秋田の土地と農業の魅力が詰まった、『TOYOSHIMA

特集 | かっこいい農業 これからの日本らしい農業のあり方 ! | 秋田の土地と農業の魅力が詰まった、『TOYOSHIMA FARM』のワイン。

2022.01.19

秋田県由利本荘市の米農家に生まれた豊島昂生さんが選択したのは、ワイン用のぶどうの栽培。その源には、ふるさとの風景を残して、農業の楽しさ、土地の魅力を伝えたいという思いがあるから。

およそ1ヘクタールの土地に約4000本のぶどうの苗が植えられている『TOYOSHIMA FARM』の畑。

ワインカルチャーもなく、先駆者もいない秋田県由利本荘市の山間部(矢島地域)で栽培されたぶどうからつくられたワインが、こんなにきれいで、土地を感じさせる味わいだとは。2020年の4年目の収穫でつくった『TOYOSHIMA FARM』のワインを飲んで驚いた。雨が多くて、日照時間が短く、積雪量の多いこの場所は、一般的に見ればワイン用のぶどうの栽培には向いていないと考えられる土地だからだ。

「実際やってみると、意外といけるというのが率直な思いです」と、『TOYOSHIMA FARM』代表の豊島昂生さんは、秋の日差しに顔を輝かせて言う。取材で由利本荘市にある畑を訪れた2021年10月は、6年目の収穫の真っ最中。緩やかな傾斜地につくられたおよそ1ヘクタールの畑には、果汁をたくわえた艷やかなぶどうが、鳥海山からの涼やかな風に吹かれ、たわわに実を揺らしていた。これら収穫したぶどうは、山形県や長野県のワイナリーなどに委託して、4種類のワインの醸造と、2種類のぶどうジュースの製造に使われる。現在、自社ブランドとして販売しているが、近い将来、ワイナリーもつくって醸造まで自分たちで行う計画もある。

そもそもどうして、豊島さんはワイン用のぶどうの栽培に向いていないとされる土地でチャレンジをするのか。それは、「ふるさとの風景を残したい」「農業の楽しさ、土地の魅力を伝えたい」という就農時からの明確な思いとビジョンがあるからだ。

代表の豊島昂生さんは31歳。「農業って楽しいもので、こんなやり方もあるんだよと伝えていきたい」。

たくさんの人を呼ぶ、ワイナリーをつくりたい。

実家は何十代と続く米農家。小さいときから農業が身近で田んぼで遊んだり、手伝ったりしていたが、いつからか泥まみれになる農業を「カッコ悪い職業」と思うようになった。大学は東京へ。卒業後は当時興味のあった会計コンサルティングの会社へ就職したが、がむしゃらな働き方が合わず、「このままではまずい」と思い、1年2か月で秋田県にある実家へと戻った。

農業をやりたいと思ったのはやる気が起きず、暗い気持ちで引きこもっていたときに「ゴロゴロしているなら」と手伝いとして駆り出された、田んぼでのことだった。
「畦道で、父が持つホースを継ぎ手として引いていたんです。よく晴れた日でした。太陽がきらきらと反射して、急に田畑がすごくきれいに見えたんです。汗をかきながら、体を動かして、心も変化していったんでしょうね。田園風景に感動して『この景色を守りたい』という思いが芽生え、農業をやろうと考えはじめました」

ところが、その意思を父親に相談すると、「これからの時代、米だけでは食べていけないからほかのことをしたほうがいい」と返答が。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などで、米価が下落した時代だった。納得した豊島さんは考えた末、好きな果物である「いちご」と「ぶどう」に絞り込み、最終的には第6次産業としてより可能性があるのではと「ワイン用のぶどう」に決めた。そのきっかけとなったのが、新潟県の『カーブ・ドッチ』など、視察で訪れたいくつかのワイナリーだった。

「感動してしまったんです。到着したら目の前いっぱいにぶどう畑が広がり、醸造所、レストラン、直売所、宿泊施設まである。見学ツアーでは、畑の責任者が来て話をしてくれる。それは僕たちの地元にはない景色でした。お米をつくっておしまいではなく、自分たちでつくったもののよさを、最後まで届けることができる。もともと更地だった場所に、今では年間約50万人の人がやってくる。農業による振興ってこういうことだなって思ったんです。いつか自分の地元でやりたい。そしてそれが、地域の振興につながればいい」。そんな思いにあふれた。

