ニュージーランドでの森の生活をベースにしつつ、ぼくが毎年恒例にしている、もうひとつのライフスタイル、「移動生活」。今年は1か月半かけて、欧州を中心に9か国17都市を訪れた。その旅からの帰国直後にこの原稿を書いている。
ぼくが言う移動生活とは、単なる観光地めぐりをするような旅ではなく、「旅そのものが仕事」であり、「旅するように暮らし、働く」というスタイルの生き方のこと。
移動生活にはもうひとつ重要なポイントがある。それは、明快なテーマを掲げること。ぼくは、毎回「オーガニック・ジャーニー」と称して、オーガニックやエシカルといった、サスティナブルな試みが行われている現場を視察、取材している。
今回の旅も、素晴らしい出合いがたくさんあった。30年近くバイオダイナミクス農法を続けてきたワイナリー、瓶の中で半永久的に生き続ける植物を研究、販売するベンチャー企業、ローカルの有機農家、持続可能な漁法の漁師などで構成されるファーマーズマーケットなど。
中でも印象的だったのが「河の生活者」だ。パリから高速鉄道で南西部へ1時間半ほど行った場所にある、小さな町・ルトワイユの「河」に暮らす夫婦のこと。
彼らの家は、ゆったりと流れる大河、ロワール河に浮かぶ古くて長いボート。基本、移動はせず、そのボートを中州に係留したままにして生活している。
彼らとの初遭遇は夜だった。彼らがディナーに招待したいので、河原で待っててほしいと言われ、外灯もない真っ暗闇のなかドキドキしながら待っていると、向こうから小さな灯りがこちらにやってくる。
その正体は小舟。長い棒で川底を突きながら、それを操るのはビル。身長190センチ近くある、元・パティシエのイケメンだ。
数分ほどで、彼らが暮らす本船に到着。何年もかけて自分たちでリノベーションしてきたという船の中は、外観以上に広かった。ぼくがニュージーランドのビーチキャンプ場に置きっ放しにしている、キャンピングトレーラーを思い出す。
オーブン、コンロ、食器棚など必要なものすべてが揃うキッチンの前に、前菜とワイングラスがていねいに並べられたテーブル。キッチン奥には、ものスゴい数の瓶。ざっと数えても100以上。見つけるなり質問すると、「よくぞ聞いてくれた!」と、奥さんのマリアの眼が光り、うれしそうに答えてくれる。
フランス式の保存食とのことで、冷蔵庫を使わないようにするための工夫を重ねていたら、代々伝わる伝統的な方法に行き着いたという。ぼくも、森の生活を送るうちに、まったく同じ結論、「日本の伝統保存食」に至ったという話をしたら、彼らはとてもうれしそうな顔をした。
ほとんど使わないという電力は天井に張られたソーラーパネルでまかなわれ、トイレは「おがくず式」のバイオタイプ。河で大きな魚を釣り、小魚を網で獲り、野菜はすべて、陸にある彼らのオーガニック菜園のもの。そのほかもすべて地元産のオーガニックだという。
水に浮かぶ船上で、有機ワインと有機食材を一緒にいただきながら、自然環境への想い、食料リテラシー、生活哲学について語っているうちに、完全に打ち解けていた。
別れぎわ、感謝の気持ちを伝えながら握手を交わした瞬間、人種も国籍も、見た目も違うが、お互いを心から認め合えたのがわかった。
持続可能なライフスタイルを目指す者同士だけが築ける、この特別な「友情」。これは世界どこへ行っても得られる感覚であり、未来への希望でもある。これを求めて、ぼくは移動生活を続けるのである。