やりたいことを先に決めない。その場にいる人・あるものから、何を立ち上げられるのか。佐々木友輔

やりたいことを先に決めない。その場にいる人・あるものから、何を立ち上げられるのか。佐々木友輔

2022.04.07

2022年2月に東京都内で実施された「第14回恵比寿映像祭」の上映プログラムの一つ、『映画愛の現在』を撮った映像作家・佐々木友輔さんに、話を聞きました。2016年から鳥取大学地域学部で講師をするために、鳥取県に移住し、映画を撮ることを通じて分かったこととは?

カメラ1台あれば、 映画は撮れる。

既存の映画の表現形式にとらわれず、映像作品をつくり続ける映像作家・佐々木友輔さんは、小学生の頃に『ジュラシックパーク』を観て以来、将来の夢が「映画監督」になった。中学生時代は、「映画を撮りたい」という願いが学校の職業体験で叶えられ、実験映画の巨匠・小池照男監督と出会う。そして、「カメラ1台あれば、映画は撮れる」という小池監督の言葉のままに、映像を撮り始めた。

高校生になった佐々木さんは、長編作品にも挑戦するように。メールをやり取りする様子だけを映し出したデビュー作『手紙』では、携帯電話の画面が映されている時間は、72分間中70分間に及ぶという。「突き詰めなければ、人を感動させるものにはならない」という小池監督の教えを、佐々木さんなりに表現したように思えるこの作品は、2003年、日本最大のアートフィルムフェスティバル「イメージフォーラム・フェスティバル」の一般公募部門で、大賞を受賞。「自分の好きに撮ったものなのに、伝わるんだと思いました」と言う通り、17歳にして、映像作家としての評価を受けた。

その後、佐々木さんは東京藝術大学へ進学。映像のことをマニアックに語り合える仲間ができると期待したものの、現実は違った。実験映画を過去のムーブメントと見なす見解や、年間365本映画を観ていないと映画を語る資格はないという意見に、ショックを受けた。「いろんなことに興味が移る自分には、いい映画は撮れないのかもしれないと思っていました。しかも自分が撮っている映画と商業映画には隔たりがあって、映画という同じ土俵にいることさえ認知されていないと感じていて。いつか商業映画に”殴り込み“をかけてやると思いながら、その方法を見つけられないまま、大学も大学院も卒業したんです」と語った。

『映画愛の現在 第Ⅰ部/壁の向こう』

鳥取県の東部が舞台。県内に映画館が3館しかない中、映画の自主上映活動を行ってきた人たちが主人公だ。

part1 佐々木友輔《映画愛の現在 第Ⅰ部/壁の向こうで》2020年/103分

「いる」「ある」に 目を向けることから。

2016年、鳥取大学地域学部で講師の職を得て東京から鳥取県へ移り住んだときは、撮る側としてだけでなく観る側としても「映画がさらに遠のく感覚があった」と言う。それは、鳥取県には映画館が3館しかなかったからだ。

「これまでやってきたことや人間関係は、いったん途切れるかもしれない……」。「第14回恵比寿映像祭」で上映された、ドキュメンタリー3部作『映画愛の現在』のテーマは、佐々木さんの人生相談の旅とされているが、実際に、悩みを解決する糸口を探すように、さまざまな人に会いカメラを向けた。「鳥取で映画に関わる人たちに話を聞いていく途中で、それ自体が映画になるという確信が生まれました。そして、発想を転換すればいいことにも気づいたんです。鳥取に限った話ではないのでしょうけれど、先にやりたいことや見たいものを設定すると、実現のためにはあれもないこれもないと、足りないものばかりが目につく。でも、この土地にはこんな人がいる、じゃあ自分は一緒に何ができるかなと考えてみる。そうすると、無理なくおもしろいことができます」。

この考え方は何も映画づくりだけの話ではないと、佐々木さんは言葉に力を込めた。「自分が先にやりたいことを決めて、その素材を探すのではなくて、その場にいる人やあることから何を立ち上げられるのか。そういう発想ができれば、地方にいたとしても、いくらでも豊かなものはつくれる。これはその土地における活動の仕方や生き方にも通じることだと思えたのは大きなことでした」。

佐々木さんは、なぜそういう考えに辿り着いたのだろうか。「鳥取に来て、人やものをどれだけ解像度高く見るかが、重要だと思うようになりました。例えば、映画であればとにかく浴びるように大量に観なければと思っていたけれど、きっとそうじゃない。今は、圧倒的に出会える人の数が少ないけれど、少ないからこそ、時間をかけて相手と向き合うことができる。じっくり向き合うことで分かったことがあるんです」。

