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サスティナビリティ

特集 | SDGs入門〜海と食編〜

マグロ問屋『三崎恵水産』は、 持続可能な水産業のかたちを模索する。

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「2025年までに自社のエネルギー源を100パーセント再生可能エネルギーにする」と目標を掲げるマグロ問屋がある。そう聞くと、「なぜエネルギー?」と思うかもしれない。実は、マグロとエネルギーは切っても切れない関係にあるのだ。

目次

エネルギー問題と向き合う きっかけは、東日本大震災。

『三崎恵水産』は、神奈川県の三浦半島最南端・城ヶ島に本社を置くマグロ専門の卸問屋だ。この地で54年間、質のよいマグロを目利きして買いつけ、主に飲食店やホテルなどに届けている。

そんな『三崎恵水産』がエネルギー問題を意識するようになったのは、2011年の東日本大震災での福島第一原子力発電所事故とその後の計画停電がきっかけだった。代表取締役社長の石橋匡光さんは、「停電中は冷凍庫を開けられないし、加工場の電動ノコギリが使えない。仕事にならないんです。自分たちがいかにエネルギー(電気)を使っているか、改めて考えさせられました」と振り返る。

遠洋漁業で獲れたマグロは船上で急速冷凍され、水揚げ後もマイナス60度の冷凍庫で保管されて出荷を待つ。鮮度がよく、おいしいマグロが消費者のもとへ届くまでには、莫大なエネルギーを消費するのだ。マグロ産業の一員として、エネルギー問題に取り組むべきなのでは──。そう考えた石橋さんは、「できることから少しずつ」を合言葉に、12年に社屋屋根に10キロワットのソーラーパネルを設置。自然エネルギーに期待が寄せられはじめた時期のことで、大きな注目を集めたという。

エネルギー問題と並行して石橋さんが着手したのが資源保護だ。12年に「10キロ未満の近海メジマグロおよび巻き網漁船の魚を扱わない」と宣言した。稚魚も含め一度に数十トンのマグロを捕獲する巻き網漁。言うまでもなく、産卵する前に獲ってしまったら個体数は減っていく一方だ。

「また、魚同士が衝突することなどから、巻き網漁のマグロは品質が劣化しやすいのです。目利きを誇る問屋として、わざわざ質の劣るマグロを選ぶ必要はないと考えました。ただ、漁を行わない私たちにできるのはあくまで『買わない』という選択だけ。巻き網漁そのものに口を出すと漁師さんと喧嘩になってしまいます。資源保護も大事ですが、より主体的に取り組めるのはやはりエネルギーのことだと思いました」

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世界中からマグロが集まる日本有数の遠洋漁業基地・神奈川県三浦市の三崎港。海を挟んだ対岸に『三崎恵水産』の社屋と工場がある。
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マイナス60度の超低温冷凍庫で出荷直前まで保管。『三崎恵水産』では電気代が月300万円以上にも上る。
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遠洋で獲れたマグロは船上で活け締め、血抜き処理などを行い、急速冷凍されて陸まで届く。冷凍することで獲れたての鮮度が保たれる。
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魚体が大きくカチコチに凍ったマグロの加工は力仕事。工場で働くのは男性が多い。
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バンドソーという電動ノコギリでマグロをカットし、仕分けしていく。
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マグロの身の状態を確認したうえで取引先の要望に合わせて加工し、出荷する。

水産業全体がエネルギー問題に 関心を持つように。

マグロを選ぶのと同じように、エネルギーもちゃんと選びたい。石橋さんは2020年、「RE100」を目標に掲げた。RE100とは、企業が自社で消費するエネルギーを100パーセント再生可能エネルギーにすること。まずは第二加工場の電力を自然エネルギーに転換し、21年にはさらに踏み込んで「まぐろでんき」を始めた。「まぐろでんき」は自然エネルギーの取次事業で、契約者に『三崎恵水産』のオンラインショップで使える3000円のクーポンを配布するなどして電気の切り替えを後押しする。名前のキャッチーさとも相まって話題を呼び、上々のスタートを切った。

