日本最初の流通貨幣とされる「和同開珎」以降、発行された「万年通宝」「神功開宝」「隆平永宝」「富寿神宝」「承和昌宝」「長年大宝」「饒益神宝」「貞観永宝」「寛平大宝」「延喜通宝」「乾元大宝」といった貨幣を併せて「皇朝十二銭」と呼びます。これらの貨幣は発行の度に銅の含有量が減って鉛の含有量が増え、粗悪なものとなり、また新しい貨幣が古い貨幣より10倍の価値があるものとされるなどしたため、元の貨幣の価値が著しく低下し、貨幣自体に対する信頼が失われていったことを、前回述べました。
物々交換と人類学
こうした不便を解消するために貨幣が誕生したということを述べたのが、経済学の出発点とされることも多いアダム・スミスの『国富論』であり、1776年に出版されて以来、強い影響力を持って世界に広まっていきました。そして『国富論』の影響もあって、物々交換経済→貨幣経済→信用経済と進化していくモデルが経済学では一般に考えられるようになります。しかし『国富論』が出版されてから長い時間が経ち、その間、世界各地の原始的な生活の面影を残す人々の研究を行ってきた人類学者たちのなかから、物々交換経済→貨幣経済→信用経済に進化したという観念に疑問が呈されるようになりました。
近年、話題になった本ではフェリックス・マーティンの『21世紀の貨幣論』やデヴィッド・グレーバーの『負債論』などが、このあたりのことに言及したものとして挙げられるでしょうか。これらの本の中では、さまざまな事例を紹介して、物々交換で成り立っていた社会が「なかった」ことを論証しています。
例えば、アメリカ北部のイロコイ六部族連邦のロングハウス(長屋)で暮らす先住民に目を向けてみましょう。この共同体では、さまざまな財が「共同財産」とされ、女性たちの話し合いによって、それらの財をどのように分配するのかが決定されていました。
この共同体の中で、Aさんが食べ物を欲しいと思ったとき、物々交換経済では、食べ物を持っているBさんの望むものをAさんが交換できなければ取引は成立しません。しかし、AさんがBさんの望むものを何も持っていなかったとしても、AさんはBさんから食べ物を手に入れることが可能です。二人は同じ共同体で暮らしているので、Aさん(債務者)がBさん(債権者)に貸しができたことを共同体の多くの人が知ることになります。そしてその借りを、しかるべきときに返さなければ、Aさんは共同体の中で信用を失うことになります。ここで見ることができるのは物々交換経済ではなく、信用経済の原型のようなものです。
またミクロネシア連邦のヤップ島では、「フェイ」という石の貨幣があります。南の島にある大きな石のコインといえばイメージが浮かんでくる人も多いのではないでしょうか。このフェイは大きいもので3メートルにもなり、島の外から切り出されて運ばれてきたものであるものの、通常の取引のために持ち出すことはないのだそうです。フェイは共同体の儀礼に伴う贈答に使用され、フェイが贈られたことを記憶し、語り継ぐことがフェイの取引でした。このフェイは信用に基づき債務や債権を記録するためのものであり、ヤップ島の大きな石貨の前では、物々交換の不便さから貨幣が生まれたという説も霧散してしまうように思えます。また、こうした原始的な取引において、現代のブロックチェーンが持つ取引や契約を第三者が監視する「与信機能」の萌芽を見ることも興味深く思います。
ジョーン・ロビンソンの言葉
経済学者のジョーン・ロビンソンは「経済学を学ぶ目的は、いかにして経済学者に騙されないかである」(意訳)と述べました。さまざまな思惑をもって話をする人も少なくありません。人間は自分の都合のよい話を信じてしまう傾向がありますが、それらの誘惑に負けないように、問いを持ち続けたい。日々、たくさんの“怪情報”に引っかかりながらも、そう思っています。
さかもと・だいざぶろう●山を拠点に執筆や創作を行う。「山形ビエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」「リボーンアートフェス」等に参加する。山形県の西川町でショップ『十三時』を運営。著書に『山伏と僕』、『山の神々』等がある。
記事は雑誌ソトコト2022年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。