている自作のスウィーツや台湾茶、僕の妻も出身である宮城県の実家の味を再現した「芋煮」や東郷の新名物にと「おつくね棒」というものを販売した。

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左のお皿に載っているのが「おつくね棒」。「おつくね」とは東郷の言葉でおにぎりを指すのだが、逆に鳥のつくねをおにぎりの形に串刺しにしたというもの。
 開街後の片付けはできる限りゼロには戻さず、日常の暮らしを再開する。しばらくは月一で開街する予定で、そのくらいの絶妙な緊張感が住んでいる我々にとっても程よい活気となる。これが大掛かりなイベントだと1回の開催で疲弊してしまい、外からのお客さんも1回行けば飽きがすぐにきてしまう。大事なことは完全に閉じた暮らしでもなくお祭りのようにその瞬間だけ非日常なものでもないその間の“微”な状態を持続させ定着化させるかだ。それには暮らしの範疇でお互いのリズムやイズム(考えやノリ)をじわ~っとチューニング合わせをしていきたい。急ぐことは逆効果。ここ「小安文青街」を、イベント的な映えるストリートではなく、時間をかけて熟成していくストリートへ、近所の文青同士でつくっていきたい。
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「似顔絵屋」では近所のおばちゃんに似顔絵のプレゼント。
たなか・ゆうすけ●職業・生活芸人。アウトサイダーの視点で、台湾と日本をつなぐ「台日系カルチャー」の発信を続けてきたが、その足場をアジア全体に拡大。自ら提唱する「微住®(びじゅう)」とは1週間から2週間程度、特定の地域に滞在する“ゆるさと”づくりの旅。観光以上、移住未満でアジアを俯瞰する。

【微住 .com】www.bi-jyu.com 【田中オフィシャルサイト】http://tanaka-asia.com

記事は雑誌ソトコト2022年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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