”相手“とは、きっと映画に登場していた人たちのことだけではないのだろう。すると頷きながら、鳥取大学地域学部の学生たちについて語った。「地域におけるキーパーソンを育むことを目指している学部で、プロの作家を志すケースはほぼないんですが、実はものづくりが好きだという学生はいて。彼らがリアクションを求めて、作品を見せてくれるときに、僕が何を言えるかはすごく重要だと思っています。否定するとか褒めるとかは結果に過ぎなくて、一番重要なことは、つくり手のポテンシャルを見つけること。傲慢かもしれないけれど、伝える言葉次第で、作るのを辞めてしまうことだってあり得るから。相手の人生を左右するかもしれない責任を感じながら、作品をよく見て、適切な言葉を探して話しているつもりです」。

伝わってくるのは、佐々木さんは、プロかアマチュアかは関係なく、表現者にも作品にも真剣であるということだ。

『映画愛の現在 第Ⅱ部/旅の道づれ』

鳥取県の東部から中部へと、舞台は移る。登場するのは、自主映画やドキュメンタリーのつくり手たち。

part2 佐々木友輔《映画愛の現在 第Ⅱ部/旅の道づれ》2020年/103分

見出した才能を、 世の中に知らしめたい。

「相手と向き合う時間があることで、『これは絶対に世に出さないと』と思うほどの才能を見つけることがあります。本人に自覚がなくても、きちんと言葉にして相手に伝えて、才能の活かし所を一緒に考える。この時間がすごくいい、すごくうれしい」。この言葉は、『映画愛の現在』の編集を、当時のゼミ生である井田遥さんに任せたことにも表れている。これまで、誰かに編集を任せたことはなかったが、井田さんの不器用なまでの根気強さと集中力の持続性に才能を感じ、編集を任せてみようと思った。「作品づくりに協力してもらうというよりも、僕の映画を使ってその人の表現を世間に紹介したい欲求のほうが強い。自分の創作活動の、大きなモチベーションです」。才能を最大限に引き出し、その存在を世間に伝えたいと考えるのは、なぜだろう。ゼミを持ち、学生の進路相談も受ける講師の、親心のようなものなのだろうか。

「映画に関わってくれた人たちに、あなたたちは本当に素晴らしいんだと気づいてほしい。そのためにも、僕から見えていることを伝えるだけではなく、第三者から何らかの評価を受けることで証明したい。だから、新作『映画愛の現在』が評価されたらうれしい」という言葉からわかるように、佐々木さんの思いは、学生たちだけでなく、映画に出演する人たちにも向けられている。

「鳥取の人たちは、自分たちの活動を過小評価しがちだし、あまりアピールもしないから、もどかしくて。だからこそ、もっと世の中に伝えていきたいんです。『地方で地道にやっている人がいるんだね』じゃない。『日本の映画史に関わる、最前線にいる人たちなんだ』ということが一番伝わる方法を考えたら、『映画愛の現在』という作品になりました」と一気に話した。そして、こう続けた。「地方は文化的な活動が足りないと言っては、著名人を招いて、地方の芸術や文化を盛り上げようとする展開ってよくあると思うんです。でも今、鳥取にいて分かるのは、そんなことはない。絵を描いたり写真を撮ったり、表現活動をしている人はいる。その存在を見ようともしないで、足りないと嘆くのは違う。嘆く前にまず目の前の作品を見て、感想を伝えることから始めればいいと思う」。

表現者であり、大学講師という教育者であり、鳥取県に暮らす佐々木さんの言葉は、地域に根ざして取り組む人たちへの、エールのようにも聞こえた。

映画の編集を担当した井田遥さんが、映画が始まる度に映し出されるアニメーションも、制作した。アニメーション:井田遥、音楽:田中文久、ロゴ:蔵多優美

『映画愛の現在 第Ⅲ部/星を蒐める』

舞台は鳥取県の中部から西部へ。映画の自主上映団体をはじめとした、コミュニティ運営者の面々が揃う。

part3 佐々木友輔《映画愛の現在 第Ⅲ部/星を蒐める》2020年/107分

ささき・ゆうすけ●1985年、兵庫県神戸市生まれ。映像作家、企画者。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。現在、鳥取大学地域学部講師。「揺動メディア」「場所映画」など独自の映画制作理論の構築と実践を行う。主な長編映画に『土瀝青. asphalt』(2013年)、『TRAILer』(2016年)、『コールヒストリー』(2019年)、『映画愛の現在』三部作(2020年)など。

photographs by Mao Yamamoto  
text by Maho Ise


記事は雑誌ソトコト2022年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。