特集 | まちをワクワクさせるローカルプロジェクト
「無駄にいていい場所」を目指して。『てのひらワークス』は、そんな靴屋さんです。
道具として履く人にどう寄り添うかという哲学が、小林さん夫妻が手がける靴にはある。岡山県の山深いまち、吉備中央町円城で、家族を第一に思いながら靴が生み出され、今度は家族を守るために、地域に開かれた拠点で靴づくりを手がけようとしている。
目次
人の健康を支える道具として 自分たちらしい靴をつくる。
静かなまちで日々靴づくりと向き合う『てのひらワークス』の小林智行さん・恵子さん夫妻。智行さん主体で靴づくりを行い、子育てが落ち着き、ようやく時間が持てるようになった恵子さんが、革の切り出しや縫製などの工程の一部を担当する。オーダーメイド、既製品の靴づくりと、ワークショップを手がけている。
智行さんはものづくりがしたくて大学卒業後に東京・原宿にあった靴の学校で1年間みっちりと学んだ。しかし、股関節が悪く外反拇趾にも悩まされていた母親に靴をつくろうとするもうまくできなかった。「どんな靴でもつくれると思い込んでいたけれど、足のサポートの仕方までは習得できていないと気づきました。そこで、義肢装具の知識が必要だと感じて職業訓練校で学び、大阪の会社に就職しました」と智行さん。全身のあらゆる装具をオーダーでつくる仕事を通じて、師匠からさまざまなことを学んだという。そして、4年後に独立して恵子さんと『てのひらワークス』を始めた。
智行さんが手がけるのは、既製の木型に合わせて作る従来の靴とは異なる。靴は履く人の”道具“としてどうあるべきか。常にそう考えながら、既成概念にとらわれずに製作に没頭している。独立して間もない頃に美容師から依頼された、脱ぎ履きが簡単で中に髪の毛が入らない靴の製作がきっかけで、自分らしい靴づくりへの探求を深めた。「義肢装具会社の師匠が手がけた義足と脚をつなぐ革製のソケットが、ファンがいるほどの着け心地だったことを思い出しました。そこで、健常者が着ける義足というイメージを持ち、毛が中に入ったら洗えればいいという発想から、袋状に成型した革の中に足を入れる靴をつくりました」。
そして、自分でもこの袋状の靴を試していた頃、栃木県・益子町でギャラリー&カフェ『starnet』を営む馬場浩史さんとの対話を通じて新しい感覚が生まれた。これまでオーダーメイドに専念してきたが、既製品にしかできない社会貢献があるという民藝の考えに共感し、既製品の靴づくりを模索し始めた。現時点で行き着いたのは、自身との関係性を通じて生まれた木型からつくる既製品だ。
「既製の木型を使って平均的なものをつくろうとすると私の妻や子どもが省かれてしまう可能性があるので、家族を優先する靴づくりが根本にあります。そして、お客さんの中でも甲高ならあの人、甲薄ならこの人という理想の足があって型を取らせてもらい、自分の木型のレギュラーが増えてきました。私自身は、靴というよりも足をつくっているイメージです。いい足の人の靴を履くことでトラブルのある自身の足を矯正して、時間をかけて健康になるのが理想です。ただ、お客さんが私のつくった靴を履いた時に自身の足に合っていないと捉えるか、自分にとって必要なぎこちなさと捉えるかで分かれて、万人には受けないと思います。足型がそろってきたものの、25センチぐらいの男性の足型はまだ足りていないんです」
智行さんは同時に、身体に障害のある人の靴づくりもオーダーメイドで行ってきた。工房に3回は足を運んでもらい、その人にとって使いやすい靴を二人三脚でつくり上げていく。そこでのノウハウや経験を既製品の靴づくりにも落とし込み、現代の下駄と足袋を靴でつくりたいという思いもある。踵がなく、指を使って歩く現代の下駄のような靴は「コモンシューズ」となり、履いているうちに自分の足になじんでくる、足袋型の靴づくりも模索を続けている。
家族を守るため、 地域に開かれた拠点を。
『てのひらワークス』では、オーダーメイドと既製品の靴製作を始める前から、原宿の学校のように月謝制で自分の靴づくりをする教室を開いていた。どうしてもデザインから入ってしまう靴づくりに違和感を感じて、『てのひらワークス』が好きな人に向けてここでやっていることを共有する「靴同好会」や、2泊3日で先のコモンシューズをつくる「コモンシューズの会」を開いてきた。「高知県、石川県などの地域から声がかかって開催していました。木型が必要になるので参加へのハードルは少し高いですが、自分にとって必要な履物を考える文化や、自分でつくって自分で手にする選択肢があることを伝えていきたいですね」と智行さん。ほかにも、生業として、靴を通じサービスをしたい人に向けて、コモンシューズの手ほどきをする「てのひらワークスネット」も行っている。また、同町の私立小・中学校の生徒を職業体験で受け入れたこともある。
近々、山も池もある約2000坪の土地に引っ越す予定で、地域の人も旅人も、誰でも立ち寄れる場を持ちたいと考えている。まずは地域のため、というよりは家族のためだ。「さまざまな人が出入りする場をつくることで、息子たちには親の生業と、それを成り立たせる地域社会の現場の空気を感じてほしいという願いがあります。人とのつながりの大切さを知ってもらうためにも”半パブリックな場所“が大事だと思っています」。家族への思いの強さは、自身が東京の下町で育ち、酒屋を営んでいた両親の影響が大きいという。「みんな楽しそうで、父は常に笑顔。おしゃべりして本当に働いているのかと思ったくらい(笑)。幸せな記憶しかなく、大学卒業後に就職できなかったのは、そんな目の前の人のための仕事しかイメージできなかったから」。そして身近な家族が亡くなり、やりたいことをやる、支えてもらった人たちに感謝するという気持ちが強まった。「靴のお客さんとは長いつき合いになり、親戚のような感じです。新たな場では、自分でもコミュニティをつくって家族みたいな生き方がしたいという思いもあります」。
引っ越し先では、畑や空き地で子どもが遊べたり、オーダーメイドでなくても靴の相談ができたりと気軽に来られる場所、「無駄にいていい場所」にしたいという思いが智行さんにはある。恵子さんもアーティストの友人を呼んで学校の子どもたちに体験型のワークショップなどもできそうと期待を膨らませているという。家族が生きていくために。その正直な気持ちと関わる人への感謝の気持ちが、地域を豊かにするのだろう。
photographs by Yuichi Matsuki text by Mari Kubota
記事は雑誌ソトコト2022年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。