メルロー、ピノ・ノワール、ソーヴィニヨン・ブランなど6種のぶどうを栽培。

仮説検証を繰り返し、未来を形にしていく。

目標が定まると、県による農家育成制度で研修を受けながら、独自で見つけた山梨県の先生のもとへと通って栽培の知識や方法を学んだ。両親以外の周囲の人たちからは、この土地で前例のないぶどう栽培に大反対された。特に、お米づくりに力を入れていた祖父は口も利いてくれなかったが、豊島さんの決意は変わらなかった。

まずは土地探しから。畑にする土地はある程度の面積が必要なうえに、田んぼの耕作放棄地ではぶどうに適さない。探しに探した結果、山の端の傾斜地、約1ヘクタールの土地を借りることができた。
 次に用具の手配。ぶどう栽培は、苗木のほか、棚づくりの資材、草刈り機や液体を散布する防除機などが必要になってくるが、近隣にぶどうを栽培している人がいないから、すべて自分で揃えることになる。また、収穫できるのは苗を植えてから3年目からのため、それまでの生活費も確保しないといけない。それらの資金として1000万円の融資を受けた。

ようやくスタートを切った1年目、苗の植え付けからして大変だった。栽培するぶどうは、先生の助言のもと、黒ぶどう、白ぶどうの国際品種2種類ずつと、山ぶどうをかけ合わせた2種に決めていた。本来ならこれらの苗を4月には植え終えていないといけないのに、6月になっても終わらない。米づくりを並行して行う父親とともに夜まで棚をつくり、苗を植えた。7月になっても終えられず悲嘆にくれたとき、反対していたはずの祖父母が手伝ってくれて植え終えることができた。

ホッとしたのも束の間、今度は降雪量に悩むことになる。ぶどうの棚は1.5メートルの積雪なら持ちこたえられるものにしていたが、その年の降雪は1.8メートル。雪の重さに耐えかねて支柱が折れた。このままではダメだと考えた豊島さんは、北海道のワイナリーを訪れて、事情を話し雪対策について教えてもらった。その結果、まっすぐに植えていた苗木のすべてを、雪の重量を逃せるように斜めに植え替えた。

雪の重みに耐えられるよう、45度の角度をつけてすべての苗を植え直した。

収穫の良し悪しにつながる2年目は、剪定や芽かき、摘芯、摘房などの作業を、集中して行った。3年目、2018年に初収穫したぶどうでワインをつくりたかったが、委託先が見つからず、ワインづくりを断念。せっかくだからと丹精込めてつくったぶどうをブレンドしてジュースを製造したところ、濃厚な味わいが評判を呼び完売。現在も家計を支えてくれている人気の商品のひとつとなった。

4年目の2019年の収穫分では、クラウドファンディングで資金を集めるとともに、委託費用を銀行から借り入れ、念願のワインの醸造に着手。白ワインとスパークリングを販売。そして5年目となる2020年収穫分で、赤ワインも醸造する……というように、難題と日々闘いながら一歩一歩、やりたいことを形にしている。

左から、赤ワイン「千里」、白ワイン「白颯」、スパークリングワイン「彩り」、白ワイン「トヨシャル」。

「もちろん、今のワインが100パーセントではありません。どうしたらもっと凝縮感あるパワフルなぶどうになるか、香りが立つかなどを考えながら、仮説と検証を繰り返してぶどうの栽培をがんばっていきます」と語る豊島さんは、試行錯誤しながらも創意工夫するのが楽しいのだろう。その瞳はきらきら輝いている。
「農業をやってサラリーマン時代よりも収入は落ちました。けれども、『幸せの総量』は増えている。自然に触れて働きながら、時間は自分で配分できるので、家族との時間も十分とれる。自分にとってはいい働き方です」

ワイナリーの建設予定地へ案内してもらうと、鳥海山を見渡す気持ちのいい高原にあった。近い将来、この景色を眺めながら、ワインや土地の味を楽しむために、多くの人が訪れるのだろう。そして、『TOYOSHIMA FARM』は土地の魅力、農業の魅力を伝える存在になっていくのだろう。

photographs by Takamune Ito text by Kaya Okada

記事は雑誌ソトコト2022年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。