介護の現場に必要なのは、職員に対する「尊厳」。そんな理念のもとで実践されているのが、対話だ。「対話の文化」は職員の働きがいを見出し、入居者の暮らしを豊かなものに変えていった。
対話を重ねることで、本質を探り、解決を後押し。
鹿児島県鹿児島市にある老人福祉施設・旭生会『旭ヶ丘園』の理念は「尊厳に立つ」。理事長の園田希和子さんが2014年に就任したときに定めたもので、施設利用者の尊厳を守るためにも、利用者を支える職員の尊厳を守ることが大切だという思いが込められている。「私が副園長として『旭ヶ丘園』に入った2009年当時は、全国的にも介護職員の離職率が高かった時代。『旭ヶ丘園』も同様でした。介護は対人援助の仕事ですから、まじめに働く職員ほど身も心もすり切れます。そのケアが十分できていなかったために離職するケースが多かったのです」。
職員一人ひとりの「働きたい気持ち」を支えるために、園田さんは職員と徹底的に対話することを決意。当時100名ほどいた職員全員と1年をかけて対話を行った。「職場の課題や家庭での悩みごと。あらゆることを話しました」。
対話の際、園田さんが心がけたのは、本質を探ること。「真っ赤に燃える球があって、そこから黄色い火花がいくつも飛び出している。赤い球が本質で、黄色い火花は現象です。多くの人は火花を消して課題が解決したと思い込んでいますが、赤い球に手を突っ込まない限り真の課題の解決はできません。勇気と覚悟が必要ですが、本質を探ろうとする強い気持ちを、対話を重ねることで後押ししました」。
対話することで、本質と向き合うことを避けてきた職員に変化の兆しが表れ始めた。施設課課長の中村純也さんもその一人だ。
対話の文化は、入居者の暮らしにも伝播。
当時30歳だった中村さんは、「正直、副園長が大嫌いでした」と今、笑顔で振り返る。「人手不足で忙しいのに、職員を一人ずつ呼び出し、ひたすら話をするのですから。現場は大迷惑でしたよ」と。ただ、そんな中村さんも園田さんと対話を重ねるうちに、職員への思いを理解するようになった。すると、「突然、課長に任命されたのです」。断ったが強く推薦され、承諾。「それを機に仕事に向き合う姿勢が変わりました」。まさに、立場が人をつくる。中村さんも若手職員と対話を重ね、心を通わせた。
対話の文化は職場の雰囲気を変えていった。例えば、『鹿児島県老人福祉施設協議会』が主催する「介護技能コンテスト」で『旭ヶ丘園』は3年連続受賞しているが、前年の受賞者がその年の出場者に技能を教えるという関係が自然と生まれているのも、対話の文化が浸透しているからに違いない。
さらに、対話の文化は、高齢者が自立生活を送るケアハウスにも伝播。「入居者同士の交流が以前よりも盛んになり、毎月開かれる茶話会には30名全員が参加。和気藹々と過ごされています」と中村さんは喜ぶ。
また、特別養護老人ホームで働いていた介護福祉士が定年退職後、再雇用されてケアハウスで働くケースも増えている。料理が得意な職員は入居者からリクエストされた寿司や煮物、おはぎをつくって振る舞うなど、交流を楽しみながら生き生きと働いている。「現場の職員は助かるし、シニアの方は必要とされることで充実した生活を送れます」と中村さん。そんな取り組みも「尊厳に立つ」の一つの表れ。超高齢化時代の介護のヒントになりそうだ。