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特集 | みんなの学校

【岩手県陸前高田市】小さなまちで「生きる」を教える『Change Makers’ College』

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岩手県陸前高田市の半島部分にある漁師まち・広田町地区。ここには日本でも数少ない、デンマークにある成人教育機関「フォルケホイスコーレ」の考え方を取り入れた学校があります。生きるとは何か、豊かさとは何か。そんな根源的なことを、みんなで学び、考えます。

目次

半島の漁師まちで、豊かに、幸せに生きる考え方を学ぶ。

「奇跡の一本松」が復興のシンボルとして知られる岩手県陸前高田市は、東日本大震災で大きな被害を受けた場所の一つだ。「Change Makers’ College(以下CMC)』が拠点を構える広田町地区は、この陸前高田市の南東部に突き出た半島部分にある。
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山にも近い陸前高田市広田町地区。古くからワカメ、カキの養殖やウニ漁などで栄えており、現在の人口は約3000人ほど。
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津波に耐えて残った「奇跡の一本松」。
『CMC』は「豊かによりよく生きるとはどういうことか?」という人生において本質的な問いを、授業にとどまらず、シェアハウスでの共同生活や、地域の人々との交流を通して学ぶ学校として、2017年に開校。これまでに全7期を開校し、54人の卒業生を送った。
『CMC』の運営母体は、広田町地区を拠点にまちづくりやひとづくりに取り組むNPO法人『SET』。その理事長を務める岡田勝太さん、山本晃平さんらが中心となって運営している。「広田町との出合いは、大学生のときにボランティアとして震災の復興支援に来たことから。復興支援が終わっても人口減少や産業の担い手不足など、全国にも共通する課題が残っていると感じ、解決に臨みたいと、有志たちと『SET』を設立しました」と岡田さんは話す。
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右/『SET』の理事長で『Change Makers College』発起人・岡田勝太さん。2013年に広田町地区に移住。左/『SET』の「広報ファンドレイズ」担当の山本晃平さん。2020年に移住。
『SET』ではまず、課題解決に関心を持つ大学生などに、広田町地区に来て、暮らしてもらうことから始めた。その中で岡田さんたちは、生活を通してまちの産業を教わったり、人と深く関わったり、まちの自然に触れたりすることは、広田町地区の課題解決につながるだけでなく、生きることや豊かさとは何かを考える「学び」になると気づいたという。そこでこの一連の活動を「探求の場(学校)」としてとらえ、人とのつながり方を見直し、豊かな社会を実現させる関係性を学ぶことを目的とした学校、『CMC』を開校した。
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右/まち全体を教室と見立て、徒歩5分圏内ごとに離れている古民家に音楽室やアトリエをつくっている。建物だけでなく海、畑、山すべてが教室だ。左/一番大きな校舎兼シェアハウスの中にあるライブラリー。
基本的には4月に入学し、8月に卒業(10月に開催した年も)。各期10人前後で、参加者の年齢制限は設けていない。
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校舎兼シェアハウス。立派な家が多い広田町地区の中でも大きく、増築を繰り返して部屋数も多い。
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ワークショップルームやミーティング用の座敷、寝室があり、ワークショップルームにはこたつやゲーム機器もある。

共同体の大きさは関係ない。大事な価値観を見つける。

開校後も学校の方向性や内容について試行錯誤を繰り返すなか、転機になったのは、2018年にデンマークにある「フォルケホイスコーレ」という成人向けの全寮制教育機関を知ったこと。対話形式の授業や芸術・表現活動、十分な余白の時間などを通して「よりよい生き方の探求」を模索する教育機関だ。さっそく本場デンマークの学校のひとつに視察に行ってみると、まさに『CMC』で実現したいことがそこにあった。
山本さんは、その時に見た授業風景を今でも忘れられないという。「80人ぐらいで、ひとつのテーマを話し合う授業でした。全然発言しない人もいて、『本当にまとまるのかな?』と疑問だったんです。でも何も言わないことは積極的な合意だという意図が浸透しており、それが前提で進んでいるので、合意形成がされたときの達成感が大きい。そのベースには普段から築き上げてきた信頼がある。関係性やコミュニケーションのひとつの完成形を見た思いでした」
さらに衝撃的だったのは、『CMC』の活動や理念を話すと、「それはとても大事なことだから協力する」と即答してくれたことだ。デンマークの伝統的教育機関が、小さなまちでの試みを即座に理解し、同じ志を持つ者として見てくれたことに勇気をもらった。こうして交換留学も始まった。

