秋田県由利本荘市の米農家に生まれた豊島昂生さんが選択したのは、ワイン用のぶどうの栽培。その源には、ふるさとの風景を残して、農業の楽しさ、土地の魅力を伝えたいという思いがあるから。
「実際やってみると、意外といけるというのが率直な思いです」と、『TOYOSHIMA FARM』代表の豊島昂生さんは、秋の日差しに顔を輝かせて言う。取材で由利本荘市にある畑を訪れた2021年10月は、6年目の収穫の真っ最中。緩やかな傾斜地につくられたおよそ1ヘクタールの畑には、果汁をたくわえた艷やかなぶどうが、鳥海山からの涼やかな風に吹かれ、たわわに実を揺らしていた。これら収穫したぶどうは、山形県や長野県のワイナリーなどに委託して、4種類のワインの醸造と、2種類のぶどうジュースの製造に使われる。現在、自社ブランドとして販売しているが、近い将来、ワイナリーもつくって醸造まで自分たちで行う計画もある。
そもそもどうして、豊島さんはワイン用のぶどうの栽培に向いていないとされる土地でチャレンジをするのか。それは、「ふるさとの風景を残したい」「農業の楽しさ、土地の魅力を伝えたい」という就農時からの明確な思いとビジョンがあるからだ。
たくさんの人を呼ぶ、ワイナリーをつくりたい。
農業をやりたいと思ったのはやる気が起きず、暗い気持ちで引きこもっていたときに「ゴロゴロしているなら」と手伝いとして駆り出された、田んぼでのことだった。
「畦道で、父が持つホースを継ぎ手として引いていたんです。よく晴れた日でした。太陽がきらきらと反射して、急に田畑がすごくきれいに見えたんです。汗をかきながら、体を動かして、心も変化していったんでしょうね。田園風景に感動して『この景色を守りたい』という思いが芽生え、農業をやろうと考えはじめました」
ところが、その意思を父親に相談すると、「これからの時代、米だけでは食べていけないからほかのことをしたほうがいい」と返答が。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などで、米価が下落した時代だった。納得した豊島さんは考えた末、好きな果物である「いちご」と「ぶどう」に絞り込み、最終的には第6次産業としてより可能性があるのではと「ワイン用のぶどう」に決めた。そのきっかけとなったのが、新潟県の『カーブ・ドッチ』など、視察で訪れたいくつかのワイナリーだった。
「感動してしまったんです。到着したら目の前いっぱいにぶどう畑が広がり、醸造所、レストラン、直売所、宿泊施設まである。見学ツアーでは、畑の責任者が来て話をしてくれる。それは僕たちの地元にはない景色でした。お米をつくっておしまいではなく、自分たちでつくったもののよさを、最後まで届けることができる。もともと更地だった場所に、今では年間約50万人の人がやってくる。農業による振興ってこういうことだなって思ったんです。いつか自分の地元でやりたい。そしてそれが、地域の振興につながればいい」。そんな思いにあふれた。
仮説検証を繰り返し、未来を形にしていく。
まずは土地探しから。畑にする土地はある程度の面積が必要なうえに、田んぼの耕作放棄地ではぶどうに適さない。探しに探した結果、山の端の傾斜地、約1ヘクタールの土地を借りることができた。
次に用具の手配。ぶどう栽培は、苗木のほか、棚づくりの資材、草刈り機や液体を散布する防除機などが必要になってくるが、近隣にぶどうを栽培している人がいないから、すべて自分で揃えることになる。また、収穫できるのは苗を植えてから3年目からのため、それまでの生活費も確保しないといけない。それらの資金として1000万円の融資を受けた。
ようやくスタートを切った1年目、苗の植え付けからして大変だった。栽培するぶどうは、先生の助言のもと、黒ぶどう、白ぶどうの国際品種2種類ずつと、山ぶどうをかけ合わせた2種に決めていた。本来ならこれらの苗を4月には植え終えていないといけないのに、6月になっても終わらない。米づくりを並行して行う父親とともに夜まで棚をつくり、苗を植えた。7月になっても終えられず悲嘆にくれたとき、反対していたはずの祖父母が手伝ってくれて植え終えることができた。
ホッとしたのも束の間、今度は降雪量に悩むことになる。ぶどうの棚は1.5メートルの積雪なら持ちこたえられるものにしていたが、その年の降雪は1.8メートル。雪の重さに耐えかねて支柱が折れた。このままではダメだと考えた豊島さんは、北海道のワイナリーを訪れて、事情を話し雪対策について教えてもらった。その結果、まっすぐに植えていた苗木のすべてを、雪の重量を逃せるように斜めに植え替えた。
4年目の2019年の収穫分では、クラウドファンディングで資金を集めるとともに、委託費用を銀行から借り入れ、念願のワインの醸造に着手。白ワインとスパークリングを販売。そして5年目となる2020年収穫分で、赤ワインも醸造する……というように、難題と日々闘いながら一歩一歩、やりたいことを形にしている。
「農業をやってサラリーマン時代よりも収入は落ちました。けれども、『幸せの総量』は増えている。自然に触れて働きながら、時間は自分で配分できるので、家族との時間も十分とれる。自分にとってはいい働き方です」
ワイナリーの建設予定地へ案内してもらうと、鳥海山を見渡す気持ちのいい高原にあった。近い将来、この景色を眺めながら、ワインや土地の味を楽しむために、多くの人が訪れるのだろう。そして、『TOYOSHIMA FARM』は土地の魅力、農業の魅力を伝える存在になっていくのだろう。