ぼくは今年、2冊の『バックパッキング登山』というタイトルの本を出した。準備を含めると約3年もかかった労作である。
幼少期からライフワークとして40年ほど続けてきた登山と釣り。これらのアクティビティに関して、ぼくはこの十数年で、周りから「独特だ」と呼ばれるようなスタイルを確立してきた。
7年近く続けている登山雑誌『PEAKS』の連載を通して、そのことについて断片的に公開してきたが、それら独自のノウハウすべてを1冊にまとめあげた。それが、『バックパッキング登山入門』である。
そして、10年以上にわたり、フライフィッシング専門誌、登山やアウトドア雑誌に、ぼくが偏愛する長距離登山と釣り冒険のルポルタージュ記事を書いてきた。何度も雑誌の巻頭特集で紹介され、表紙に登場したことも多々あった。これらの記事をまとめたものが『バックパッキング登山紀行』である。
おかげさまで、ともに高評価をいただいており、売り上げも好調という。
ニュージーランドの、森に囲まれた湖の畔で営む、自給自足ベースの暮らしも、はや9年目。持続可能な“森の生活者”としてのライフスタイルが、いよいよ多くの人たちに認知されてきた。そして、「四角大輔の本質」ともいえる、登山と釣りの本が世に出たことで、ナチュラリストと呼ばれるぼくの自然派思想が“付け焼き刃”ではないことが理解されるようになった。
そこで、多くのファンや知人から「なぜ、それほど自然に傾倒するようになったのか」と聞かれるようになったのだ。
ズバリ、それは親の影響だ。
登山や釣りを教えてくれたのは、アマチュア登山家で渓流釣り師だった父親であることは、前述の2冊のバックパッキング登山本に詳しく書いたとおり。でも、彼はあくまで「やり方」を伝授し、「きっかけ」を与えてくれたにすぎない。
「自然を味わう喜び」「植物や生き物との向き合い方」「地球環境への考え方」といった、行為よりもっと大切な„感じ方〝や思想面は、母親から深く学んだのである。
彼女は、父と違って体が強くなかったこともあり、ぼくらのような激しい野外活動をしてきたわけではなかった。しかし、父が山登りに目覚めるよりもっと幼い頃から、母は、自然が好きだった。大自然に隣接した環境で育ち、自然とたわむれ、強く心を震わせてきたのだ。
感じる能力が高く、好奇心が強く、大自然の中の、誰も気づかないような小さな自然現象を見つけ出す感性と観察眼を持っていた。
日本を代表する山塊、北アルプスの最高峰に登頂する体力も技術もなかったが、道端に咲く名もなき野花に小さな歓声をあげるような、繊細で美しい感性を備えていた。
ぼくの最初の自然体験は、生後10か月で歩けるようになるなり、母がぼくを連れ出した近所の散歩である。散歩といっても、お弁当を携えて、時に半日近くも外で過ごしたという。ぼくが生まれてから幼稚園に入るまで暮らしたのは、大阪府・京都府・奈良県の県境にある田園エリア。当時は、まだ里山的な風情が残る、自然豊かな場所の中を何時間も歩き回ったのである。
ぼくがどんなアクティビティよりも歩く登山が好きで、時には2週間ほどかけて山道を歩き続けるバックパッキング登山がライフワークになったルーツは、ある意味、4歳まで続けたという、母親とのこの散歩にあると言えるだろう。
(続く)