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サスティナビリティ

連載 | 未来型土着文化

「ドクメンタ15」(前編)

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ドイツの中央やや西寄りに位置するカッセルという町で、5年に一度開催される「ドクメンタ15」という芸術祭に参加し、作品としてパフォーマンスを行ってきました。「ドクメンタ」は、アートの方向を決める世界で最も重要な芸術祭ともいわれます。もともとは第二次世界大戦後の1955年にドイツの芸術の復興を目指して開催されたもので、今回で15回目です。

みなさんはアートというと、どんなものを思い浮かべるでしょうか? 何を描いているのかわからないグチャグチャの絵? 美術館の中に仰々しく飾られた自転車のタイヤや便器? それとも、駅前によくあるような人物が空を見上げて変なポーズをとっている彫刻でしょうか? グチャグチャの絵を描く代表的な画家はゲルハルト・リヒター。タイヤや便器を美術品として展示したのはマルセル・デュシャンでした。実のところ、僕はそれらのアーティストのことが大好きです。その作家の人生と照らし合わせながら作品を見てみると、よくわからないグチャグチャの絵や便器に隠された言葉に気がつくことができます。そんなとき、僕はアートっておもしろいなと感じます。
目次

社会の転換点

今回の「ドクメンタ15」はアートの大きな転換点の最中に行われた芸術祭といわれ、アジアから初めてインドネシアのルアンルパが芸術監督に選ばれたことも、その変化のひとつです。これまでアートといえば、欧米の価値観が大きな影響力を持っていました。しかし、中国を中心として世界のサプライチェーンがアジアに構築され、東南アジア諸国も目覚ましい経済発展を遂げ、アートマーケットは、これまでのようにアジアを軽視しては成立しなくなってきたのです。    

また、デジタルに代表される技術革新の結果、より多くの人が創作や表現、そして情報を発信することが可能になりました。例えば、これまでは大資本がテレビ局を経営し、映像によって情報を伝える能力を独占していましたが、現在ではインターネットの動画配信サービスを使えば、世界に向けて情報を発信することが可能になり、電通の発表では2019年にはネットの広告費がテレビの広告費を追い抜いています。  

「ドクメンタ15」のシンポジウムの中で、チャールズ・エッシュという、アート界で大きな影響力を持つ人が「これまでのアートは5パーセントの人に向けられたものだったが、これからのアートは、より多くの人に向けられたものになるだろう。今回の『ドクメンタ』は、そうした21世紀型の芸術祭として、初めて行われたものだった」と述べました。ただ、そうした文化の移行期には、さまざまなトラブルも引き起こされるものです。「ドクメンタ15」でも数々の疑惑や問題が生じました。そのことについては後に述べさせていただくとして、日本を旅立ち、実際に「ドクメンタ15」の会場のカッセルに着いてみると、そこには牧歌的ともいえるような、リラックスした雰囲気の中でアーティストや観客たちが触れ合う作品が展開されており、驚きを感じました。  

絵や彫刻やインスタレーションが並ぶ代わりに、植物が植えられた庭や、レストランやマーケットがあり、そこでは人々がお茶を飲んだり、ベンチに座っておしゃべりをしたりして、ダラダラと過ごしていました。なんだか日本のお祭りの縁日に来ているかのようでした。そこにあるのはリヒターやデュシャンの作品といった西洋的なアートとは明らかに異質な作品群でした。それらを前にしたとき、「アートって、こんなに自由なものだったんだ」と僕はうれしくなりました。  

マーケットでは土でつくられた代替通貨が使われていたり、チーズでつくられた貨幣が展示されていたり、ブロックチェーンの技術をもとにしたトークンエコノミーの原点を垣間見るような、あるいはそれを先取りしたような試みが繰り広げられていました。

穴に籠もる

こうした雰囲気の中で僕はパフォーマンスを行ったのですが、場所は芸術祭の中心部ではなく、町外れの静かな場所にある、個人所有の庭を選びました。  

作品の内容は、簡単にいえば庭に穴を掘り、その中に籠もり、3日後に外に出て芸能を行うというものでした。山伏の文化の中では、山に籠もったり、洞窟に籠もったり、籠もることが大切にされます。日本各地に残されている古い習俗の中にも、成人儀礼として小屋に籠もり、その後で祭りを行う場所がいくつも存在します。海外に目を向けてみると、数万年前のフランスのラスコーの洞窟などでは、人々が何らかの儀式を行い、そこで洞窟に壁画が描かれており、それが人類の最も古い芸術活動であるとされます。僕はカッセルの町外れの庭に掘った穴に籠もることで、芸術の原点に触れる実験を行ってみたのでした。  

穴に入ってしまうと、当たり前ですが、外でどのようなことが起きているのかわかりません。でも、何だか2日目あたりから外が騒がしくなってきたような気がしていました。実は僕が穴に入った翌日に、僕のパフォーマンスのことが地元の新聞に掲載され、その記事をほかの新聞やネットメディアなどが拡散して、ドイツのみならず、ヨーロッパ中に連日ニュースとして報じられていたのでした。「ドクメンタ15」のプレス対応をする部署にも取材が殺到して、大変なことになっていたと後で聞かされました。でも、穴に入っているときにはそんなことは、まったく思いもよらないことでした。

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穴掘りを手伝ってくれた各国の作家たち。
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地元からヨーロッパ中にニュースが広がった。
文・題字・絵 坂本大三郎

さかもと・だいざぶろう●山を拠点に執筆や創作を行う。「山形ビエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」「リボーンアートフェス」等に参加する。山形県の西川町でショップ『十三時』を運営。著書に『山伏と僕』、『山の神々』等がある。

記事は雑誌ソトコト2023年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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