何げなく生えているまちの植物のガイドをしている、植物観察家の鈴木純さん。「まちの植物はともだち」をモットーに、全国で「植物観察会」を開催しています。植物って、どう観ていったらいいのでしょう? 鈴木さんの目線と植物に向き合う心に、ヒントがありました。(写真:駅前でオニタビラコなどを見つけた鈴木純さん。)
目次
葉っぱにしっかりと個性があったとは!
毎日通う駅前で、よく通る路上で。私たちの視界の隅のほうに、いつもいるもの──。それは、アスファルトの割れ目や境からにょきっと出ている草や、私たちを見下ろすように枝葉を伸ばしている街路樹など「まちの植物」だ。
それらに心を奪われた当時18歳の青年がいた。その名は、鈴木純さん。東京都港区生まれ、新宿区育ちの鈴木さんは、子どもの頃から植物に詳しかったわけではない。父親が単身赴任をしていた東京都小笠原村へ遊びに行くことで、都会と島の両方の自然を肌で感じ、「将来は植物に関する仕事をしたい」と思うようになり、東京農業大学造園科学科へ入学。そこで180種の樹木名を「課題として」初めて覚え始めたのだった。
鈴木さんは樹木それぞれの葉の形状に違いがあると知り、「違いがあるなんて思ったこともなかった。葉っぱにしっかりと個性があったなんて!」と、衝撃を受ける。葉の形状のルールや季節ごとの変化の順序に秩序を感じ、感銘を受けたのだ。それから、まちの植物たちを見つけると、自然に「この形だから○○だ」と植物名が分かるようになったという。
さまざまな植物が分かる、喜び。存在と名前を認めると、「世界はともだちだらけになる」とも感じた。ほんの数メートル歩くだけで、ともだちだらけ。「楽しくて、見慣れたまちの景色が新しく塗り替えられました」と話す。
鈴木さんは2008年に大学を卒業後、砂漠緑化活動に従事した青年海外協力隊隊員などを経て、2018年に独立。現在は植物観察家として、初心者向けのまちの植物の観察会を行っている。
すずき・じゅん●植物観察家。1986年生まれ。全国各地の野生植物を見て回り、植物ガイドとして独立。都市環境をフィールドに「植物観察会」を開催している。著書に『そんなふうに生きていたのね まちの植物のせかい』(雷鳥社)など。https://beyond-ecophobia.com
観察会を始めた理由を聞くと、「『普段みなさんが通り過ぎているところに植物がいるから、知らないのはもったいないですよ』という気持ちで始めました。ただ植物のおもしろさを伝えたかっただけなんです」と、鈴木さん。その分かりやすく親しみやすいトークが好評で、現在は多忙な日々を過ごしている。日本の都市環境は似ていて、どのまちでも同じような植物が生えていることから、全国のまちで観察会を開催する。
観察会には、1日限定の会と、年に8回開催する「まちの植物はともだち年間講座」がある。「単発の観察会では、僕の視点でまちの植物の紹介をするのですが、植物をおもしろがる僕を見ていただいているのかもしれません(笑)。体験に近い感じです。年間講座は、より詳しく知りたい人向けです。自分で植物を探せるようになることと、例えば『なんでここにいるんだろう?』などと疑問の設定ができるようになることを目指しています」。
図鑑で知った知識と、自分の「分かった」は違う。
鈴木さんの解説が親しみやすい理由の一つが、図鑑で知った知識より、自らの体験を伝えていることにある。「例えば、図鑑で『ヒガンバナの葉は夏になくなる』と書いてあったら、僕は実際にそれを見たいんです。近所のヒガンバナを毎日見て観察しました。初夏に葉がだんだん黄色になって、ほかの草が覆ってゆっくり消えていくなと分かったら、それを観察会で話します。図鑑は参考にはしますが、そこで得た知識と僕の体感とは分けて伝えています」。
なぜ分けているかと言うと、「観察」を心から大切にしているからだ。その姿勢は、鈴木さんの観察会で学べる重要な要素でもある。「人がなぜソメイヨシノの木が分かるかと言うと、花を咲かせるのを何度も何年も見ているから、『この木はソメイヨシノだ』と信じているんです。一方で、図鑑で調べて知識として知っていることは、図鑑を信じていることになるし、自分のなかで『分かった』とは言えないんじゃないかなって。植物を信じることに辿り着くには、時間がかかります。『分かった』は、『身体化する』とも言えるのかもしれません。そのプロセスこそが観察なんです」。
鈴木さんは「身体化すると、信じられるようになる」と話す。観察会では葉などの形を観察し、繰り返すことで「これは○○だ」と植物を信じられるようになっていく。繰り返すほど「葉っぱは何枚出てくるんだろう」などと疑問が生まれ、どんどんその木や草花のことを好きになっていくから、「観察は、好きになるためのプロセスでもある」と語る。
自然は複雑で、植物を完全に理解できるとは思っていないからこそ、観察することしかできない、とも思っているそうだ。
鈴木さんは植物との向き合い方を規定しているわけではない。「植物の楽しみ方って、なんでもいいんです。単純に美しいと思って惹かれる人もいるだろうし、楽しみ方は自由です。僕なりの楽しみ方をお伝えしていますが、それをどう受け取ってもらってもかまいません。僕との時間はあくまできっかけとして使っていただけたらと思います。身近な植物の名前が分かることはゴールではなく、スタートです」。
まちの植物を覗いてみよう。ともだちが“一人”でもできたら、世界は優しく見えるはずだから。
とある日の植物観察
2023年2月末のある日、まちの植物を探してみました。季節を問わず観察はできるそう。鈴木さんの目線のおもしろさを紹介します。
植物を探すコツは、隙間を見ること。
まちのフェンスや壁によくいる、つる植物。
植物は移動できない? 種のとき移動します!
