紅茶・香茶コーディネーター本田さなえさんと、お茶に寄り添う体験を

紅茶・香茶コーディネーター本田さなえさんと、お茶に寄り添う体験を

長崎市で国産発酵茶葉販売店「紅と香」を営む本田さなえさん。自ら生産者と消費者の間を行き来し、生の声を聴きながら仲介役としての在り方を模索し続ける。このコロナ禍の期間で悟った、より多くの人が愉しめるお茶との向き合い方とは。

国産発酵茶葉 販売店「紅と香」の芽吹き


鎖国下にあった長崎・居留地で暮らしていた西洋人は、
邸宅から望む港の風景を眺めながら、お茶を飲んでほっと一息ついていたのだろうか。
築100年を超える古民家で国産発酵茶葉を販売する「紅と香」も、この地域でそんな癒しのひと時を提供している。


紅と香・外観
ガラス戸を開けると、暖かい光に包まれる店内に誘われていく。

お店を営むのは本田さなえさん。
勤めていた保育士を辞め、趣味でずっと続けていたお茶の活動を本格的に生業としていくことを決める。
きっかけは、この地域で空き家活用に取り組む知人から寄せられた、とある物件の相談。
趣のある町並みの中に佇む古民家、窓から広がる長崎港の景色、そして居留地の異文化が混ざり合う歴史に惹かれ、この家を引き継いだ。


まず初めに立ちはだかった壁は、店舗作り。とにかく開業の前に、この家をなんとかしないといけない。
資金も十分には無かったため、同じく空き家活用に取り組むメンバーや、本田さんの繋がりで手を貸してくれる人たちとコツコツ改修を重ねた。


改修前の外観
改修を着手した当初の様子。
生い茂った草木を刈るところから始めていった。

2017年から始めたリノベーションは、少しずつ歩みを進め、2018年4月に店舗がオープン。
本田さんが直接農家から仕入れてきた国産茶葉を販売したり、お茶を淹れる体験・教室を開いたりなど、開店してから今に至るまで着実にファンを増やしていった。


オープン日の「紅と香」外観
約半年間で店舗部分の改修まで済ませ、「紅と香」がスタートした。

生産者の元でひたすらお茶と向き合う


訪れる人とのコミュニケーションを大事にしながら、そして生産者との繋がりを大切に築きながら、
2020年4月でお店は2周年を迎えようとしていた。


「紅と香」店内
お茶の試飲や体験などができる空間に生まれ変わった。

そんな矢先、新型コロナウイルスの影響があらゆる業界に及んだが、「紅と香」もその例外ではなかった。
対面での販売や商品の仕入れが思うようにいかなくなってきたのだ。
本田さんはこの状況を受けて、「お茶を作りに行こう!」と思い立つ。
早速、元々取引のあった東彼杵のお茶農家に連絡。
コロナ禍による商品の需要縮小・価格下落や従業員の雇用維持の難しさに直面していた農家は、ボランティアで本田さんが来てくれることには歓迎だった。それから4月中旬ごろより約2ヶ月間、ほぼ毎日朝6時に長崎市を出発して茶畑に通い、夜の22時に帰ってくるような日々を送ることに。


茶畑で作業中の本田さん
当分の間、店舗をお休みし、東彼杵町の茶畑の中で修行をする本田さん。

これまでにも本田さんが茶園に赴きお手伝いをすることはあったが、今回の修行の内容は一味違ったとのこと。
というのも、今まではシーズン中に茶摘みをさせてもらうなどの経験しか無かったが、今回は長期間に渡って茶園に通い続けたことで、シーズン外ならではの茶園の管理作業を見学・体験させてもらったようだ。
畑の抜根をして新たな畑を育てる準備、樹勢を強くするための枝の剪定、茶に覆い掛けをする「寒冷紗」という布などといった備品の補修・整備など、ベストな状態でお茶を摘むまでの支度を丁寧にこなしていく姿を目の当たりにしたのだった。


茶葉・手元
先が見えない中で不安になりながらも、今はとにかく茶葉を作るしかない。
そんな思いで手を進める農家の想いにも触れた。

 

探究の末に辿り着いたのは…



探究の末に辿り着いたのは、お茶との「対話」


また、この間に本田さんがお茶と向き合う中で、お茶の製法についても見つめ直す時間が生まれた。
茶工場は機械設備などを完備するまでに莫大なコストがかかる。
これは、この業界をこれから目指す人にとっては大きな障壁となるだろう。
また、大抵は一番茶である新芽の緑茶を生産することにのみ特化した機械を導入するため、その後の二番茶、三番茶の質は自ずと落ちてしまう。茶葉に含まれる水分や栄養分などはそれぞれ異なり、適した製法でないと茶葉の魅力を最大限引き出すことはできないのだ。


