日本の九州ほどの面積の中に、約1700万人の人々が暮らすオランダ。その国の首都・アムステルダムには北米や中南米、アジア、アフリカなどの国際線が離発着するスキポール空港があり、この空港を経由して大勢の人々が行き交っています。そしてまた、この街に魅力を感じ移り住み始めた若者たちは、今『Impact Hub Amsterdam』に居を構え、これまでにないビジネスを生み出し始めているとのこと。訪ねてみることにしました。
世界に拡散する、コワーキングスペース。
アムステルダムにはさまざまなコワーキングスペースが点在しているが、中でも特別な施設として人気を集めているのが、『Impact Hub Amsterdam』(インパクトハブ・アムステルダム)だ。ここは、社会課題や環境問題を改善するビジネスとも呼ばれている「サスティナブルビジネス」のサポートに特化した施設だという。
『Impact Hub』は社会課題に取り組む起業家を包括的にサポートすることをコンセプトに、2005年、ロンドンで立ち上がった。2019年現在では世界100都市以上で展開されている。機能としては、月額制の利用料金を支払うと、ほかの人と同じ部屋でデスクを共有して作業をするコワーキングスペースの利用や、施設主催のイベントに無料で参加できるメンバーシップ制度などがある。利用者は20〜30代の、ビジネスを立ち上げてからまだ数年以内の「スタートアップ」と呼ばれる規模の小規模ビジネスや個人事業主が多い。そのためほかの企業や個人と場所を共有しながら仕事をしていると、方向性やマインドの部分で、近しい目的を持った人々とのネットワーキングが築きやすいというメリットがある。世界各国の『Impact Hub』の総計では、これまでに1万6000人以上が月額料を支払うメンバーとして参加するほどに拡大し、アムステルダムには2008年に設立された。
『Impact Hub Amsterdam』の月額利用料金は、個々人の利用頻度に合わせて月30〜270ユーロの価格帯に設定されている。例えば、月額30ユーロのメンバーシップでは週に1度金曜午後の共用デスク使用とネットワーキングイベントの参加が可能になる。また、最も利用料金の高い月額270ユーロになると24時間365日の利用と、個人郵便物の受け取りができるようになる。
入居資格は、サスティナブルビジネスかどうか。
『Impact Hub Amsterdam』には2015年に国連総会で定められた「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」で示された17の目標のいずれかに取り組む「サスティナブルビジネス」を行っている人でなければ利用できないという基準がある。『Impact Hub Amsterdam』で施設の案内やイベント企画を行うコミュニティ・カタリストのエヴェリン・ヤンソンさんによると、こうしたサスティナブルビジネスの中でもここは特に食、プラスチック、サーキュラーエコノミーを重視してサポートを行っているという。このサーキュラーエコノミーとは、リユースやリサイクルをビジネスに取り入れることで「廃棄物」を出す代わりに「資源」として使用し続ける新しい経済モデルだ。倫理的観点から、企業は社会や環境保護へ貢献する責任があると考えられてきたCSRや、地球環境保護の側面が強調されることが多かったサスティナビリティとは異なり、サーキュラーエコノミーは地球環境保護に貢献しつつも経済的利益も上げられることで注目されている。
エヴェリンさんのお話では『Impact Hub Amsterdam』が食、プラスチック、サーキュラーエコノミーの3つの分野を重視している理由は、現在アムステルダムでは特にフードロスやプラスチックごみが差し迫った問題とされており、サーキュラーエコノミーはこうした課題を改善する新しい経済基盤になると考えられているからだという。そして、これらの社会問題はアムステルダムに限らずオランダ国内のほかの都市や、他国でも見受けられるため、ここから世界の課題改善につなげていく狙いもあるという。
また、『Impact Hub Amsterdam』はサスティナブル・ビジネスに特化した機関が50余り入居している『SDG House』という総合施設の中に構えられている。
『SDG House』の中には国際NGOで、企業のサスティナブルな取り組みに対し認証マークを発行する『B Corpora-tion(ビー・コーポレーション)』の欧州本部や、ブロックチェーン技術を応用したフェアトレードシステムを研究する『Fairfood(フェア・フード)』などがオフィスを構えており、『SDG House』の組織がイベントを開催すると『Impact Hub Amsterdam』のメンバーも自然に参加し、世界的に注目されている団体ともネットワークを築きやすい環境にある。
”ソーシャルグッド”でユニークな企業の取り組み。
『Impact Hub Amsterdam』で事業を発展させて、今やアムステルダムを代表するまでに成長した企業も出てきている。『Polimeer(ポリマー)」はオランダ国内の廃棄プラスチックを3Dプリンターで加工し、椅子やテーブル、看板、キーホルダーなどの製品を製造・販売している企業だ。『Impact Hub Amsterdam』に設置されているウォーターサーバーを置く台のほか、彼らが製造したキーホルダーも施設内で販売されている。
この背景にあるのが、アムステルダムの若者たちの中にある「せっかく観光客が多く訪れている街なのに、お土産のほとんどが『中国製じゃないか』」という問題意識からなのだという。『Polimeer』はオランダの廃棄プラスチックから加工した製品の販売を通じて、地産のお土産を拡充する活動にも貢献していると言えるかもしれない。
ほかにも、サスティナブルな栽培環境の農家から調達したジャックフルーツを使った動物性素材不使用の「肉」を製造・販売する『Meet Jack(ミート・ジャック)』も、『Impact Hub Amsterdam』で生まれ、成長している企業の一つだ。
施設が人を醸成していく、スタートアップシーン。
『Impact Hub Amsterdam』に一歩足を踏み入れると、そこで交わされる言語や服装からインターナショナルな雰囲気がすぐに伝わってくる。実際メンバーには南米やアジア出身者も在籍し、アムステルダムを拠点にアフリカでビジネスを行うチームもある。
また、平日の昼どきにはメンバーが集い、地元のレストランからケータリングで届くフムスやピタパンを長机で囲むランチ会ほか、着なくなった服を持ち寄り交換するイベントなど、交流を深めるネットワーキングイベントも多数開催されている。
『Impact Hub Amsterdam』は、移住してきた若者たち同士をつなぎ、彼らがクリエイティブに社会課題改善に取り組める環境を提供している。
Information
Impact Hub Amsterdam
Linnaeusstraat 2C, 1092 CK Amsterdam
月〜金曜:9:00〜18:00
土・日曜
https://amsterdam.impacthub.net