しかし、サービス開始から1年が経った22年夏、大きな苦境が訪れる。提携していた自然エネルギーの電力会社が小売事業から撤退することになったのだ。提供元がなくなればエネルギーの取次はできないし、第二加工場の電力も賄えずRE100は遠のいてしまう。だが、転んでもただでは起きないのが石橋さん。撤退の知らせを聞いてすぐ、「買えないなら自分たちでつくる分を増やそう」と、580枚のソーラーパネル設置を決めた。発電量は毎時100キロワットになる見込みだ。

「これまで買っていた分と比べたら全然足りないけど、今できる最大限のことをしようと考えました。事業の形は変わりますが、『まぐろでんき』という名前は残して、エネルギーの地産地消を推進していきたいと思います」

水産業界は保守的な傾向が強く、エネルギー問題に関心を持つ会社はあまりないという。けれど、『三崎恵水産』がこうした取り組みを続けてきた影響か、最近は近隣の水産会社から「うちもソーラーパネルを設置したい」と相談を受けるようになったそうだ。石橋さんは初期費用や発電量などを包み隠さず伝えている。

『三崎恵水産』は今年、もうひとつ大きな挑戦をしている。省エネ型自然冷媒装置の導入だ。これまでのフロンを使用した冷媒装置からの切り替えにより、CO²の排出量は年間232トン削減される見込み。約2億円にのぼる導入費用は、横浜銀行「SDGsグリーンローン」を使って調達した。

「金利だけ見たらほかの選択肢のほうがよかった。でも、『マグロもエネルギーも価格だけで選ばないで』と言っている僕らが金利だけで銀行を選ぶのは違うだろう、と。うれしかったのが、経理社員からこのローンを提案されたこと。新しいことをする度に『また2代目が変なことを始めた』と言われてきましたが、社内の意識が変化していると感じています」

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社屋は海のすぐそばにあるため、塩害に強いソーラーパネルを採用している。
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22年3月、環境省の補助金や「サスティナブルファイナンス」を活用して導入したノンフロン冷媒装置。横浜銀行「SDGsグリーンローン」第1号としてメディアにもとり上げられた。

豊かな魚食文化を、 次世代につなぎたい。

あらゆる方向から海と食の未来を守ろうとしている石橋さん。その背景には、「このままではマグロが獲れなくなるのでは」という危機感がある。

「温暖化が進んで海水温度が上昇し、これまで獲れていた場所でマグロが獲れなくなっています。我々が仕事をするほどマグロが獲れなくなっては本末転倒です。問題は複雑でひとつのアクションで解決できるものではないから難しいけれど、50年後、100年後もおいしくマグロを食べるために、”現時点の最適解“を選んでいくことが大事だと考えています」

──ここまで読んで、「じゃあ、私たち消費者にできることって?」と思った方もいるかもしれない。例えば、石橋さんの妻・悠さんが始めた「FISHSTAND」の商品を買ってみるのはどうだろう。『三崎恵水産』で目利きしたマグロや魚介類を使ったオリジナルの加工品シリーズだ。大事にしているのは、おいしいマグロを、そのままの切り身で提供するのではなく、ひと手間加えた”ごちそう“として提供すること。悠さんは、「食品添加物や化学調味料を使わず、家族や友達に食べてほしいもの、次世代につなげたいものだけをつくっています」と話す。

おいしいマグロを、安く、いっぱい食べられること。私たち消費者はついそこに価値を見出しがちだ。でも、マグロの資源枯渇が懸念される今、必要なのは、「信頼できるマグロ屋から買って、大事に食べること」ではないだろうか。

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マグロを良質な油で低温調理した「FISHSTAND」のコンフィシリーズ。レモンやスパイス、レーズンなどと組み合わせ、おいしさを引き出している。
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今年7月に魚がおいしくなる「魔法のスパイスソルト」を開発。
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マグロの魚種による味わいの違いをブレンドで表現した「マグロコーヒー」などユニークな商品も!
text by Emiko Hida photographs by Yusuke Abe

記事は雑誌ソトコト2022年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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