並ぶ茶器と茶葉
本田さんがお茶を淹れる準備をしてくれる。

本田さんは、「あらゆるシーズンの葉のポテンシャルを生かせる製造が可能な、フレキシブルな工場の在り方とは?」と考えるようになった。
どれか一つを取ってもう一方を諦める、というような取捨択一の考え方ではなく、もっと柔軟に多様化していくべきではないだろうか。茶と対話し、それぞれのシーズンに採れる茶葉が持つ本来の味を引き出す道はないものかと思案し始める。


探究心の強い本田さんは、それから製法のアレンジを試行錯誤してみた。お茶ごとに決まっている一連の流れをバラバラに捉え、茶葉の摘み方や酵素の失活などの工程ごとに最適な手法を組み替えてみるなどして、研究を重ねていったのだ。


抽出待ち。


味の違いを愉しむことこそが、現代の嗜好品としてのお茶の飲み方。
茶葉の収穫時期に応じて、その味の本来の味わいや成分を存分に引き立たせる手法を探究し続けた本田さんは、そのようなことを悟った。


本田さん「例えば、同じシーズンの同じ芽であっても、葉っぱの上の部分か下の部分かでその味は変わってきます。まるで“赤ちゃん”のような、新芽の芯の部分だからこそ感じられる無垢なやさしい味わい。対して三葉目より下の葉には、まるで“大人の女性”を思わせる落ち着いた魅力があって、それは下に付いている大人の葉にしか出せない深みなんです」


お茶を淹れる本田さん


いつもは刈られずに捨てられてしまう三葉目以下の茶葉は、一葉目よりも劣化しているのではなく、あくまでも異なるおいしさがそこにあるのだと主張する。時代に合ったお茶との寄り添い方を、激動のコロナ禍でもできることを模索し、内省する中で気付きを得た。


淹れてもらったお茶は、同じ芽の中でも葉の摘み方や発酵度を変え、それぞれの葉の部位にコミットした形で製造したもの。フレッシュな飲み口のお茶、正統派で旬を感じる味わいのお茶、口いっぱいにコクと香りが広がるお茶。
本田さんの先ほどまでの説明がスッと喉を通って体のなかに染み渡るようだった。


お茶たち
味だけでなく、色の違いでも愉しめる。

生産者と消費者の“中間”から伝えられること


本田さんのお茶との向き合い方。
それは、今までは「良し悪しを見極める」ことを信条とし、その審美眼を磨いてきた。
これからは、いかに「人と寄り添えるか」を意識していきたいとのこと。


お茶のコーディネーターは、日本という恵まれた環境下で活動できる。
生産地である茶畑は、コーヒーのように海外にあるわけではなく国内のすぐ近くにある。
それに加え、お茶は世代を問わず暮らしの中に浸透しているため、消費者の声は身近なところから拾える。
率先して対話を実践し、両者の声を直接聴いていきたいと考えているようだ。


「紅と香」内観・ぼかし


 

茶業の中間業者として、自分に何ができるのか。間に位置する存在だからこそ気付けることに目を向けている。
本田さん「生産者には茶業としての新しい在り方の可能性を、消費者には新しいお茶の愉しみ方を、対話を通して伝えていきたいですね」


また、茶業への新規参入者にも活路を拓いていきたいと意気込む。
お茶が格式高いもので、教養のある人しか愉しんではいけないようなイメージを持たれているが、決してそうではないという本田さん。お湯は○度でないといけない、分量はきっちり守らないといけないというようなルールに縛られた窮屈な世界よりも、もっとフランクに愉しめるものとして広めていきたいのだそうだ。


写真を撮る本田さん
「あら可愛い〜!」と喜びながら写真を撮るチャーミングな一面も

本田さん「お茶で生計を立てていることは事実だけど、お茶との対話を心がけ、単なる稼ぎの道具ではないというスタンスであり続けたいと思います。寒い時期に飲むお茶、暑い時期に飲むお茶には、それぞれその時期に摂取することで人間の体の働きを手助けしてくれる成分が含まれます。そんな恩恵を分け与えてくれるお茶に対して、搾取する側(人間)と奴隷(茶葉)のような関係性ではいたくないんです」


今後は、茶葉などの商品の販売は店舗からネットに切り替えていき、店舗では体験や教室、カウンセリングなどのコンテンツを受けられる場として提供していく。より一層、足を運んだ人との対話を重視する形式となっていくようだ。


本田さん正面から
お茶について詳しく知らない人でも丁寧に説明をしてくれ、
一緒にお茶のおいしさを分かち合うコミュニケーションが生まれる。

飽きない探究心に加え、茶と向き合う姿勢、消費者に対する寛大な対応など、本田さんの人柄こそが「紅と香」にファンを増やし続ける理由。今後もさらなる探究と模索により、私たちに新しい愉しみ方を教えてくれるだろう。
 

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