110年の歴史を建物に見る。
今回、紹介するリトルプレスは『海友舎建築解説資料』。
2013年の夏、広島県の江田島を訪ねた。目的は、以前この連載でも紹介した小冊子『Bridge』を作っている岡本礼教さんに会いに行くこと。もうひとつは「ぐるぐる海友舎プロジェクト」が維持管理する、築110年の洋館『海友舎』を訪ねること。
大学生活の4年間、広島で過ごした僕にとって、合宿などで何度か訪れたことがある思い出のある地域。建築の勉強をしていた僕にとっても、『海友舎』は訪ねてみたい場所だった。
18世紀まで農村だった江田島に、東京・築地から日本帝国海軍の海軍兵学校が移転してきたのは1888年。イギリス海軍のダートマスと並び称され、有名な士官学校もあった。戦後、進駐軍がその土地を接収し、現在は『海上自衛隊第1術科学校』になっている。
1907年、海軍兵学校で働く兵士や下士官用の娯楽兼福利厚生施設として建てられた『旧江田島海軍下士卒集会所』(現在の『海友舎』)は、寄棟造りの瓦葺き木造2階建て、外観は西欧風の洋館、室内は和室や床の間を備える和洋折衷の建物。
戦後の1948年、民間に払い下げられ、洋裁学校や事務所に転用されていたが、2012年の事務所の撤退を機に、財政難で買い取りに消極的な江田島市に代わり、保存活用を望む島内外の有志メンバーが集い、所有者の好意と地元の協力により「ぐるぐる海友舎プロジェクト」が発足した。
現在の『海友舎』は、丘陵地の中腹、住宅地の中に佇む白く美しい洋館となり、建設当時の雰囲気を伝えているように感じられる。
玄関ドアのはめ込みガラスには、かつての海軍を想起させる錨と桜が描かれ、玄関両横には、砲弾が門柱のように設置された跡。玄関前の床に敷き詰められたレンガは独特の文様を描く。
玄関横の基礎部分に目を移せば、美しく表面を仕上げられた礎石の上にレンガが規則正しく並べられ、換気口となる開口部には鋳鉄製の美しい飾り。開口部の上には、水平アーチになるように加工されたレンガが並ぶ。
これらは、建築家ミース・ファン・デル・ローエがよく使った「細部に神が宿る」という言葉を思い起こさせるが、ここでは「神」ではなく、『海友舎』の細部を造った人々、設計者や職人、それぞれの思いが「細部」に込められているといえる。
歴史的建造物や、遺跡で紹介されるのは、その歴史や関わる歴史的人物、様式などであることが多い。
『海友舎建築解説資料』も歴史の紹介から始まるが、実測調査や耐震調査、文献調査など多岐にわたりながらも、建築の細部に見られる固有なものを見逃さず、そこに込められた意味や人々の思いを、時間を超えて伝えてくれる。
『海友舎建築解説資料』発行人より一言
海友舎という建物に関わり始め、建築に特化した冊子をつくろうと思い、5年かかってやっとこの冊子が出来上がりました。この5年の間に海友舎の調査に関わってくれた人は、延べ100人以上になります。これからも多くの人が、この建物に関わってくれることを、僕らは願っています。
今月のおすすめリトルプレス
『海友舎建築解説資料』
『海友舎』(旧江田島海軍下士卒集会所)の建築解説リーフレット。
発行:ぐるぐる海友舎プロジェクト
2017年11月発行、折り畳んだ状態で148×210ミリ(16ページ)、無料