講師だけでなく、まちの人も。参加者を後押し。

『CMC』には、学校の理念にも通じる「コース」のほか、それを補うもので、自分の興味のあることを深める「クラス」の授業がある。コースは2種類あるうちどちらかを全員が必修し、クラスは数種類から自由に選んでスケジュールに組み込める。どちらも毎年内容を見直ししており、常にその時にとって最適な形を模索している。
また、クラスでは授業そのものよりも講師の情熱のほうが参加者の心により強く残ると考え、内容は講師に一任することが多い。2020年年10月開校の5期生である有田麻梨奈さんは、現在、狩猟免許を取得し、猟師としての活動も少しずつ始めているが、同時に『CMC』内の「ネイチャーダイブクラス」の講師を務め、自然界に深く入り込んで猟をしたり、森の中に居心地のいい場所をつくって寝てみたりと、彼女らしいクラスを構成している。「講師の情熱に触れて心が揺り動かされた経験を、暮らしの中で自分なりにとらえなおしたり、人との対話でどう役立てたかのほうが印象に残るんです。その場では大きな変化は感じられなかったけれど、卒業して数年経ってから気づきを得る人もいるんですよ」と岡田さんと山本さんはこの6年を振り返る。
フィールドとなる広田町地区の人々も、そんな参加者たちをそっと後押ししてくれるようなサポーターのような存在だ。ワカメ養殖業を営む村上榮二さん・妙子さんご夫妻は、参加者たちを快く迎え入れ、雑談の中で何となく悩みや愚痴を聞いたり、ときには「お説教」を返したりしてくれる。参加者たちも頼るだけではなく、繁忙期になるとワカメ漁や畑仕事を手伝ったりする。そんな距離感の中で、親には言えないことを打ち明けたりして心を整理し、進むべき道を見出す人もいるそうだ。
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ワカメ漁師の村上さんご夫妻のお宅にて。「居心地がいいから」とつい長居してしまう参加者も多いとか。

それぞれの豊かさを見出していく、卒業生たち。

2020年4月に開校した4期生の小林夏菜さんは就職して1年目に退職し、22年4月に開校した7期生の望月綾乃さんは就職活動の真っ只中に休学して『CMC』に参加した。二人ともこのまま何も考えずに進むことに疑問を持ち、一度立ち止まって考えるきっかけが欲しいとやってきたのだ。
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右/4期生の小林夏菜さんと7期生の望月綾乃さん。左/2022年4月開校した7期生の卒業式。
望月さんはここで初めて鹿を捌き、土から器をつくり、魚を捌き、「生きていくこと」の根元に肌で触れた。しかし夜はシェアハウスの仲間と気楽にゲームを楽しんだりと、この生活の奥深さと自由さを感じたという。
小林さんは、「ここにはいい意味で何もない。自分の選択に世間や他者が介入しないことをとても幸せだと感じました。その分、結果を誰のせいにもできない。自分で掴み取る幸せというのは、生やさしいものではないこともよくわかりました」と当時を振り返る。『CMC』は2023年も新入生を迎える。彼らがどんな豊かさに出合うのか、楽しみである。
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静かな入り江の「小祝浜」には、一人で心を休めに来る参加者も多い。

『Change Makers' College』の授業とは?

「リレーションシップコース」と「ソーシャルエデュケーションコース」はどちらかを必須科目として受講し、ほかのクラスは選択制。授業の一部を紹介します。
リレーションシップコース
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「聴くこと」「伝えること」を問い直し、考えることで、人と人、他者、コミュニティ、社会、そして自然とのつながりを考え直す。「豊かな関係性」とは何かを考える。
ソーシャルエデュケーションコース
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デンマーク人の「対人支援専門家」トリーネ・ヴィレモセさんを講師に、デンマークの手法「ペタゴー」を学び、的確な自己表現の仕方や正しい発達のあり方を学ぶ。
フォレストキャンプクラス
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スマホや時計といった電子機器を手放し、自然の中で「感じる力」を伸ばすキャンプ。与えられるのは椅子とあり余るほどの時間だけ。いやでも自分に向かい合わなければならない。
ナチュラルフードクラス
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近所でもらった魚や、自分で育てた野菜などを使い、調理を楽しむクラス。心身が健康になることはもちろん、毎日の食の習慣から地球そのものを見つめ直すことも目標にしている。
エコクラフトクラス
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ビーチでのゴミ拾いで得たものからハンドメイド作品をつくったり、粘土で土器を焼いたり。モノを観察し、新たな命を吹き込むことで海の向こうの暮らしや、ひいてはもっと広い世界を想像する。

『Change Makers' College』・岡田勝太さん、山本晃平さんが気になる、学びを楽しむコンテンツ。

Radio:IBCラジオ
www.ibc.co.jp/radio
よく行く近所のサウナや、ワカメやウニの仕事のお手伝い中に流れています。肩の力を抜いて聴けるので、頭や心を柔らかくしたい時にオススメです。岩手の人ならではの話題にも触れられて、おもしろいです。(山本晃平)
Book:センス・オブ・ワンダー
レイチェル・カーソン著、上遠恵子訳、新潮社刊
この本を読むと、自分の中にあるセンス・オブ・ワンダー(世界に目を向ける感性)な感覚や、自分の中に広がる想像力を思い出させてくれます。そして、改めて世界は美しいのだなと実感させてくれる素敵な本です。 (岡田勝太)
TV:ザ!鉄腕!DASH!!
日本テレビ
本格的な大人の遊びという感じがとても好きです。田舎に住んでいると知っていることも多いのですが、時々知らなかった情報や視点に出合えるのも楽しい。日曜日の夕飯後の時間に、よく子どもと楽しく見ています。 (岡田勝太)
photographs by Yusuke Abe text by Sumika Hayakawa
記事は雑誌ソトコト2023年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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