選書テーマは「行政」にもかかわらず、多様な本を挙げられたのは、区長でありながら、ジャーナリストとしての顔を持つ保坂さんならでは。著者の取材や執筆に対する姿勢にも目を向けた選書であることも興味深い。
保坂展人さんが選んだ、地域を編集する本5冊
1980年代半ばから10年間、私は教育ジャーナリストとして校内暴力やいじめ、不登校などに悩み、苦しんでいる若者を取材し、ティーンズ雑誌に連載していました。手紙や会って相談を受ける若者の多くが精神科の治療を受け、薬を処方されていましたが、状態が好転することはほとんどなかったと記憶しています。
その経験もあり、世田谷区長に就いた2年後の2013年に、子ども部(現在は子ども・若者部)に「若者支援担当課」を設け、ひきこもりの若者から相談を受け、支援する『メルクマールせたがや』を14年に開所しました。世田谷区の人口は約90万人、ひきこもりの方はおよそ4400人という推計があり、開所後5年間で512家庭の当事者や親御さんの相談を受けました。そんななか、精神科医の斎藤環さんが著された『オープンダイアローグとは何か』を読み、大きな衝撃を受けたのです。
「オープンダイアローグ」とは、フィンランドで行われている精神療法で、薬物治療を行わず、精神科の医師、看護師、臨床心理士などがチームをつくり、本人と家族、関係するスタッフが同じ場に集まって対話を重ねます。家庭を訪問し、当事者とともにオープンに語るというシンプルな療法ですが、この治療を続けた結果、統合失調症の治癒率が飛躍的に高まったと、驚きをもって伝えています。薬の処方を第一とする日本の精神医療のあり方に、問題提起を投げかけた一冊です。
同じ頃、アメリカ・ポートランドのまちづくりにも強い関心を持ちました。ポートランドは、1960年代後半からサンフランシスコなどでカウンターカルチャーをつくったヒッピーたちが、地価や物価の安さを求めて移ってきたことで生まれた街。造船や鉄鋼で栄えた重工業の街でしたが、そうした産業は次第に日本や韓国、中国に移り、中心部のオフィスビルや倉庫は空洞化。そこに、ヒッピーたちがやってきたのです。空きビルや空き倉庫を生かしながら、ライフスタイルを反映させたまちづくりを実践し、世界中から注目を集めていったのです。そんなポートランドを、著者の畢滔滔さんも着目。どちらかというと保守的な街がなぜ変わったのかという角度から市役所で議事録を探すなど丹念に調べ、ターニングポイントを見つけ出していきました。世田谷区もグリーンインフラや公園など、まちづくりについてはポートランドの行政からさまざまな手法を学び、参考にしています。