長い時間をかけて、開花の準備をしている。
とっても賢い! 子孫を残す保険まで。
路上でガイドブックを開き、確認することも。
花のときだけではなく、違う時季にも注目を。
鈴木純さんの「植物観察会」
これまでよりも、植物をもっと好きになる。
植物観察会は全国各地で開催中。主催して依頼する場合は、❶都市環境であること、❷参加対象が例えば「大人向け」などと絞られていること、❸鈴木さんの著書を読んだことがあるか、鈴木さんの植物観察会に参加したことがあるなどの条件がある。詳細は鈴木さんのnoteへ。また、都内で開催している「まちの植物はともだち年間講座」は第3期が3月から始まったばかり。次期の募集は2024年1月頃の予定。(写真提供:鈴木純)
植物観察会は全国各地で開催中。主催して依頼する場合は、❶都市環境であること、❷参加対象が例えば「大人向け」などと絞られていること、❸鈴木さんの著書を読んだことがあるか、鈴木さんの植物観察会に参加したことがあるなどの条件がある。詳細は鈴木さんのnoteへ。また、都内で開催している「まちの植物はともだち年間講座」は第3期が3月から始まったばかり。次期の募集は2024年1月頃の予定。(写真提供:鈴木純)
植物観察家・鈴木 純さんが気になる、学びを楽しむコンテンツ。
Book:子どもの文化人類学
原 ひろ子著、筑摩書房刊
極北のインディアンたちが自分の楽しみとして子どもを育てていることを教えてくれる本。僕には娘がいて、今は育児が究極の学びになっています。日本の社会観とは違う、子どもとの向き合い方を知ることができました。
原 ひろ子著、筑摩書房刊
極北のインディアンたちが自分の楽しみとして子どもを育てていることを教えてくれる本。僕には娘がいて、今は育児が究極の学びになっています。日本の社会観とは違う、子どもとの向き合い方を知ることができました。
Book:家は生態系─あなたは20万種の生き物と暮らしている
ロブ・ダン著、白揚社刊
まさに学びの本。家の中には20万種以上の生き物がいると教えてくれる一冊です。例えば、冷凍庫には寒いところを得意とする微生物がいたりして、環境ごとに生き物がいっぱいいるのです。世界の見え方が変わります。
ロブ・ダン著、白揚社刊
まさに学びの本。家の中には20万種以上の生き物がいると教えてくれる一冊です。例えば、冷凍庫には寒いところを得意とする微生物がいたりして、環境ごとに生き物がいっぱいいるのです。世界の見え方が変わります。
Book:〈責任〉の生成─中動態と当事者研究
國分功一郎著、熊谷晋一郎著、新曜社刊
「能動態」と「受動態」の以前にあった「中動態」と当事者研究について論じられ、人にそもそも意思はあるのか、責任を誰が負うのかなど考えさせられます。植物も意思はなく中動態的な生き方をしていると感じました。
國分功一郎著、熊谷晋一郎著、新曜社刊
「能動態」と「受動態」の以前にあった「中動態」と当事者研究について論じられ、人にそもそも意思はあるのか、責任を誰が負うのかなど考えさせられます。植物も意思はなく中動態的な生き方をしていると感じました。
photographs by Yusuke Abe text by Yoshino Kokubo
記事は雑誌ソトコト2023年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。